パステルカラーの恋 10
ずっと暗闇の中を彷徨い歩いた。そこがどこかは分からなかったが、めまいのような気持ち悪さに、あまり居心地がいい感じは持てなかった。時間さえも失くしてしまっていた。時々手を前に差し出してみてはいるのだが、ふわふわした空気みたいなものに触れるばかりで、現実とは乖離したそれは、どうやらわたしの知らない世界であるらしいと思わざるを得なかった。
辺りに目をこらしてみると、突然、白い大きな光が現れ、わたしを凌駕する。その度に悲鳴をあげ、気を失ってしまうのだった。そんな悪夢に悩まされ続けた永遠も、長い長い旅路の果てに小さく見えたトンネルの出口に、身体ごと吸い込まれてしまう幻覚を見た。
ある日、白い影が視界の先の方で揺らめくのを見た時、おぼろげながらわたしは意識が覚醒して行くのを感じ取った。
「みわ・・・」
誰かの声が聞こえて、わたしはそっと小さく目を開いてみる。
「みわ、気が付いたの?」
聞き覚えのある声。けれど、頭ががんがんと割れるように痛い。わたしは顔をしかめる。
「誰か・・・、誰か来て! みわが、美和が、目を覚ましたわ」
それからバタバタといろんな足音を聞いた。
あの日、さくらのアパートに行って、一緒にお料理して食事をした。たくさんいろんな話もした。
帰り道、駅まで車で送ってもらう途中、信号のある交差点で右折をしようとして後続車に行く手を妨害され、猛スピードで直進して来た対向車と激しく衝突した。
直後、わたしは気を失い病院に搬送された。不幸な事にさくらとは別の病院であったらしい。それから数日後に気付いた私は、半狂乱になっていた。その度に鎮静剤を打たれて、意識は遠のいた。
さくらの容態はわたしの耳には入って来なかった。家族も知らないと答えた。それから、わたしの家の近くの病院に転院させられ、2週間後、頭に包帯を巻き、右腕をギブスで固定し三角巾で首からぶら下げた状態でわたしは家の門をくぐった。満身創痍な心持ちでの帰還だった。
一日中、さくらのことばかりを考えた。何度もメールや電話をしてみたけれど、一度も繋がりはしなかった。さくらの方からもわたしに連絡は一切来なかった。ただ、保険会社から治療費と休業補償手当の支給案内の書類を受けたのみである。それも親から聞かされた話で、わたし自身は事故による諸々の手続き、示談、交渉、決済などの物事は何も知らない。
わたしは何度か両親にさくらの容態を知りたいと訴えた。父も母も詳しい所は何も知らない様子であったが、いつも決まって「もう少し待とう」の返事ばかりを繰り返すのみだった。
幸いわたしは足腰に傷を負わなかったので、体力さえ回復すれば自由に歩き回り、右手が使えない不便さはあるが、外出も近辺なら問題なく行き来できた。
そして、一週間ほどしたある日、ついにわたしは冒険の旅を決行した。右手を吊るしていた三角巾を必要としなくなったのが、わたしの引き金を引いたのだ。
朝家を出て、約2時間電車に揺られ、その街に着く。遠くの山の風景などを見ると懐かしい気持ちになる。多少ドキドキしながら市バスに乗る。お昼前にその総合病院前に降り立った。この街で大きな病院はあと2か所ある。でも設備的に一番整った体制をみると、さくらが居るのは、ここだと信じたくなる。
大きくて広いロビー、すでにたくさんの人達で混み合っている。フロントを見回し、「ご案内」の文字を見つける。
「すみません」と声をかける。
「はい、どうぞ」と事務服の中年女性が笑顔を向ける。
「あの、こちらに、香山桜という人が入院されていると思うのですが、何号室でしょうか?」
「はい、カヤマサクラさんですね。何科かお分かりでしょうか?」
「あ、いいえ、多分、外科だと思うのですが……」
「ちょっとお待ちください」とデスクの片側にあるPCを操作する。暫くして、
「あ、東病棟の方ですね。ご家族の方でしょうか?」と尋ねる。
(いた!)心の中で雄叫びをあげる。しかし、ここは、
「いいえ、友人です」と、そう言うほか無かった。
「東病棟3階の詰所でお訊きください。ご家族以外の方は面会出来なくなっておりますが」
ツメショというのはナースステーションの事らしいと後で分かった。
「あ、そうですか。わかりました。ありがとうございます」
そう言って、その場を離れる。
もちろん、東病棟3階の詰所に向かう。当たって砕けろだ。でないとここまで来た意味がない。
そのフロアに上がった時、わたしの心拍数も、かなり上がっていただろう。さくらがここにいるのだと思うと、それだけで、それだけで、胸がはち切れそうに、息苦しくなった。
廊下を進むと中央に休憩用のソファが並び大きな窓から外の景色が見える。自販機が設置してあり、何人かの人達がめいめいに寛いでいた。その角に詰所はあった。
「あの、すみません」
声を掛けると、紺色のカーディガンの看護師がこちらに顔を向けた。わたしは先程と同じ質問をする。と、やはり「ご家族の方ですか?」と、質問されたので、「いいえ」と答えた。
わたしは仕方なく休憩所のソファに腰掛ける。ちょうど喉が渇いていたのでりんごジュースを自販機で買い、一口飲む。
面会は家族のみです、という返事をやはり返された。付き添いのご家族の方が見えたら取り次ぎますか? と問われたが、断った。それから、容態についても質問してみたが、それも個人情報となりますので、と教えて貰えなかった。
しかし、右手に続く廊下の先にさくらの病室があり、そこに彼はいるらしいとの事だけは分かった。ただそちらの通路に行くには二重の扉を抜け、関係者以外立入禁止の注意書きを無視しなければいけない。
どうすればいい? ここまで来ておいて、ここから先に進めないとは、悔しさを通り越して情けない。
あの事故から、すでに3週間が経とうとしているのに、未だにさくらの意識は戻っていないのだろうか? 大きな怪我などしていません様に。わたしはそれだけを神様に祈った。
わたしは長い間、その場に座り込み時を過ごした。何時間も経ち、身体が悲鳴をあげ始めた。心は打ちのめされていた。そろそろ時間的にも限界を感じていた。今日のところはここで引き上げるしかないかと、立ち上がろうとした瞬間、(香山です)というか細い声を耳にした。
振り向くと、品の良い中年の女性が詰所でナースに声を掛けている。婦人の後ろにはわたしと同年配らしき若い女性が荷物を抱えて佇んでいる。さくらのお母さんと妹さんだ。わたしは直感的にそう確信した。顔立ちからもさくらを彷彿させる雰囲気が滲み出ている。
2人はナースの案内でドアの向こうの廊下に歩を進めた。その後ろ姿を見るため、わたしはドアの手前まで走り寄った。長い廊下の先の奥から2番目くらいのドアをナースが開き2人は室内へと消えた。あそこにさくらがいるのか? わたしは今すぐにでも駆け寄りたい気持ちにかられたが、必死にその思いを留まらせた。その廊下と左右に並ぶドアはわたしにふと刑務所の様なイメージを思わせた。
白衣姿の介護士やナース、時には医者と思われる白衣の男性が目の前を自由に行き来する。室内の様子はどうなんだろうか。やきもきする気持ちに、歯がゆさが加わった。なぜわたしはここから先に行けないのか。
20分程した頃だろうか、先程の2人の女性が行きと同じ様相でこちらに戻って来た。わたしは少し場所を離れる。詰所で挨拶を交わした2人はエレベーターホールへ向かいかけ、わたしの眼の前を通り過ぎた。
「あの・・・」
反射的に声を出してしまった。
驚いたように振り向く2人。
「何か?」婦人が足を止める。
「香山・・さんですか?」
「はい、そうですが、あなたは?」
一旦、美和と名前を告げたが、婦人が怪訝な表情を見せたので、続いてそこで初めてわたしは自分の名を口にした。久しぶりに口にする本名の方である。何か屈辱的な気持ちが胸の奥に広がった。最初、2人は得体の知れない動物を見る様な目をしていたが、やがて、はっと気が付き、
「あなたでしたか!」と、絶句した。
さくらのお母様と妹さんとの初対面がこういう形で訪れるとは夢想だにしなかった。
続く
