『サトゥルヌスの午餐』あとがき
こちらの企画に参加させていただいた。
3つのお題が出されて、それを踏まえて3000~5000 文字のBL作品を書くというレギュレーションだ。
お題の扱い方は自由なので、ただクリアするだけなら簡単だが、どうせなら、3つともしっかりと作品のテーマに組み込んで書きたいと思ってしまうのは、負けず嫌いということだろうか。
本稿は、出品作『サトゥルヌスの午餐』がどのようにつくられたかのログである。
1 脊髄反射
まずは「脊髄反射」である。このキーワードがいちばんユニークなので、ここから組み立てていくべきだろうと考えた。舞台は好きに選んでよいわけだし、食事シーンを描くのも難しくないだろうと思ったのだ。脊髄、脊髄……と唱えているうちに、ふと浮かんだ言葉があった。
「中枢神経のあるものは食べないようにしているの」
これは僕の大好きなドラマ『ハンニバル』で、ジリアン・アンダーソン演じる女性のセリフだ。一見、食の好みを言っただけのようだが、食人の殺人鬼であるハンニバル・レクターとの食卓でのセリフとなれば意味が変わってくる。
これは、彼女が、うっかりレクターに人肉を食わせられないよう注意している、という意味の言葉で、このシーンで女性は哺乳類の肉を避けて牡蠣を食べている。
食事シーンというお題もあることだし、カニバリズムというモチーフはどうだろうと考えた。動物の脊髄を使った料理もあるのだから、人間の脊髄も食べられるだろう。「好きだから食べたい」みたいな執着はいかにもBLっぽいので、殺人鬼との食卓を、不穏な感じで描けるとよかろう。
その方向性でしばらく考えていたが、しかし、殺人鬼 BLはありがちかもしれない、という気がしてきた。……実際のところ、実は不勉強でそんなにBLをたくさん読んでいないため、BLでどの程度、殺人鬼がありふれているかはわからない。わからないが、カニバルの殺人鬼を自分らしく描き切る自信はあまりなかった。
それで方向転換で考えたのが、ゾンビである。ゾンビならうまく書けるとも思わないし、BLでゾンビものがどの程度あるか、これまたよくわからないが、殺人鬼よりは希少なのではないか。確信はなかったが、このピースが自分の中でうまく嵌まり、パズルが組み立てられていった。
2 美術館
というわけで、ポスト・アポカリプス世界のBLである。この「noteでBL」企画の過去回で、ゾンビがお題の回があったと知ったのは構成をつくって書き始める直前のことだった。
想定外である。調べてみたところ、どうやら、ゾンビBLも、殺人鬼BLに比べて希少というわけではないようだった。そういえば、確かに読んだことがあったある作品を思い出した。
深呼吸をしてから、企画の過去回を確かめたが、考えていた話とそこまでカブっている感じはなかったので、このままいかせてもらうことにした。
ゾンビはその発生原理などからいくつか分類ができようが、今回はスタンダードなウイルス感染で人間が仮死状態になりゾンビ化するタイプとした。ウイルスが中枢神経に感染し、寄生体のように肉体を操る、つまりゾンビ化そのものが脊髄反射である、という設定でお題クリアである。
舞台は作者の好きな場所、というお題であったので、美術館とさせていただいた。単純に、美術館が好きだからである。
ポスト・アポカリプス世界の美術館なので、廃墟なのだが、それも美しいだろう。食事シーンを描かないといけないのだが、美術館にはたいていカフェかレストランがある。
「美術館に来ておいしいものが食べられないなんてあり得ない」
建築家の前川國男の言葉だ。前川が設計した美術館として、東京都美術館がある。何度か行ったことがあるものの、残念ながらレストランは体験していないのだが、この場所をモデルにさせていただこう。

3 食事
ポスト・アポカリプスの美術館の廃墟で、誰のどんな食事シーンが描かれるのか。ゾンビものではあるが、ゾンビが人間を食べている場面を食事シーンとするのも、露悪的すぎるだろう。お題を受けての食事シーンは人間のそれとしたい。
ここまで書いてきたように、僕は、ひとつひとつブロックを積み上げていくようにして物語をつくっていくことが多いが、ある局面に差し掛かると、残りの部分が一気に組み上がることがある。これは物語を創作していて特に楽しい瞬間のひとつだ。
ポスト・アポカリプス、美術館、食事、という布石から、かつて美術館で学芸員として働いていた男が、レセプションパーティーで料理人の男と出会い、恋に落ち、やがてポスト・アポカリプスの世界ではバディとなって廃墟からの美術品のサルベージをしている、という設定が一瞬で出来上がった。
ふたりがなぜ廃墟の美術館で食事をするのか。感染し、死を覚悟して最後の晩餐をともにする――というのが、美しいだろう。
メニューはなにがいいか。食事シーンは官能的に描きたいと思った。今回は性描写をせずに、そのかわりに食事シーンをエロく書こう。手づかみで、口のまわりをベタベタにしながらワイルドに食べられるものはどうか。
で、チリクラブである。

4 タイトル
僕はまず最初に仮タイトルを決めてから書き出すが、今回は『チリクラブのある風景』とした。「~のある風景」は静物画などのタイトルによくある。
書き上げてから、いささか、けれん味に欠けるのと、クラブという字面が、どうしてもcrabよりもclubを思わせてしまうので変更した。
『サトゥルヌスの午餐』。
通底するイメージとして『我が子を食らうサトゥルヌス』を取り入れたのと、絵画つながりで『最後の晩餐』をもじり、しかしふたりの最後の食事は設定上、日中なので「午餐」とした。
ちなみに、ご承知とは思うが、念のため、参考画像を掲出しておく。

「午餐」は「ごさん」だが、「誤算」と音が同じなのもいいのではないかと思っている。
5 書き終えて
本作を書いてみて、なによりも字数制限が厳しかった。SFやファンタジーは、設定を語らなければいけないぶん、文字数に余裕がなくなる。これは失敗だった。必死に詰め込んだので、消化不良なところがかなりあると思う。
これはこれとして、削ったところ、入れられなかったところを追補した「ディレクターズカット版」をいずれ書いてもいいかなと思ったりもしたが、いかんせんバッドエンドものであり、書いていて悲しい気持ちになったりもしたので、もう書きたくない気持ちもある。
バッドエンド――とは言ったものの、実は、結末はあいまいな部分もある。文字数の関係もあるが、皓輝の最後の行動の意味は、書き手の意図はいちおうあるし、全体の構造から推察はできようが、はっきりとは書かなかったので、解釈は読者にゆだねている格好だ。
ある種のメリーバッドエンドというところだろうが、両者生存ハッピーエンドの世界線も、もしかしたらあるのかもしれない。……この話は、しかし、蛇足だ。
ともあれ、ひとまず完成したこのひと皿を、どうぞご賞味いただきたい。お口に合えば、さいわいである。
