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オンライン会議という、のぞき窓越しの会話

オンライン会議で、図を描こうとした。

要素と要素の関係を説明したかった。マトリクスなら即時に把握できる構造が、言語では逐次的にしか伝えられない。ホワイトボードがあれば描いた。その場にいれば描いた。

画面共有で描こうとして、止まった。

ウィンドウを共有するのか、画面全体を共有するのか。今どの画面が相手に映っているのか。他の人が共有中の画面に割り込むにはどうするのか。スプレッドシートを開いたとして、特定のセルにカーソルを合わせて書き込むのは面倒で、レイアウトにも制限が入る。

小さな操作コストが連続し、図を描く選択肢が消える。

結局、言葉で説明した。


枠が強いと、作業は枠に従う。タブレットは画面・アプリ・モードが枠になる。紙の枠は紙面だけだ。枠が手順を決める。

入力手段を規定する枠が、コミュニケーションの手段選択にも適用されている。

オンライン会議の枠は、画面共有の手順と操作のコストだ。視覚チャンネルへのアクセスに、その都度コストが乗っている。コストが高いため、視覚ではなく言語で処理する。

道具の枠が、伝える手段を選んでいる。


言語で解決しようとすると、別のコストが発生する。

関係性を言語に展開すると、位置関係や同時性が失われる。受け手が読解で補間する。補間の精度は受け手によって違う。解釈の差分を埋める確認が入り、往復が増える。

送り手が節約したコストは、受け手の解釈負担と往復回数として回収される。

代替手段もある。スライドを事前に作る。スプレッドシートを画面共有しながら書き込む。どれもホワイトボードより手順が増える。コストは、その場ではなく事前作業として発生する。

コストは消えていない。払う主体と、払うタイミングが移動している。


ホワイトボードの前では、全員が同じ物理空間を見ていた。誰かが描いた図は、全員の共有コンテキストになった。

オンライン会議では、全員が自分の画面というのぞき窓を通してしか見えない。窓の外は見えない。窓の位置は、こちらでは動かせない。

画面共有という機能はあるが、各自の画面を経由している。カーソルがどこにあるか分からなくなる。書き込みのタイミングがずれる。

同期しているのは表示だけで、認識は同期していない。

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