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AIに飲み込まれる側か、AIに自分の美学を乗せる側か

AI世界で化石化する人間


私が半年間学んでいるスクールの師匠、李英俊(リー・ヨンジュン)さんが、4ヶ月ぶりに動画を公開されました。これは見ておくべき動画です。

久しぶりのYouTubeへの公開だったのですが、冒頭の一言で、姿勢が変わりました。

「このツールのAIを使ったらいいよ、そういうことじゃなくて。我々の知性そのものがバージョンアップしないと、AIに飲み込まれる」

ああ、発信を止めてまでやらなければならないことがあった。その内容が、私の仕事観をひっくり返していきました。


「効率化」に熱狂している自分がいた

李さんが挙げた、AIと人間の関係が壊れているポイント。
中でも刺さったのが「認知の空洞化」でした。

多くの人がAIを、過去にやってきた作業を速くするために使っている。
でもそれを突き詰めると、タスクが消え、新しい気づきも失敗もなくなる。残るのは「で、自分は何をやりたかったんだっけ?」という空白だけ。

プロンプトを打って出てきた答えを鵜呑みにするのは、AIを使っているのではなく、自分の思考をAIに外注して脳を退化させている。

手が止まりました。私、まさにそれをやっていたからです。
図面のたたき台、提案資料の構成、研修プログラムの骨子。
「早くなった」ことに満足して、自分の問いが薄くなっていたことに気づいていなかった。

美学こそが、住宅デザインと人材育成の本丸だった

もうひとつ、深く頷いたのが「美学の消失」の話です。

AIが出すのは確率論的な平均解。
だからどこかで見たようなデザイン、同じに見える提案書が世の中に溢れていく。
正解に依存して自己決定をやめた人間は、プレゼンス(存在感)がゼロになる。

住宅デザインの仕事をしていると、これは他人事ではありません。
「売れる間取り」「かっこいい外観」の最適解は、もうAIが一瞬で出します。じゃあ私たちの価値はどこにあるのか。

答えは、その家に住む人の人生をどう解釈し、どんな時間が流れる場所にしたいのかという設計者の美学にしかない。
李さんの言葉を借りれば、順番が逆なんです。
AIの最適解に自分を合わせるのではなく、私の美学と覚悟が先にあって、その計算をAIが手伝ってくれる。

人材育成でも同じでした。育成手法のノウハウはAIが教えてくれる時代です。
それでも私が人と向き合う意味があるとしたら、「あなたはどうしたいのか」という問いを、逃げ場なく差し出せることだけだと思うのです。

自己適用しない人の言葉は、届かない

そして一番痛かったのが、李さん自身の姿勢でした。

この4ヶ月、25年ぶりにダンスを踊り、AIに解析させてボロカスに批評され、練習し、また撮り直す。作曲、絵画、3Dプリンターの服、ヨーロッパでのバレエ公演。
全部を同時に走らせながら、こう言い切るんです。
「特殊なのではなく、AIを使っているからできている。AIがなかったら一つもできていない」と。

理論が正しいなら、なぜ語る本人が結果を出していないのか。
この問いを、李さんは自分自身に突きつけていた。

私は「変化しています」と言えるだろうか。
李さんの言う通り、青虫が太っただけの変化なら、それは現状維持です。
必要なのは、さなぎになって蝶になること。トランスフォームですね。
今までの成功体験を手放すこと。

まずは、明日の一枚の企画から。
AIに答えを聞く前に、自分の問いを立てるところから始めます。


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