世界を理解する方法を、私はずっと探していた
私が本当に興味を持っているのは、会社そのものではなく、その奥にある「構造」です。
人の話を聞き、その背景にある仕組みを理解したい。
書くことも、写真を撮ることも、仕事も。
それらはすべて、世界を理解するための方法だったのです。
友人と食事をしているときのことでした。「最近どう?」そんな何気ない会話から始まったはずなのに、気がつけば私は、友人の会社の「仕組み」を探るような質問ばかりしています。
もちろん、込み入った社内事情を聞き出したいわけではありません。普段どんなお客さんと接しているのか。トラブルが起きたとき、どういう流れで解決に向かうのか。
相槌を打ちながらそんな業務の裏側を聞いていると、頭の中では自然に一枚の図ができあがっていきます。
登場人物が並び、お金や情報の流れに矢印が引かれ、会社という仕組みが少しずつ立体的に見えてくる。帰り道になっても、その図は頭の中で動き続けます。「ああ、この会社は、こういう構造で動いているのか」と。
そのとき、ふと思いました。もしかすると私は、人の話を聞くことが好きなのだ。でも、本当に知りたいのは「その人が見ている世界」なのかもしれない。

私は書くことで考えていた
私は昔から、いろいろな会社や業界に興味がありました。もちろん、長く働いてきた自分の会社にも愛着があります。でも、どこかで「もっと違う世界を見てみたい」という気持ちもありました。だからといって転職を決意するほどではなく、年齢や家族、仕事への責任もある中で、その思いをどこへ向ければいいのか分からない時期が続きました。
そんな私にとって、このnoteは最初、「ガス抜き」の場所でした。頭の中に溜まったモヤモヤを文章にすると、不思議と整理され、「また明日も頑張ろう」と思える。最初は、それだけだったのです。でも最近になって気づきました。私はストレスを発散するために書いていたのではありません。自分が見た世界を、自分自身が理解するために書いていたのです。
振り返ると、昔から変わらない性質があります。何かに興味を持つと、とことん深く潜ってしまうことです。
高校を卒業した頃、パソコン通信という新しい世界に出会いました。「これは面白そうだ」と思った瞬間から夢中になり、独学で環境を整え、納得するまで調べ続けました。将来ITの仕事をしようと思っていたわけではありません。ただ、未知の世界を理解したかった。その頃から、私の好奇心の向かう先は変わっていなかったのだと思います。

私は構造を見るようになった
長年、企業のインフラエンジニアとして働いてきました。システムやネットワーク、データセンター、BCP――会社が止まらない仕組みを考える仕事です。若い頃は仕事に迷い、自分の価値が見えなくなった時期もありました。そんな私が大きく変わったのは、東日本大震災をきっかけにBCPを担当するようになってからです。
設備だけでは会社は守れません。人も、お金も、経営判断も、すべてがつながって初めて会社は動き続けます。その経験を通して、私の視点は「技術」から「構造」へと変わっていきました。会社には感謝しかありません。多くの仲間に支えられ、素晴らしいパートナー企業にも恵まれました。あの頃、一緒に走った仲間とは、今でも付き合いが続いています。振り返ると、あの経験が今の私を作ってくれたのだと思います。
昔はITそのものが面白かった。でも今は、その会社が何を目指し、誰のために価値を生み出し、どんな仕組みで動いているのか。その「構造」のほうに強く惹かれています。Microsoft 365やGoogle Workspaceのように、多くの企業が同じ基盤を使う時代になったからこそ、違いはITではなく、会社そのものに現れるようになったと感じています。

私は構造を見つめている
最近、住宅会社や部活動の地域移行について記事を書きました。きっかけは、知人や友人との何気ない会話です。遊んだ帰り道や、お茶を飲みながら聞く現場の話。そこには、ニュースだけでは見えてこない現実があります。
例えば部活動の地域移行。市や教育委員会が事業者へ委託し、事業者が指導員を雇用し、生徒へサービスを提供する。構造だけ見れば、とてもシンプルです。でも詳しく見ていくと、「生徒がより楽しく活動できた」という価値が、翌年の予算や契約へ十分につながる仕組みにはなっていません。現場の努力が足りないのではありません。改善が循環しにくい構造になっているのです。
私は人を責めたいわけではありません。「なぜ、その人はそう動かざるを得ないのか?」その背景にある仕組みを理解したい。そして、もし自分が設計するなら、どこを変えるだろう。そんなことを、いつも考えています。
社内情シスの仕事でも、私は何も起きていない日に設備を見に歩きます。監視画面も見ますし、ログも確認します。それでも現場へ行きます。
昔、大きな電源設備の障害を経験したとき、「うまくいくだろう」と「本当にうまくいった」はまったく違うことを痛感したからです。ログや数値だけでなく、空気を感じ、音を聞き、設備の熱や振動を確かめる。そうした現場のリアルな情報に触れることで、どれだけシステムが発達しても、結局は物理的な実態があるのだと気づかされます。

私は世界を撮っている
この視点は、写真を撮るときも変わりません。街を歩きながら、「ここではどんな時間が流れているのだろう」「ここで暮らす人は、どんな毎日を送っているのだろう」そんなことを考えています。写真は風景を記録するためではなく、その場所だけが持つ物語を感じるために撮っています。
春に京都の街を歩き回り、夢中で写真を撮り、その膨大な写真を記事にまとめていた時間も同じでした。写真を並べながら、街の歴史や人の流れ、時間の積み重なりが一本の線につながっていく。その過程そのものが、私にとって世界を理解する時間だったのです。会社も、街も、人も。私にとっては、どれも世界を理解するための入り口なのです。
最近は、AIについて考えることも増えました。私はAIを単なる効率化ツールではなく、人と人との間にある情報の流れや、組織の構造そのものを変える存在として見ています。技術そのものよりも、その技術が社会や組織をどう変えていくのか。私の興味は、いつもそこにあります。
以前、妻に「また人の会社の構造を考えてるの?」と笑われたことがあります。少し照れながらも、その一言が妙に腑に落ちました。自分でも少し変わっていると思います。でも、それが私なのだとも思います。
振り返れば、住宅会社の記事も、部活動の記事も、AWSとCARDNETの障害の記事も、働き方の記事も、写真の記事も、自分の中では一本の線でつながっていました。AWSとCARDNETの障害では、刻一刻と判明する事実を記事へ反映しながら、頭の中で全体像が少しずつ組み上がっていく感覚がありました。ばらばらだった情報が一本の線につながった瞬間、「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちる。その瞬間が、たまらなく好きなのです。
記事を書き続けるうちに気づいたことがあります。アウトプットすることは、誰かに知識を伝えるためだけではありません。自分の思考を整理し、世界への理解を少しずつ深めていく営みでもあるのです。

私は世界を理解し続けたい
私が夢中になるのは、人の話を聞き、その背景にある構造を理解し、「どうすればもっと良い仕組みになるのか」を考えることです。人を評価したいわけではありません。ばらばらだった点と点が一本の線でつながる瞬間、世界の解像度が静かに上がっていく感覚があります。
ようやく気づきました。私が探していたのは、新しい仕事でも、新しい肩書きでもありませんでした。世界を理解する方法だったのです。
世界は、人と人との関係でできています。会社も、街も、学校も、行政も、AIも。形は違っても、その奥には必ず「構造」があります。私は会社を分析したいのではありません。世界を理解したいのです。点と点が線につながった瞬間、世界は昨日とは少し違って見えます。その感覚が、たまらなく好きなのです。
だから私は、これからも書き続けます。さまざまな人の話を聞き、現場を歩き、新しい業界に触れ、その構造を考え続けながら。このnoteでは、さまざまな業界や出来事を「構造」という視点から見つめ、その先にある社会や人の営みを考え続けていきたいと思います。
好奇心は、私にとって新しい知識を集めるためのものではありません。世界を少しずつ理解していくための道しるべなのだと思っています。そして、その過程で出会った景色や気づきを、このnoteに丁寧に残していきます。それは誰かに答えを示すためではなく、世界を理解し続けようとする、自分自身の思考の記録として。
もしその記録が、誰かにとって世界をほんの少し違う角度から眺めるきっかけになれたとしたら。それ以上に、うれしいことはありません。私はこれからも、自分なりの方法で世界を理解し続けていきたいと思います。
Sakak
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