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僕の価値観を作った作品 逆襲のシャア 価値観編

逆襲のシャアは、 自分の一番好きな作品と言っていい。
そして、 自分の考え方に大きな影響を与えた作品でもある。

もちろん、 勇者シリーズや他の作品から受けた影響も大きい。
でも、 今の自分の価値観を形作った作品を一つ挙げるなら、 逆襲のシャアになると思う。

今回は、 そんな逆襲のシャアから影響を受けた価値観について書いてみたい。


人は簡単に死ぬ

少し誤解されそうな言い方かもしれない
けど、自分はそこに納得感を得ている。

劇的な死もいい。
感動する。
グレンラガンの兄貴の死からのシモンへの継承も好きだ。

しかし、戦争という一面をみた時、人は知らず知らずのうちに死んでるはずだ。
(こういうことを書いてもいいのか分からないけど)
そこから、劇的な死より自分は簡単な死の方が納得感がある。

レズンもギュネイもメインキャラクター感があるのに、人知れず死ぬことをリアルに感じてしまう。

だから僕が物語を書くときも、 人知れずあっさり死ぬ人を入れたくなる。

劇的な死ももちろん好きだ。
でも、 そういう死だけでは少し綺麗すぎる気がしてしまう。

人は案外あっさり死ぬ。
そんな感覚を、 逆襲のシャアから受け取ったのだと思う。

多くを語らない美学

最初にはっきり言っておく。
僕はキャラクターの真意を理解はしていない。

考察はできるかもしれないけど、富野監督が実はこういう意味でこのセリフを言わせたとかは、多分理解していない。
未だに、ララァが二人の間にいる意味も分かってないし……。

しかし、ほかの作品を見ていて、説明口調や戦闘の最中、ベラベラベラベラ喋る作品にリアル感を感じない。

シャアとアムロの会話もニュータイプの感応で分かり合えている(?)
話が通じるのは分かる。
でも、人は分かりあえる、あえないに関わらず、短い言葉で会話が成立する。
その方がリアルに感じてしまう。

あ……書いていて気づいた。
これって日本的な考え方なのかな?

言葉にしなくても伝わる。
多くを語らない。

そんな美学を、 僕は逆襲のシャアから受け取ったのかもしれない。

シンプルというかっこよさ

僕は前に語ったかもしれないけど、勇者シリーズが好きだ。

合体変形。
でっかい武器。
そう言う目で見てカッコいいのが好きだ。

派手でカッコいい。
実にシンプルだ。

でも、シンプルなかっこよさも理解できる。
νガンダムがガンダムの中で一番好きなことがその象徴だと思う。

フィン・ファンネルはあるけど、派手かと言われるとほかの機体と比べると、派手ではないと思う。
メイン武器もライフル、サーベル、バズーカだ。後、シールド。

ほかの作品では派手な武器がいっぱいある中で、この装備でスタイリッシュさ。
そして、アムロの技量もあるけど、動くとカッコいい。

派手さも好きだ。
合体変形も好きだ。
でっかい武器も好きだ。
でも、 本当に憧れるのは、 無駄を削ぎ落としたかっこよさなのかもしれない。

僕は、 そんなかっこよさを追い求めているのかもしれない。

まとめ

ここまで書いていて、自分でも気づいたことがある。
自分は派手さを求めている。
合体変形も好きだし、でっかい武器も好きだ。

でも同時に、リアルさも求めている。
あっさりした死。
多くを語らない会話。
飾らないかっこよさ。

そういうものにも惹かれている。
そう考えると、逆襲のシャアは自分にとって良い教材だったのかもしれない。

そして今でも、その価値観は自分の中に残っている。
でも、まだガンダムの真意を理解できているとは思わない。

だからこそ、もう少し作品を理解できる自分にもなりたいのかもしれない。


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