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パステルカラーの恋 9

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 季節はもうすっかり秋、十月も中旬を迎えた。
 私と美和がリアルで会って、交際を始めてからそろそろ半年が経つ。
 たった半年の間にもいろいろあったが、私の気持ちは初めての出会いの時に感じたときめきが、まだそのまま続いている。
 美和はこの半年の間に、女性(女性装者)として随分成長したと思う。それは見た目の問題だけでなく、心の在り方、それに人間として社会に適合して生きて行く力を養って来たのではないかと思われる。
 それに、私自身にも言える事だが、初めて恋愛らしい恋愛を体験している。これは当たり前の様でいてなかなか出来ない部分であった。それまでの私の恋愛と言えば、好みの女性の外見に惹かれ、相手もこちらの容姿を気に入り、デートを重ねる。私自身もその時は有頂天だった。こんな綺麗な女性と付き合えるなんて夢の様だ、などと思っていた。しかし、恋愛とは結局、人と人との関係性の中でそれぞれ心の繋がりを深めて行くものだ。素敵な洋服、鞄、車などといった物とは一緒にならない。所有欲だけでは持続して行かない。相性というものもある。これまでの恋愛関係が長く続かなかったのはそういう事が原因かと思う。
 美和との付き合いにおいては、常に相手を思いやるという気持ちを私に持たせてくれる。美和が私を思ってくれているのがよく分かるからだ。そして何事にも健気に頑張っている美和のできるだけ傍にいて、力になってやりたいとも思う。それに私自身も癒されたいと思っている。安心した気持ちで交際が出来るので、このところの私の心や生活は充実している。

 今日は初めて美和が私のアパートに来る事になっている。泊まっていって貰いたいところだけど、残念ながら仕事の都合で日帰りだ。さて、そろそろ駅に迎えに行かねばならない時刻になった。
 駅に着くと丁度、改札から美和が出て来た所だった。すっかり秋のファッションに身を包んでいる。お互いに明るい笑顔で挨拶を交わし合った。
 折角、さくらの住む町に来たのだから、小さい頃の想い出の場所とかを案内して欲しいと美和は言った。
 想い出と言っても毎日ここで暮らしている訳だから、これと言って何も思い浮かばなかった。どうしようかと悩んだあげく、想い出を探るように通っていた小学校や中学校の校舎を見て周った。
 美和は興味深そうにそれらを見て、当時の私の想い出話しに耳を傾けた。中学生の時に将棋部に入っていた話をしたら目を丸くした。何でもお父さんが今、将棋に嵌っているらしい。今度手合わせしてやってくれないかと言われたが、こちらはもう何年も指していないので、お手柔らかにと答えておいた。
 それから向こうの小高い丘の上に見える白い建物が、今勤めている会社だと私が話すと、美和は私の仕事内容についても興味を抱いたのか、いくつかの質問をした。
 システムエンジニアなんて、名前を聞いても難かしすぎてどんな仕事か想像出来ない、と美和は言った。私も説明出来そうもなかったので、仕事の話はそれ以上やめておいた。

 それから私達はスーパーで買い物をした。今日のメインは食材を買って私のアパートへ行き、2人で料理をして食べる、という約束になっている。
 店内に入り、私はカゴを持ち、美和が次々と思う食材を入れて行く。お肉、にんじん、玉ねぎ、じゃが芋、もうこの辺でメニューは分かるだろう。肉じゃがだ。醤油やみりん、砂糖などの調味料はあらかじめ買っておいたから大丈夫。
 そして私の部屋に初めて美和が来る。「おじゃまします」案外片付いているねと一言。そりゃ来て貰うとなれば、片付けるよ。荷物を置いてリビングでひと休み。軽く抱き寄せキスをする。
 ベッドの方へ押し倒そうとしたけれど、「それはまた後で」と笑っていなされる。

 じゃ、お料理の開始だね。そう言って私達はエプロン姿になってキッチンに立った。
 2人で野菜を切って行く、大きさはバラバラだけど、まあいいね。玉ねぎ、にんじんも切る。しらたきは先にさっと茹でて食べやすい長さに切る。肉を切るのは少々手こずった。
 お鍋にサラダ油をたらし、熱する。そして切った野菜や肉を入れて炒める。だし汁を注ぎ、あとは調味料を加えて煮込むだけ。ご飯は朝から私が炊いておいた。
 実のところ、2人ともそれほど料理が得意という訳ではない。スマホの簡単レシピなどを参考にひとつひとつ慎重に量を計り、時間に注意を払い、火加減など気を付けながら煮込んでいった。味付けは2人で代わる代わる味見をしては、砂糖が足りないだの、お醤油をもう少しなど意見を出し合い、出来上がりを待った。
 「よし、これでいいんじゃないの」と2人初めてのクッキングタイムは終了した。

 私達は食卓を囲んだ。見た目は悪くないし、何より部屋中に良い香りが充満している。
「うん、まあまあかな?」美和は辛口の批評をする。
「いや、美味しいよ」私は正直な感想を言った。
 手料理なんて久しぶりだ。めずらしく私はご飯をおかわりしてしまった。
 じゃがいも、にんじんなどはしっかり煮込んだお陰で柔らかくほくほくして、ほんのり甘い香りがした。お肉はもちろん大好物だ。それに何と言っても、出し汁の旨みが程よくいい感じでご飯に合う。
「ああ、食べたなあ」と言って2人でくすくす笑い合った。
 食事を終えて、食器や鍋を洗い、後片付けも並んでする。
 いつもは自分一人の部屋なのに、こうしていると別の部屋のように思えて来る。
 一緒に買物して、料理して、食事する。そんなどこにでもある単純な事がすごくしあわせに感じた。

 ひと段落してお茶を飲んでいると美和が訊いた。
「そう言えば、さくらのご両親は近くに住んでるの?」
「うん、実家はもう少し田舎の方だけど、そんなに遠くないよ」
「たまには帰ったりするの?」
「年に2、3回位かな?」
「え、そんなに少ないの?」
「そうだね、妹がいるからね」
「妹さんて、いくつくらい?」
「えっと、4っつ下だから、美和と同じくらいかな?」
「そうなんだ。見てみたいなあ」
「会わせてあげようか?」
「いや、それはいい!」
「どうして?」
「だって……」
 少し美和は黙った。躊躇する美和の気持ちが分かったみたいで、桜はそっと美和の肩を抱く。そしてそのままベッドの方へ。

 どれくらいの時間が経ったか、柔らかなまどろみの中で、私は窓の外の光を目にした。思ったより薄暗い感じに見えた。手を伸ばしてスマホの時刻を確認する。あ。もう予定の時刻が迫っている。
 隣で眠る美和の裸の肩を揺さぶる。
「美和、もうそろそろ時間だよ。起きて、さっとシャワーを浴びよう」
 そう言ってベッドから這い出し、バスルームへ向かいシャワーの準備をする。
「ああ、もうこんな時間なんだ。どうしてさくらといると、こんなに時間が早く経ってしまうんだろう」
 美和はそう呟きながら、髪の毛をゴムで縛った。

「良かった電車の時間に間に合うね」
 車のエンジンを掛けて時計を確認し、ほっとする。
「ああ、わたしもここに住みたいなあ」と美和は呟く。
 本当だね。そう出来たらとっても良いね。と心の中で返事しながら、駅までの道を急ぐ。
 秋になってこの頃は日が短くなった。この時間帯だと前ならもっと明るかったはずなのに、もう殆ど薄暮のような状態でライトを点けるかどうかギリギリの頃合いだ。

 信号に差しかかり右折の合図を出し、対向車が行き過ぎるのを待つ。車の列はずっと続いてひっきりなしに車が走り去る。ほんの少しの隙間が見えた。これなら右折出来るタイミングだった。判断は間違ってなかったはず。
 その時、私の後ろに並んでいた車が、急発進して右側に出た。私は驚いてブレーキを踏んだ。その車は私の車を掠め、猛スピードで信号を右折して行った。
 信号の真ん中より少し右に出た所で私の車は止まった。でないと接触する所だった。
 その時、美和が叫び声を挙げた。私も何かを叫んだ。かなりのスピードを出した車が突然前方から現れ、見る見る大きくなり、私の車に激突した。
 ものすごい衝撃。車と車がぶつかる音。身体が前後左右に揺さぶられ、全身を何かで強打される。フロントガラスが割れる。
 車は衝突の勢いで横すべりにスピンし1回転半し、反対側のガードレールにぶつかって止まった。ボンネットが曲がり、エンジンからシュルシュルと煙が立ち上がっている。
 全てはあっという間の出来事だった。
 美和は? と思い横を見ようとしたが、額から滝の様な血が流れ出し、目が開かなくなった。左手で助手席側を探ろうともがいて、何かが手に触れたと思った瞬間、私の意識はそこで途切れた。


続く

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