30年遅れて②
世間から30年遅れて、鈴木光司のリングを読んだ。読み終わった。
こわいようこわいようと怯えながら読み始めたのだけど、結局怖くなることなく読み終わってしまった。
厳密に言うと怖くなかったのではない。確かにゾワっとする場面はあった。
しかしこの30年の間に貞子が国民的になりすぎた事で、貞子とは一体なんなのか?という得体の知れない恐怖を味わう事ができなかった。
なんかもう出オチみたいな存在になっちゃってるし。
でも怖くなかったのはそれだけが理由じゃない。
文体が、世界観に流れるものがとにかく男すぎる、マッチョすぎる。
それがノイズになってしまって、怖い!という気持ちに辿り着けない。気になりすぎる。マッチョが。
妻と子供を守らねば!と奔走する割に妻と子供の解像度が荒すぎる(妻と子供、という守らねばならないアイテムとしてしか出て来ない)。ていうか普段彼の生活の中に妻と子供が居ないので、居なくなる怖さや切なさがまずわからない。一度くらい寝かしつけをしろ。
あと、山村貞子という生き方の哀しみを、読んでるこちらが辛くなるくらい執拗に描いてくれないと彼女の執念や呪いに説得力が出ないのに、基本的に女を女としてしか見ておらずそこに人格も人権もないので哀しくない。哀しくないので怖くない。
でも、女ってそういう哀しい生き物だろ…辛いよな…みたいなのだけある。
なんなの。
家帰れよ。
寝かしつけしろよ。
でも1991年の小説だもんね。仕方ない。
この前「東電OL殺人事件」読んだ時も同じような気持ちになった。
昔が良かったなんて全然思わない。今はいい時代だよ。
(この後に続く らせん バースデーの話もなんとなーーくは知ってるので、いやそういうことじゃなくて、みたいなのは要らないです)
全く怖くなかったので映画ってどんな感じだったんだろ(未視聴)と思って流し見してみたら、主人公がシングルマザーの女性になってて、素晴らしい変更だなと思った。たぶん原作のまま男性が主人公だったらあの時代でもヒットしなかったと思う。お前いいから寝かしつけしてこいよ、と気になって映画どころではなかったと思う。
