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パステルカラーの恋 11

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 さくらの入院している病院を探し当てたわたしは、そこでさくらの母親と妹さんに偶然に出会った。
 思わず声掛けてしまったわたしを2人は、珍しいものを見る様な目で暫し見詰めた。
 漸く事態を呑み込み、冷静さを取り戻した婦人は居住まいを正し、ここでお話するのも何ですからと、病院に隣接するカフェへとわたしを連れて行った。
 席に着くなり婦人は、深々と頭を下げた。娘の方は終始憮然とした態度を取っていたが婦人に倣い小さく首肯した。
「桜の母でございます。この度は大変ご迷惑をお掛けしました。一刻も早くそちら様へは謝罪にお伺いせねばならないところを、何かと立て込んでいまして、申し訳ございませんでした」
「いえ、そんな事はどうでもいいんです。わたしはただ、さくら……、いえ、桜さんのご容態をお聞きしたくて、勝手に押し掛けてしまいました。すみません」
「えーっと、なんてお呼びしたらよろしいかしら? 美和さんてお呼びした方がよろしいのですね」
 さくらの母は念を押した。もうこの期に及んでそんな事はどちらでも良かったが、わたしは頷いた。
「では、美和さん、お身体の状態はある程度保険会社の方から連絡は受けておりましたが、その後いかがでございましょうか?」
「あ、わたしの方はご心配いりません。それより……、桜さんのお話をお聞かせください」
 わたしは懇願するように言った。
「はい、今はだいぶ落ち着いてまいりました。事故の後、1週間程、昏睡状態が続いておりましたが、少しずつ意識を取り戻しております。怪我の状態も徐々に回復はして来ているのですが、今は歩く事も出来ません。でもそれはいずれリハビリを続ければ、と言うことです。それよりも、実は……」
 そこで桜の母は少し言葉を詰まらせた。
「何でしょうか?」美和は身を詰め寄らせずにはいられなかった。
「はあ。意識が錯乱した状態が続いておりまして、記憶も途切れたり、あ、いえ記憶喪失と言う訳ではないんです。激しいショックのための一時的な混乱だということです。静かに虚無的な時間もあれば、急に激しく身を震わせ泣き叫んだり、事故のショックが相当大きかったのでしょう。ですので、今はなるべく刺激を与えずに、状態が落ち着くのを待っているところです」
 美和は言葉を失った。さくらの事を思うと居ても立ってもいられなくなる。
「ときどき、夢にうなされたように、あなたのお名前をうわ言で呟いたりします」
 母の言葉に美和はドキリとした。
「わたしを桜さんに会わせて貰う事はできませんか?」
 わたしは一番聞きたかった事を訊いてみた。
 だが、桜の母は長い沈黙の後に首を横に振った。
「今は、まだ……、申し訳ございません」
 わたしは落胆せざるを得なかった。だが、さくらの状態を思うと致し方ない。
 それから特に話し合いは進展することもなく、用がありますのでと、親娘はそうそうに席を立った。
 帰り際、母親は終始うつむき悲しそうな顔をしていた。娘の方は無言で鋭い一瞥を美和に放って駐車場へと背を向けたのだった。
 
 憔悴したまま帰りの帰途に着いた美和であったが、それでもさくらの状態を知り得たこと、まだまだ回復には時間がかかるものの、少しずつ落ち着きを取り戻している。この2点の収穫があったことで、今日の冒険は一応の成果を出したと、前向きに捉える事とした。
 
 ところでわたしの身体と生活の状況だが、右腕を吊るす三角巾は取れたのだけれど、まだちゃんと右腕が動かせるようになるまでは暫くかかりそうで、不便なことは沢山あった。なるべく左腕を使って物事を済ますようにしているのだが、ふいに無意識のうちに右腕を動かしてしまい、力が加わったりすると、その度に激痛が走った。
 さくらの入院先の病院に出掛けた時も、駅の改札やエレベーターのボタン位置、ドアの取っ手など、社会の多くは右利き用に作られているのだなと初めて実感した。それに人混みを歩いていると、突然誰かに右腕を押されたり引っ張られやしないかと常にひやひやした。慣れてしまえばどうって事もないのかも知れないが、障害を持って生活する事に、社会はそんなに優しくはないと改めて感じた。
 なので、ガソリンスタンドやコンビニのバイトは、右手がちゃんと使えるようになるまでは、仕事にならないので、休暇をいただき治療に専念することにした。
 それともうひとつ、わたしにはとっても気になる傷跡が顔面に出来てしまった。それは額の上、髪の毛の生え際近くを打撲して傷を負ったところ。横に約5センチ程の手術跡が残ってしまった。徐々に目立たなくなって行くからと医者には言われたが、顔に残る傷跡は気になって仕方がない。幸いな事に前髪を下ろすことで目立たなくなるので、とりあえずは人に気付かれないが、嫌な気持ちは変えようがない。
 
 わたしはあの日、さくらの母親から面会に行くのをやんわりと断られてしまったが、また機会を伺って例の病院へと行くつもりでいた。たとえ会えなくても、少しでも近くにいたい、さくらを感じられる場所に身を置きたい、そんな一途な心でいた。
 ところが、事態は思わぬ方向へと転がり始める事となった。
 
 ある晩、夕食を終えて、部屋でぼんやり音楽を聴いていたところを母が部屋のドアをノックした。
 訊くと話があるから下の居間へ降りて来いと言う。
 何だろうと思って居間に入って行くと、父が卓台の上に置いた包装紙で包んだ手土産みたいな箱とその横にある封筒を難しい顔でじっと見ていた。
「美和、ここに座りなさい」父はそう言った。
 その瞬間、これは決して良い話では無いなという事をわたしは覚った。
「今日の昼間、香山さんのお父さんがみえてな」
 ドキッと心臓が数センチ飛び上がった。今日の昼間、わたしは図書館に出掛けていた。
「それで?」
「うん、交通事故に巻き込んでしまった事の謝罪をしてな、これを置いて行ったよ」
と、目の前の箱と封筒に目をやる。
「でも、事故はさくらのせいじゃないし、それにわたしが駅まで送ってもらったから、さくらを事故に遭わせたんだよ。謝罪をするなら、わたしの方よ」
「そういう見方も出来るけどな、向こうはあくまで当方の責任だと、いや、桜くんではなくて、親の責任だと言い張るんだよ」
「そんなの、変だわ」
「うん、私もそうは言ってみたんだが、今日のところは向こうの意思を尊重しておいたよ。それでな」
 と父は不意に言葉を途切れさせる。
「これなんだが……」
  わたしは卓上のものに目をやる。
「こちらの箱はカステラの様だから関係ない。問題はこちらの封筒でね。私も後から見て少し驚いた」
「えっ」わたしはハッとして再びその封筒を目にする。わりと分厚い。
「見てごらん」父はその封筒をわたしに手渡す。わたしは怖ろしい物を手にしたように封筒の中身を見てみる。
 新札の一万円札が綺麗にならんで帯封で束ねられている。これは、これは……。わたしは我が目を疑った。
「お金……」
「ちょっとしたお見舞い金だと思ったんだが、それにしては金額が大き過ぎる。百万円だからな。治療費と休業補償金は全額とはいかないまでも保険が下りてる」
 わたしは何も言葉が言えなかった。これをどう考えていいものやら、検討がつかない。
「このお金はすぐにお返ししましょう」今まで黙っていた母が厳しい声でそう言い放った。
「もちろん、そのつもりだ」父は即座に回答した。
 しばらくあたりを沈黙が包んで妙な静けさが部屋中を支配していた。
「美和、分かるか?」
 わたしは意識が遠ざかり始めて、目眩に襲われた。父の声だけがいくつか脳内に反響した。
「向こうは、もうお前と桜くんとは会わせない。おそらく、そのつもりだろう。いわばこれは手切れ金みたいなものだ。お金を返したところで、あちらの考えは変わらないと思う」
 わたしは激しく動揺しクラクラと目眩に襲われ、母の膝の上に崩れた。わたしの肩にそっと母の手が乗せられる。
 室内はどんよりとした空気に包まれ、誰もが皆口を閉ざし、表通りを通り過ぎる車の音だけが、遥か遠くの方でざわめいていた。
 
 やっとのことでわたしは自室へ戻り、ベッドの中に潜り込んだ。これまでのさくらとの出会いから今日までのいろんな出来事が次々と思い出される。冷静にこれからのことや深いことなんて少しも考えられなかった。
 思い出すのは、笑ったさくらの優しい顔と楽しかった出来事ばかり。東京でジュリアとアイちゃんに会った日の事も楽しい想い出。中華飯店で倒れてしまったことでさえ、今は懐かしい。
 そんないくつもの日々がフラッシュバックするけれど、もうこの先、さくらに2度と会えないのだろうか? 
 わたしは夜明け近くまで枕を濡らし続けて、いつのまにか疲れ果てて眠りに落ちてしまった。
 
 
続く

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