九死に一生を得すぎた男、神がデバッグを忘れたとしか思えない件 アンデッバッグド・ライフ
アンデッバッグド・ライフ
九死に一生を得すぎた男、神がデバッグを忘れたとしか思えない件
あらすじ
地方の広告代理店に勤務するごく普通の20代半ばの男性、桜ジョーが体験した「痛みのクロニクル(年代記)」。
全ての始まりは、仕事で訪れたメキシコ・テオティワカン遺跡。そこで彼は、人生最大の不条理、すなわち「毒アリにアソコを咬まれる」という、神様がデバッグを忘れたとしか思えない悶絶級の災厄に見舞われる。
業火で燃えるような股間の痛みに耐え、意識が遠のく中、彼の脳裏には過去に味わってきた数々の「イタイ」出来事が走馬灯のように駆け巡る。
これは、前代未聞の数々の受難を、涙と爆笑で綴ったノンストップ・ノンフィクションである
はじめに
本書は、地方の広告代理店に勤務するごく普通の20代半ばの男性、桜ジョーが体験した「痛みのクロニクル(年代記)」である。
全ての始まりは、仕事で訪れたメキシコ・テオティワカン遺跡。そこで彼は、人生最大の不条理、すなわち「毒アリにアソコを咬まれる」という、神様がデバッグを忘れたとしか思えない悶絶級の災厄に見舞われる。
業火で燃えるような股間の痛みに耐え、意識が遠のく中、彼の脳裏には過去に味わってきた数々の「イタイ」出来事が走馬灯のように駆け巡る。
これは、一人の男の尊厳とハードウェアを脅かし続けた数々の受難を、涙と爆笑で綴った物語である。
第1章:股間地獄
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:Critical Hardware Failure(致命的なハードウェア故障)
メキシコの陽光は、暴力的なまでに強烈だった。 北米出張のついでに訪れたテオティワカン遺跡。そこで待ち受けていたのは、人生最大の理不尽、すなわち「神がデバッグを忘れた」としか思えない悶絶級の災厄だった。 突然、股間に走る雷鳴のような激痛。
ぐわぁぁぁぁっ!!!
真っ赤に熱せられた刀身を押し当てられたような熱量に、全身の毛穴から脂汗が噴き出す。
何が起こったのか、皆目見当がつかない
少々武道の心得がある私は、「人前でむやみに騒ぎ立てるのは潔くない」という、この場では一円の価値もない薄っぺらな武士道精神をいらぬところで発揮した。震える手でベルトを緩め、そっとパンツの中を覗き込む。
……なんじゃこりゃ! そこには、現実離れした阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。
私は、都会とは言いがたいが、田舎ほどではない地方の広告代理店で働いていた。仕事の一環で、日本のある地方自治体の幹部職員とその地方で開催されたミスコンテスト受賞者等をその市の姉妹都市へ連れてきていた。
一行をメキシコのとある街まで引率して、現地公式行事の合間に観光先であるテオティワカン遺跡へ向かう途中だった。
VIPとミスコン美女を乗せた貸し切りバスが赤信号で止まるたび、現地の子供たちが土産や食べ物を売ろうと車窓にしがみついてくる。必死の形相で「センエン、センエン」と叫ぶ彼らに気圧され、私は窓を開けて一人の少年に千円札を渡し、ビニール袋一杯の果物を受け取った。
「サボテンの実ですね。皮をむいてあるので食べやすいですよ」 同乗していたスペイン語通訳の男性が教えてくれた。
一口食べると、驚くほど甘い。
「美味いですね! サボテンの実、いけますね」
彼もそうだろうといった顔をしていた。予想以上の美味だ。 私は前席に座る、実家が寺だという偏屈な上司、貝塚にも勧めた。
「桜君、これはなかなか美味いね。……ただ、手がぬっちゃりして気持ち悪いな」 タダでもらっておいて悪態をつくのが彼らしい。確かに、袋の中は果実の粘液でベタベタだ。
実を半分ほど食べたところでギブアップした。袋の口を軽く縛り、車窓をあけて前後に車がいないことを確認して、サボテンの繁殖を祈りつつ、できる限り遠くへ投げ捨てた。
バスの中で手は洗えない。私はハンカチで指先を拭うのが精一杯だった。粘液まみれのハンカチを無造作にズボンの左ポケットへと押し込んだ。
ほどなくバスはテオティワカン遺跡に到着した。 一面に広がる灰色の石造建築。階段状のピラミッドがそびえ立ち、石畳の間からは生命力あふれる雑草とウチワサボテンが顔を出している。
自生するサボテンを見るのは、これが初めてではない。約3年前、テキサスに住む兄を訪ねた際、彼は私を車で郊外へ連れ出した。
「ジョー、野生のサボテン見たことないだろ?」 そう言って、地平線まで続くサボテンの群生を見せてくれたのだ。
兄は昔からスクールカーストの最上位に君臨し、常に冷静沈着、宿題を一度も忘れたことがないような人間だった。中学生のとき、一度だけ宿題を忘れて教師に怒鳴られた際も、 「先生、宿題を忘れて困るのは僕であって、あなたが体面を守るために感情的に怒る必要はありません」 と毅然と反論したという。私はその話を聞いて以来、尊敬する人物は「兄」だと答えるようになった。
対する私は、小中高を通じて一度しか宿題を提出したことがない。その一度きりの宿題も、「桜、お前がやるはずがない、嘘をつくな」と教師に決めつけられ、教室の後ろで正座させられた。
兄とのテキサスの思い出を、メキシコのサボテンが呼び起こす。 ……だが、回想に浸る余裕は一瞬で消し飛んだ。
テオティワカン遺跡のサボテンの陰で、私は襲われたのだ。 そっと覗いたパンツの中。 そこには、私の「生命の根源」とも言える二つの宝珠に、無数の赤茶色のアリが狂ったように食らいついていた。
「何か?」と言わんばかりの平然とした顔で、ヤツらは私の金タマに牙を深く突き立て、脚をぶらぶらとさせながら、重力に身を任せてぶら下がっている。
……なぜ脚を使わない!? 激痛で脳が変質したのか、私はアリの懸垂フォームに疑問を抱くという、光速を超えたタキオン粒子並みの速度で的外れな思考を巡らせていた。脳科学的にはスピンドルニューロンの仕業だろうが、当の本人はそれどころではない。
「キョー! ひゃー! ぬぐぅー!」
人間とは思えない奇声を上げながら、私はなりふり構わずアリを叩き落とした。幸い、スーツのスラックスは脚に余裕があり、叩かれたアリたちは次々と地面に落下していった。もしこれがスキニージーンズだったら……想像するだけで背筋が凍る。
足元を見ると、そこはアリたちのテリトリーだった。私はボーッと奴らの巣の上に立っていたのだ。 ピラミッドを登っていく美女軍団に魅せられて。
無様なガニ股でその場を脱出し、近くにいた黒曜石売りの男に助けを求めた。
「ガッハハハ! アリに金タマを咬まれただと! そんな奴は初めてだ!」
男は腹を抱えて大笑いしたが、貴重な情報をもたらしてくれた。
「毒アリだが心配ねえ、死にゃあしねえ。痛いだけだ。……まあ、めちゃくちゃ腫れるだろうがな!」
毒! 毒アリに金タマを咬まれたのか! 死なないが、腫れる。 私の金タマは、ウチワサボテンのように肥大するのか!
人類初かもしれない「金タマを毒アリに咬まれた男」として、私はぎこちない足取りで、遺跡を堪能した一行をバスへ案内した。ミスコン美女たちやVIPたちは、私の股間の惨劇に気づいていない。
しかし、バスが揺れるたびに激痛が走る。座席に座ることもままならず、額からは滝のような汗が流れる。そんな私の異変に、一人の美女が気づいた。
「どうかしたのですか?」
私は痛みのあまり判断能力を失っていた。彼女にすべてを正直に話してしまった。
「……毒アリに、その、金タマを、咬まれて……」
軽蔑されると思いきや、彼女の瞳はキラキラと輝き始めた。
「えっ、嘘、見せて! どんな感じになっているの? ねえ、見せて!」
まさか、ミスコン美女から「あなたの金タマを見せて」と懇願される日が来ようとは。本来なら歓喜すべきシチュエーションだが、今の私にあるのは10段階中の10の痛みだけだ。 彼女は私の横に座り、好奇心に突き動かされてズボンに手をかけようとする。私は必死に抵抗した。
「無理、無理! 本当に痛いんだ!」
車内の後方で繰り広げられる、美女と私の攻防戦。すると彼女は、真顔で静かに囁いた。
「――毒は吸い出したほうがいいのよ。私がやってあげる」
私の人生は、いつだってこうだ。ここ一番というときに、神様はいつも、とんでもない変化球を投げ込んでくる。 意識が遠のく中、私は己の半生を支配してきた「痛み」の記憶を呼び覚ましていた。この激痛は単なる不運ではない。私の不条理な人生というドラマの、必然の到達点だったのだ。
……すべては、光を失った暗闇、眼球に突き刺さる針の感触から始まっていた。おそらく。
第2章:眼球注射
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]
ステータス:Optical Sensor Glitch(深刻な視覚システムエラー)
「毒は吸い出したほうがいいのよ。私がやってあげる」
ミスコン美女のあまりにも献身的、かつ狂気すら感じる申し出を、私は薄れゆく意識の淵で聞いていた。全人類の約40億人が泣いて喜ぶであろう奇跡のシチュエーション。だが今の私にとっては、彼女の指先がズボンの生地に触れるかすかな振動さえ、神経を逆撫でする拷問に等しい。
「……ありがたいが、今はそっとしておいてくれ。お願いだ」
蚊の鳴くような声で絞り出し、私は目を閉じた。 バスの揺れに合わせて、股間の「二つの宝珠」が悲鳴を上げる。ズキン、ズキンと脈動するたびに脳内が真っ白に染まる。
熱に浮かされ、意識が混濁していく。 メキシコの乾いた風が、いつの間にか、ひんやりとした無機質な病院の空気へと変わっていった。
記憶のページが、猛烈な勢いで逆回転を始める。 たどり着いたのは、光を失った暗闇の世界。 ……私の人生の第一歩は完全な暗闇(ピッチブラック)から始まった。
時を遡ること数十年。それが私の「痛みの原風景」だ。 どうやら私は3歳の頃に左目を負傷したらしい。だが、幼い私には何が起きたのか理解できず、周囲に伝える術も持たなかった。異変に気づいた母に連れられ、田舎の町医者に通ったが、下された診断は「結膜炎」。その誤診が、私の人生を大きく狂わせることになった。
5歳になり、保育園に入所してわずか3日目のことだ。突然迎えに来た両親は、私をそのまま都会の大きな眼科病院へと連れて行った。そこで下された宣告は非情だった。 左目は、すでに失明していた。
「角膜移植をすれば、あるいは見えるようになるかもしれません」 医師の説明を聞き、両親は治療費の工面を含め、一大決心をしたという。これらのことは手術後に両親から聞かされた話であり、当時の私には一切記憶がない。
私の人生の第一歩は、完全な暗闇(ピッチブラック)と、針が落ちる音さえ聞こえそうな静寂(ピンドロップサイレント)の中から始まった。
真っ暗闇の中、頭の中で声がした。
『私は誰? ここはどこ? どうして私はここにいる?』
奇妙な感覚だった。唐突に、頭の中で誰かが低い声でつぶやくのだ。そして確かに、自分のことを『私』と呼んだ。5歳の男児が。
一般的には「自我の目覚め」と解釈されるのだろうが、本当にそうだろうか。5歳の幼児が、自分のことを『私』と呼ぶだろうか。しかも、成熟した大人の男のような低い声で。 あの時、頭の中に居座ったのは、純粋な「私」だったのか、それとも「別の何か」だったのか。その答えは、未だに見つかっていない。
不安定な精神状態の中、暗闇を切り裂くように、今度ははっきりとした「外の世界」の声が届いた。 「絶対安静です」 医師の声だった。自分が病院のベッドに横たわっていることを理解した瞬間だった。
この「絶対安静」という言葉こそが、私が自らの意志で刻んだ、人生最初の記憶となった。
「僕、喉渇いた」
水を欲しがる私に、母は濡れたタオルを唇に当てた。必死にその水分を吸い取った。「絶対安静」という金科玉条の前では、水を飲むことさえ、タオルの繊維から滴る雫を啜るしかなかった。
誤解しないでほしいが、これは決して悲壮な思い出ではない。初めて「水を飲む」という行為を、私はこの方法で学んだだけなのだ。後年、私がコップを使わず、蛇口からダイレクトに水を飲むのが当たり前になったのは、間違いなくこの時の「タオルの記憶」が根底にある。私にとって、コップを介して水を飲むことは「普通」ではなかったのだ。
手術から数日が過ぎ、顔面を覆っていた包帯と眼帯が外された。
「手術は成功です!」 医師は高らかに宣言し、両親は手を取り合って喜んだ。だが、当の本人は納得がいかなかった。なぜなら、左目にはほとんど視力が戻っていなかったからだ。矯正器具をつけても、世界には厚い霧がかかり、ぼんやりとした輪郭が見えるだけ。
医師に見えるかと問われ、私はこう答えた。
「お化けが見える」
保育園中退の5歳児には、それが精一杯の言語表現だった。
――失明は免れた。だが、科学技術の進歩の恩恵には預かれなかった。昨今、悪友から「VRのAVがすごいぞ」と聞かされるたび、私は切に思うのだ。もしあの時、もっと鮮明な「成功」を掴んでいたら、私のメタバース体験はどれほど豊かだっただろうかと――。
そして、ここからが本当の「痛い」時間の始まりだ。 左目には縫合した糸が残ったまま。拒絶反応を抑えるため、私は眼球に直接注射を打つことになった。
点眼麻酔をしたところで、痛みはゼロにはならない。 私の脳内の「レコーディング・スイッチ」は、あの「絶対安静」という言葉とともにオンになった。記録されるのは、来る日も来る日も、眼球を貫く銀色の針。 逃げ場のない眼窩(がんか)の端から、死神のように迫る鋭利な光。それをただ凝視し続けるしかない入院生活。それが私の日常となった。
そんな日々の中にも、小さな光はあった。 売店で買ってもらうヨーグルト。それはプリンよりも贅沢で、私の大好物になった。 そして、見舞いに来る伯父が持ってきてくれる、我が家では買えないようなオモチャたち。ただし、珠算塾を経営していた伯父の見舞いには、常に「そろばんの猛特訓」というオプションがついていたが。
半年後に退院したが、通院生活でも「眼球への注射」は続いた。 母は早朝の満員電車に乗り、左目に大きな金属製眼帯をつけた、まるで「オペラ座の怪人」のような幼い私を連れ、2時間かけて都会の病院へ通った。
朝の通勤ラッシュ、席を譲られた記憶は一度もない。それどころか、帰りの電車で確保した母の席を、知らない大人に「どけ!」と奪われることさえあった。
「日本人は礼節を重んじる」などという諸外国からの美辞麗句を聞くたび、私は思う。国や民族ではない。結局は「人による」のだと。
こうして私の幼児期は、降り注ぐ太陽を浴びることなく、砂場遊びや友人との駆けっこでもなく、真っ白な壁や天井に囲まれ、消毒液の匂いと、眼球を貫く針の感触とともに幕を閉じた。
この人生のスタートラインが不幸だったかどうかは、死ぬ瞬間までわからないだろう。
ただ一つ、今ならわかることがある。 所詮は5歳児。本当の意味で「痛かった」のは、私の眼球ではなく、それを見守り続けた母親の心だったのだということを。それを知ったのは、随分と先の話になるのだが。
随分と先ではないが、母に関しては解せないことがあった。
私は伯父の経営する珠算塾でほぼ毎日猛烈に「球」を弾いて、年に数回開催される珠算大会で幾度も勝利を重ねた。まさに血と汗と涙の果てに手に入れたトロフィーの山だった。
ある日の夕刻、中学校の修学旅行から帰宅すると、母が家の前でいつものようにゴミを燃やしていた。炎の中にくべていた何かに見覚えがあった私は、嫌な予感を感じて火に近寄った。なんと、母は、無造作に「トロフィー」をゴミと一緒に燃やしていた。最後の一つが投げ込まれようとした刹那、「ちょっとまった!」と叫んだが・・・・・・。
第3章:野獣死すべし
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステータス:Cognitive Damping(いじめによる認知機能の減退)
小学校に入学するまで、私の世界は半径数メートルの「家族」と「病院」だけで完結していた。退院後も、人混みを避けるために外出は禁じられていた。 病院の大人たちに「いい子だね、よく我慢したね」と褒められ、無菌室のような環境で育った私は、人間関係の築き方など微塵も知らなかった。
そんな純粋培養の子羊が、小学校という名の「野獣の檻」に放り込まれたのだ。 そこにいたのは、攻撃的で、感情的で、理由もなく嫌なことを強制してくる凶暴な野獣たちだった。
「いじめ」という言葉すら知らなかった私は、ただ困惑し、叩かれ、罵られた。 そして、あまり語られない残酷な真実を思い知ることになる。——「いじめられると、人間はバカになる」のだ。過度なストレスは思考を停止させ、脳のパフォーマンスを著しく低下させる。
だが、体育授業への参加を医師から許された小学3年生の頃、私の中で何かが弾けた。 それまで抑圧されていた憂さ晴らしを爆発させるように、私は自分を虐めていた子供たちを次々と「制圧」していった。鬱々とした暗闇との決別。私は一気に活発な子供へと変貌を遂げた。
ところが、神は私の「平穏なシステム」を許さなかった。 動きすぎたせいか、移植した角膜が剥離しかけ、再手術を余儀なくされたのだ。 再びの入院。そして、逃げ場のない眼球への注射。 流石に慣れた。だが、慣れてはいけなかった。視力がほとんどないことに加え、針を見続けすぎて先端恐怖症が麻痺したせいか、私はゴミや虫が飛んてきても瞬き一つせず、すべてを眼球で受け止めてしまう「バグ」を抱えることになった。
勉強面でも、私は奇妙なスタートを切っていた。 珠算塾を経営していた伯父のおかげで、入学時点で4桁の暗算をこなしていた私は、教師たちから「神童」と持て囃された。本人にとっては当たり前のことだったが、どうやら普通ではなかったらしい。 しかし、私の才能はそこがピークだった(もし、いじめで脳を削られていなかったら、私はもっとマシな大人になっていたのだろうか――知らんけど。
退院時、眼科医から言い渡された二つの禁忌が、私の学力を決定的に縛り付けた。 「タバコを吸ってはダメだよ」 そして、「本を読んじゃダメだよ」と。 人生という名のレースのスタートラインで、私は号砲を聞くことさえ禁じられたのだ。
私は、音からすべてを学ぶしかなかった。 暗算は得意だが、漢字が書けない。読解力がない。神童も学ばなければただの人に成り下がる。私は授業中も友人とふざけ合い、家ではテレビと漫画に耽った。 「漫画は『本』ではない」 そう自分に都合よく医師の言葉を解釈し、自由気ままに遊んで過ごした。
このまま気楽に過ごせれば、どんなに素晴らしかったか。 だが、5歳の時に産声を上げた、あの『私』という名のエンティティが、私の人生を激しく翻弄し始める。
テストの最中、あるいはスポーツの試合の決定的な瞬間。 ここ一番という場面で現れ、私の完璧な流れを冷酷に断ち切るのだ。 『私』が現れない時の私は、テストも運動も群を抜く成績だった。だが、『私』が降臨した瞬間、手に入れかけていた成功は指の間から零れ落ちていく。
『私』は味方なのか、それとも破壊者なのか。 その答えは、未だに出ない。 しかし、私はこの不可解な「バグ」を抱えたまま、不条理な人生を闊歩していくしかないのだ。
ここで、謝罪をしなければなりません。いじめを克服した私は、小学校卒業まで、私をいじめていた奴ら全員に「悪魔のような仕打ち」をし続けた「いじめっ子」になり果てたことを。
彼らの脳が無事に成長していることを願う。 ――知らんけど。
第4章:高級車とダンス
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステータス:Urethral Breach(尿道への不法侵入)
人生で最も屈辱的で肉体的な原初の記憶。
それは、伯父が経営する珠算塾の遠足帰りに起こった。 「家に帰るまでが遠足です」とはよく言ったものだが、私はまさに自宅の目と鼻の先で、人生の道路を外れることになる。停車したバスから降りた瞬間、私は確認もせず道路へ飛び出した。
ドン! キイーッ、キュキュッ、ズン。
見事なまでのはねられっぷりだった。 私を視認したドライバーが、衝突を避けようと急ハンドルを切った。その結果、私は車のサイドミラーに弾き飛ばされたのだ。 私の体はクルクルと宙を舞った。バレリーナの素養があったのかと思うほど、実に見事な円を描きながら横へ横へと移動し、道路脇の畑に立っていた木柵に激突した。
「キャーッ!」
車掌の悲鳴が静かな田舎道に響き渡る。 急停車した高級車(BMW)から、顔を真っ青にしたドライバーが飛び出してきた。 目の前には、息子の帰りを待っていた、凍りついたように立ち尽くす母。 アスファルト舗装したばかりの道路に、大人たちの叫びと狼狽が渦巻く。
当の本人はといえば、驚きのあまり声が出なかった。痛みすら感じない。ただ路肩に座り込み、キョトンと騒動を眺めていた。
「ああ……私のせいだわ……」 バスの車掌が泣き崩れている。
「僕、大丈夫か!?」 BMWの男が駆け寄ってくる。
母も必死の形相で走ってくる。 まるで映画のワンシーンを観るかのような、他人ごとのようにぼんやりとした心地でその光景を眺めていた。
やがて救急車が到着した。この頃には、私の頭はすっかり冷えていた。 それどころか、初めて乗る救急車に胸が高鳴っていたのだ。 明日、学校でみんなに自慢してやろう! わくわくしながらそんな不謹慎なことを考えていた。この先に待ち受ける、本当の「地獄」も知らずに。
運び込まれたのは、見知らぬ大きな病院だった。
「痛いところがあったら、先生にちゃんと言うのよ!」 母の切迫した声に、私はキッパリと答えた。
「痛いところなんて、どこもない」
だが、大人は大げさだ。
「頭を打っている可能性があるので、二日間は入院して様子を見ます」
医師の言葉に私は絶句した。痛くないのに入院? クルクル回っただけだし、腕だってピンピンしているのに――。
病院のベッドに横たわったものの、怪我一つない子供には退屈という名の毒が回る。 しばらくして、運悪く私をはねてしまった運転手が、険しい表情で見舞いにやってきた。手には何やら品物を持っている。 加害者と被害者の母が、互いに「すみません」と謝罪し合う奇妙な光景。 ようやく男から差し出された手土産。喜びを抑えつつ受け取ったそれは、あろうことか、私が昨日買ったばかりの雑誌『月刊小学三年生』だった。
「持ってる。昨日買った」 私は悪気なく言い放った。
男の顔が引き攣る。 「明日は別のを持ってくるから……」 彼は一礼して去っていった。明日は何を持ってくるのか、私の関心はすでにそちらへ移っていた。
夜が更けるとともに、平穏な入院生活に暗雲が立ち込めた。 激しい尿意が私を襲ったのだ。 トイレに行きたいと母に告げた。
「何を言っているの。絶対安静って言われたでしょ。寝たまま、この容器にするのよ」
差し出されたのは、独特なフォルムをした「尿瓶」だった。 テレビのワンシーンで見たことはあったが、まさか自分の「アレ」をここに納める日が来るとは。
まあ、やってみるかと軽い気持ちで尿を出そうとするが、一滴も出ない。尿意はあるのに、蛇口が開かない。体勢が悪いのか、精神的なブロックか。焦れば焦るほど、膀胱はパンパンに膨れ上がっていく。 見かねた母が看護師を呼んだ。これが、最大の大誤算だった。
やってきたのは、優しげな微笑みを湛えた、美人なお姉さん(看護師)だった。 彼女の手には、鈍く光る金属の器が抱えられている。
「さあ、出しましょうね。我慢しなくていいのよ」 天使のような囁き。だが、次の瞬間、彼女は私の尿道に、冷酷なゴムチューブを躊躇なく差し込んできた。
「ギャーッ!! 痛い痛い痛い!!」
私の叫びは病室に虚しく響いた。 おい、待て。子供のチンポに挿入していい太さのものじゃないだろ! 悶絶する私を無視し、彼女はグイグイと管を押し込んでくる。
「はーい、すぐ出ますからねー。僕、もう少しだけ我慢してねー」 声は聖母、行為は悪魔。 尿意どころか、魂まで吸い取られるような不快感。一気に排尿は完了した。
「あら、あまり出てないじゃない。またしたくなったら、いつでも呼んでね」
彼女が去っていく後ろ姿が、私には邪悪な笑みを浮かべた「魔女」にしか見えなかった。
二度と呼ぶか! 頭なんか打っていないし。次からは周囲の目を盗んで、自力で尿瓶を使いこなしてやると、私は固く誓った。
まさか、この「ゴムチューブ」との因縁が、この先も続くことになるとは。 当時の私は、露ほども思っていなかったのである。
第5章:後頭部フルスイング
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:System Shutdown(一時的なシステム強制終了)
私は球技が苦手だった。 片目の視力では遠近感が絶望的に掴めず、キャッチボールさえままならない。だが、そんな私の事情を知る由もない小学校のクラスメイトたちは、放課後、いつものように遊びに誘ってきた。
「今日は何して遊ぶんだ?」
「野球やろうぜ」 友人の田丘が間髪入れずに言う。
メンバーはわずか6人。彼曰く「投手、捕手、野手一人の3対3でなんとかなる」そうだ。
正直、野球に愛着はなかった。アニメの放送を潰してまで中継される恨みもあったし、伯父に連れられて行った球場での記憶も、ろくなものではなかったからだ。
その球場での私の目的は、「メロン味のかき氷」だけだった。 しかし、野球に無関心な私をめがけて、非情にもホームランボールが飛来した。周囲の大人たちが、正確には「ボールという名の宝」をめがけて、子供の私を突き飛ばしながら殺到した。
一口も食べていないメロン氷は無残に砕け散り、外野席の床を緑色に染めた。泣きべそをかく私に、伯父が買い直してきたのは、なぜか「黄色いシロップ(レモン?)」のかき氷だった。
「メロンじゃない……」 抗議は伯父にスルーされた。
この時、私の「食へのこだわり」と「大人への不信感」の基礎が築かれたのかもしれない。
「ジョー、キャッチャーをやってくれないか?」 田丘が私にポジションを打診してきた。
「ピッチャーじゃダメか?」
「いや、キャッチャーを頼む」
なぜか彼は、私を扇の要に据えたがった。視力は弱いが、不思議と運動神経だけは良かった私は、友人たちの目には「何でも無難にこなせる奴」と映っていたようだ。
仕方ない。ここで押し問答をするのも大人げない(子供だが)と、彼の提案を引き受けた。この決断が、のちに「星を見る」事態を招くとも知らずに。
私が田丘の誘いを受け入れたのには理由がある。 田丘と西谷。この二人は、私にとって人生で初めてできた「友人」だったからだ。
西谷は野性味あふれる男で、どこへ行くにも自らの足で走った。私と田丘が自転車で飛ばす後を、ひょうひょうとした顔でどこまでも走ってついてくる、憎めない風変わりな奴だ。
ある秋の日、西谷の家の前の畑で「焼き芋」を作ろうとしたことがあった。枯れ葉を集めて火をつけた瞬間、炎は予想を超えて畑一面に燃え広がった。
「やべえぞ!」と叫ぶ田丘。
「俺んちが燃える!」と狼狽する西谷。
「大丈夫だろ」と、私は炎が畑に広がっていく様を眺めていた。
結局、バケツリレーで事なきを得たが、翌日教室で西谷から「洗濯機の蓋が溶けて親にぶちのめされた!」と怒鳴られた時、私は不謹慎にも大笑いしてしまった。
実は、焼き芋をやる前に、西谷の家でかくれんぼをした。その時家の外に置いてあった洗濯機の中に隠れようとして、うっかり蓋の上に乗って壊してしまった。運良く?焼き芋の延焼が洗濯機の蓋を溶かし、証拠隠滅となったことはヤツには――。
一方、田丘には一目置いていた。 以前、川遊びをしていた時、私は悪ふざけで拾った棒きれで、彼の後頭部をコツコツと叩き続けた。
「マジで痛いって!」と振り返った彼。
私は青ざめた。 棒の先には、無数の錆びた釘が打ち付けられていたのだ。彼の後頭部からは血が流れていた。
「すまん、知らなかったんだ……」 平身低頭する私に、彼は一言。
「もうやるなよ。それよりコイ捕ろうぜ」と笑った。その度量の大きさに、私は尊敬の念を抱いた。
野球遊びは神社の境内で始まった。使うのはテニス用のゴムボールだが、バットは木製の少年野球用だ。
「そこじゃない、もう少し前だ」 田丘がキャッチャーの位置取りに細かく指示を出す。
言われるがまま、バッターのすぐ後ろへ移動した。すぐに試合がはじまり、一進一退の攻防となった。私は、ポロリ、ポロリと捕球し損ないながらも懸命にピッチャー西谷の投げ込むボールを取った。
西谷が、これまでにない見事な速球を放った。完璧なストライクゾーン。 この球を絶対に捕る! 私は気合とともに両腕を伸ばした。だが、前に出したのは腕だけではなかった。
――ガンッ!!
星が降った。 私の顔面は神社の乾いた土に突き刺さった。
気がつくと、仰向けになって青空を見上げていた。 田丘の話では、バッターのフルスイングが私の後頭部を直撃し、糸の切れた人形のようにパタリと前に倒れて気絶したのだという。
「ジョー! 大丈夫か!」 不安げに体育座りで私を覗き込む田丘と西谷。他の奴らは大人を呼びに走ったらしい。
痛い、なんてレベルではない。死の恐怖が脳を支配した。 だが、その瞬間、私のニューロンに閃光が走った。
今ここで大人に見つかり、救急車で運ばれたら――あの「尿道カテーテル」の魔女と再会することになる!
「大丈夫だ。無事だ。自力で帰る」 私は友人たちの静止を振り切り、ふらつく足取りでその場を去った。頭蓋骨のヒビよりも、アソコの尊厳を守ることを選んだのだ。
その後、日常的に何度か意識を失うことが起きたが、小学生らしく、UFOにさらわれて宇宙人に記憶を消去されているのだと自分に言い聞かせ、気にとめないようにした。
かなり後のことだが、頭部CTを撮る機会があった際、医師が不思議そうな顔で言った。 「後頭部の一部が、富士山のように盛り上がっていますね」
それは少年時代の名残であり、少なくとも宇宙人の埋め込み物はないことが科学的に証明された。
あの事故以来、私たちの草野球でキャッチャーは田丘の固定ポジションになった。
大学生になった頃、駅で偶然再会した彼に尋ねた。
「田丘、今も野球やっているのか?」
「ああ、もちろん」
「やはり、キャッチャーか?」
日焼けした顔に白い歯をのぞかせ、彼はにんまりと笑った。
「ああ。キャッチャーだけは他人に任せられないからな。……だろ、ジョー?」
第6章:教室の闇市場
痛み指数:[Pain Scale: ■□□□□□□□□□ 1/10]
ステータス:Underground Dealer(教室の非公認ディーラー)
小学4年。理科の授業開始を告げるチャイムまで、あと数分。そこは学び舎ではなく、欲望が渦巻く「取引所」へと変貌していた。
教室の後方で、キッズたちが群がって何やら熱狂的にわめいている。「これをくれ」「セットで頼む」「安くしろよ」。その必死な背中からは、焦燥と汗の入り混じった、資本主義の初期衝動のような匂いが漂っていた。また厄介なトラブルの予感はしたが、この「禁じられた祭典」の魔力に、私の中の野次馬根性が抗えるはずもなかった。
何だ、新作のゲームか? エロ本か? いや、もっとヤバいものか?
「豆電球だ」「乾電池だ」「セット一式、早くしろ! 先生が来ちまう!」
人垣の中心にいたのは、前山だ。彼はどこから仕入れたのか、実験に必須の小物を堂々と売り捌いていた。それも、学校前の文房具屋へ走っても間に合わない「絶体絶命のデッドライン」を狙い撃ちした、エグいプレミア価格で。理科の実験という不可避のイベントを商機に変える……物静かな男だと思っていた前山への評価が、私の中で「ただの同級生」から「愛すべきならず者」へと跳ね上がった。
(こいつ、最高にキレてる……!)
感心して覗き込んでいると、座ったまま注文書(という名の借用書)を捌いていた前山と目が合った。
「桜、ちょうどいいところに来た。計算が追いつかないんだ。お前、暗算が得意だろ。このノートに記録してくれ」
なりゆきで、私は闇市場の「レジ係」を担うことになった。心拍数は黒板の上の時計より速く刻まれる。禁忌に触れる指先の震えは、恐怖というよりは、いや、これは武者震いのような高揚感だった。
「前山、豆電球はいくらだ? ソケットは?」
「ここに書いてある。名前と金額をノートにつけてくれ。頼んだぞ」
なるほど、現ナマを持っているガキなどこの場にはいない。これは「借金の証文」だ。明日、この帳簿を元に、彼は確実に債権を回収するつもりなのだ。10歳にしてこれほどのサブスクリプション並みの回収システムを構築するとは、恐ろしい男である。
皮肉なものだ。豆電球のフィラメントが放つ、弱々しいオレンジの光。私の不自由な左目には、その輝きは境界線を失ったぼやけた光の塊としてしか映らない。そんな私自身が正しく認識さえできない「光」を、まさか売ることになろうとは。神様もなかなか粋なジョークを飛ばしてくれる。
「おい前山、先生が来たらどうする。俺も共犯だぞ」
焦燥に駆られ、私は黒板の上の時計を仰ぎ見た。秒針が無情に垂直へと近づいている。
その時だ。時計の真下、「正義の味方」気取りの委員長と目が合った。
彼女は輪に加わることも、止めることもできず、ただ強張った表情でこちらを凝視していた。その目は、規則を破る者への純粋な怒りというよりは、「秩序が崩壊していくことへの生理的な恐怖」に怯えているように見えた。彼女にとって、前山の商売は教室という神聖な揺りかごを汚す、理解不能なウイルスに映ったのだろう。
「前山、やばい、先生が来る!」
「落ち着け、桜」 前山は眉一つ動かさない。
「見られても平気だ」
「なぜだ?」
「今は金を受け取っていない。忘れ物した奴らに、親切に『貸した』だけだからな」
……絶句した。そこまで計算済みか。私の暗算能力なんて、こいつの狡猾なロジックの前ではただのオモチャに過ぎない。
教室の闇市事件はどういうわけか私が「首謀者」ということになっていて、放課後職員室でたっぷり絞られた。 「あんな外道なことをするのは桜しかいない」 あの時時計の下で震えていた委員長が、絞り出すような声で担任にデマをチクったせいだ。彼女にとって、前山は「排除できない恐怖」だったが、私は「叩きやすい異物」だったわけだ。
だが、その濡れ衣を晴らそうとは微塵も思わなかった。私は、自分の中に芽生えた「闇市の共犯者」というポジションに誇りすら感じていたからだ。
この闇市をきっかけに、私は前山と放課後を共にするようになった。夜になると家を抜け出し、カブトムシを捕りに林へ向かう。懐中電灯が描き出す円形の光のほかは、すべてを飲み込むような圧倒的な「真の闇」が支配する世界。それは、昼間の教室で見せた彼の「闇」と地続きであるように思えた。
私は、見つけたクワガタを帽子の縁に大事に収納し、その漆黒の翅や角の造形に、無邪気に酔いしれていた。だが、隣を歩く前山は違った。
彼は虫かごを4つ持参し、獲物をテキパキと選別して別々のかごに放り込んでいく。「これはSランク、これは売り物にならないBだ」。その手つきは、もはや密猟者のそれだった。
「前山、その大量の虫をどうする気だ?」
「当たり前のことを聞くな。街のペットショップへ卸すんだよ」
やはりな。お前なら、道端に落ちている小石にさえ、もっともらしい付加価値をつけて売り抜けるだろう。
当時の私は、この「普通じゃない」感覚を共有できるのが、何よりも心地よかった。不条理な痛みばかりが続く私の人生において、前山との出会いは、最高に不道徳で、最高に刺激的な「麻酔」だった。
後日談だが、彼がなぜそこまで「数字」と「対価」に執着し、成人してから、なぜ迷走するように宗教の門を叩き続けたのか。仏教から新興宗教、キリスト教を経て、厳格な神職の資格を得ながらも、結局はその座を捨てて地元の小学校の特殊学級の補助に収まった。その支離滅裂な遍歴を、私は今も「理解」できていない。
だが、それでいいのだ。 彼が私の中で「親友」という唯一無二の座を占めているのは、彼が理解可能だからではない。むしろ、その逆だ。彼は、社会が用意したどんな「正解」の型にもはまらない、絶対的な他者であり続けている。
常日頃、連絡を取り合うような仲ではない。しかし、私が仕事の不条理に押し潰されそうになったり、人生のデバッグに失敗して途方に暮れていると、彼はどこからともなく現れる。 「駅前のカフェ、新しい豆が入ったらしいぞ」 そんな、どうでもいい誘い文句とともに。
彼は私の痛みを分析しないし、安っぽい言葉で癒やそうともしない。ただ、あの闇市とは異なる穏やかな目で、ぼやけた私の視界の隣に座っている。その「理解不能な男」がもたらす、根拠のない安らぎ。
不条理な痛みばかりが続く私の人生において、前山との出会いは、最高に不道徳で、そして最高に「救い」に満ちたバグだったのだ。
……まあ、そんな綺麗な話で終わらせるつもりはない。
結局、あの日職員室で怒鳴られた私の横で、彼はちゃっかり「善意の貸主」として先生に褒められていたわけだから。
本当、食えないヤツだ。
第7章:浜辺の離岸流
痛み指数:[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10]
ステータス:Oceanic Drift(離岸流による強制デバッグ)
幼少期の私は、プールや海はもちろん、ちょっとした水遊びさえ禁じられていた。その反動だろうか、私にとって「海」は未知の冒険が詰まった最高の聖域だった。
夏休み、両親の車で遠くの海岸へ連れて行ってもらう時間は格別だった。泳ぎはまるでダメだったが、海の家で借りた分厚い「タイヤチューブ」の浮き輪に身を預け、ぷかぷかと波に揺られているだけで、私の世界は晴れやかに広がった。
太平洋の開放感も良かったが、父の帰省ついでに訪れる日本海も印象深かった。近くの岬が「自殺の名所」だと教えられてからは、子供心に薄気味悪さを感じもしたが、太平洋に比べて海はどこまでも澄み渡り、浜辺には見たこともない生き物たちが息づいていた。
あの日も、絶好の海遊び日和だった。 いつものように浮き輪で波にまかせて漂っていた時のことだ。突然、何者かに足を思い切り引っ張られ、私の体は水中へと引きずり込まれた。 異変にいち早く気づいたのは、近くを泳いでいた父だった。彼は猛烈な勢いで助けに向かってきた。
……なぜ、バタフライなんだ?
溺れながらも、父の豪快な泳法を冷静に観察していた。緊急事態にバタフライを選ぶ父のセンスに疑問を抱きつつも、なんとか救助された私は、父から「危ないから浜辺で遊んでいろ」と厳命された。しぶしぶヤドカリを捕まえながら、足首を濡らす程度の「安全な水遊び」に興じていたのだが……。
本題はここからだ。私はなぜか、その「安全なはずの浜辺」で溺れることになった。
突如として、背後から巨大な波が私を飲み込んだ。凄まじい流速で、私の体は一気に沖へと運ばれていく。
うわあ! なんだこれ!
何が起きたのか理解が追いつかない。だが、直感した。このままでは確実に死ぬ。 私をさらった犯人は、当時はまだ名も知られていなかった「離岸流(リップカレント)」というやつだ。突然現れるその死の奔流に、私はピンポイントでたまたま捕まってしまったのだ。「たま」には縁があるのだ。
うん、これは溺れるな。
不思議なほど冷静だった。周囲には誰もいない。頼みのタイヤチューブもない。 愛用していたスイカ模様のビーチボールが、視認できないほどの速さで水平線の彼方へと流されていく。
あいつとは、今日でお別れか……。 長年連れ添った相棒を見送るような、寂寥感に満ちた気持ちでボールの行方を眺めていた。
だが、しばらくしてある事実に気がついた。 あれ? ……苦しくない。 さっきは溺れたのに、今はなぜか体が沈まない。わけがわからないが、ふと閃いた。いっそ、潜ってみよう!
大きく息を吸い込み、海中へ。澄んだ水の向こうに海底が見えた。砂地だ。 カニ、発見! 私のテンションは一気に跳ね上がった。死の恐怖はどこへやら、私はカニを捕まえることに全神経を集中させた。海面で息を継ぎ、再び潜ってはカニを追う。数回のトライの後、ついにその獲物を仕留めた。砂浜で見かけるのとは明らかに形が違う、立派なカニだ。
興奮気味にカニを握りしめ、海面に浮上した。 太陽が眩しい。目が痛い。 目を見開いて潜れば海水が染みるのは当たり前だが、当時の私は、次からはゴーグルをつけようと、海との友情を深めた達成感に浸っていた。
最高だ! 気持ちいい!
顔を水面に出し、ふと浜辺を見ると、カニを追っているうちにいつの間にか岸に近づいていた。足がつく。 悠々と歩いて浜に戻ると、そこには黒山の人だかりができ、騒然とした空気が漂っていた。
「子供が溺れたぞ!」
「誰か救助を!」
大人たちが叫んでいる。どうやら一大事のようだ。
やはりな。得体の知れない何かに足を引っ張られたり、突然沖へ流されたり、この海には「何か」がいるのだな。 私はテレビのミステリー特番のレポーターのような気分で、他人事のように海を振り返った。
――騒ぎの主役が自分であることに気づくまでは。
どうやら、私が沖へ流され、そのまま海中に消えていく姿を目撃した人がいたらしい。姿が見当たらない我が子に、両親は最悪の事態を覚悟し、半狂乱になっていた。
そこへ、珍しいカニを掲げて、「これ、凄いでしょ!」と何事もなかったかのように現れた息子。
私は輝かしい冒険譚を語り始めたが、両親からは言葉にならない怒りの鉄拳を食らった。一方で、兄からは「お前、すげえな」と称賛を浴びた。結果として、私の中では大満足の海水浴となった。
残念なのは、この一件以来、二度と海に連れて行ってもらえなかったことだ。 少年時代の海遊びの記憶は、この「死の淵でのカニ捕り」を最後に途絶えている。
理由は……まあ、聞くまでもないだろう。
第8章:猟奇的な女子
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■□□□□□ 5/10]
ステータス:Psychological Harassment(精神的蹂躙)
小学生の頃、私の記憶に深く刻み込まれた女子が二人いる。 その一人が明里(あかり)だ。現代の言葉を借りるなら、彼女は紛れもない「ストーカー」だった。おそらく本人にその自覚はないだろうが、彼女の執着は子供の「いたずら」という境界線を軽々と越えていた。
男子小学生にとって、放課後の遊び相手は同性の友人と相場が決まっている。男子は男子、女子は女子。それが暗黙の秩序だった。 ところが、彼女は違った。授業中だろうが放課後だろうが、隙あらば私にからんでくるし、ちょっかいをかけてくる。その執拗な追跡がいつ始まったのかは定かではないが、小学5年生の冬、プレハブの仮設校舎で起きた「あの事件」だけは、脳細胞に焼き付いて離れない。
プレハブ教室の中央では、ストーブの上のヤカンが、雲を吐き出す龍のように猛烈な湯気を吹き上げていた。私は教師の目を盗んでは、家から持ち込んだ餅や蜜柑をストーブの上に並べて焼くことに情熱を注いでいた。 もちろん教師に見つかるようなヘマをすることなく。
結露で真っ白に曇った窓を眺めながら、私の左目には「天然の曇りガラス」でも嵌め込まれているのだろうかと、ぼんやり考えていた時だ。背後に座る明里が、いつものように私の背中をつついてきた。 またか。一体何がしたいんだ、こいつは。 無視を決め込んでいたその刹那、複数の衝撃音が同時に爆発した。
シュ、バスン、グサ、ガン!
目から火花が飛び散った。鼻の下の急所に、金槌で殴られたような、のたうち回るほどの激痛が走る。 彼女は、硬質なプラスチック製の下敷きを水平にして、背後から何の前触れもなく全力で私の顔面に叩き込んだのだ。あまりの痛さに、私は授業中であることも忘れ、人目も憚らず涙を流した。
「ごめん。……痛かった?」 泣きじゃくる私を見て、彼女は珍しくしおらしい声を出した。
「痛えよ! お前にも同じことやってやろうか!」 怒鳴り返したものの、女子に手を上げるわけにもいかず、袖で涙を拭った。
「明里、やりすぎだ。怖すぎるわ」
「いいわよ。私にもやってみて」
「……いや、無理。死ぬぞ」
「ごめんね、桜が泣くなんて……」
ざわつくクラスメイトたち。しかし、うつむく明里と泣いている私の姿を見て、連中は勝手に納得したような顔で囁き合った。 「またいつもの痴話喧嘩か」
ちげーよ! 断じて違う! 私の心の叫びを余所に、何事もなかったかのように授業は再開された。そんな不条理な日常が卒業まで続くことになる。
彼女の猟奇的な行動は、6年生の夏、プールの授業後にクライマックスを迎えた。 私はプールの授業が終わると、いつも猛ダッシュで教室へ戻るのを日課にしていた。濡れて肌に張り付く、あの気味の悪い水泳パンツを一秒でも早く脱ぎ捨てたかったからだ。
教室のドアをガラリと開け、誰もいないことを確認して、自席の前で一気にパンツを下ろした。 ふう、爽快……! 解放感に浸る私。だが、このルーティーンを影で監視している「追跡者」がいることなど、想像さえしていなかった。
「見た!」
突然絶叫が響いた。 ドアの前に立っていたのは、肩で激しく息を切らした明里だった。彼女は、生まれたままの姿になった私を、射抜くような視線で凝視していた。 母親や看護師以外の女性に、初めて「聖域」を晒した瞬間だった。
「……本当に、見たのか?」
「ええ、見たわ」
慌ててタオルで股間を隠す。彼女は、フルマラソンを完走した直後の選手のように全身を震わせながら、勝ち誇ったような異様な輝きを瞳に宿していた。私の俊足に、女子である彼女が追走してくるとは、完全に計算外だった。
「ハァ、ハァ……小さいわね」 ポツリと彼女がのたまった。
「うるせえ! 泳いで冷えたから縮んでいるだけだ!」
「じゃあ、もう一回見せてよ」
「バカか! 見せるわけねーだろ! それよりお前、その格好でいいのか」
ようやく、彼女は自分の姿に気づいたらしい。水浸しの女子用スクール水着のまま、髪から滴を垂らして教室に立っている自分に。
「キャッ! こっち見ないでよ!」
「見るか! さっさと更衣室へ行け!」
こんな調子で、歪で、しかし熱烈な関係は続いていった。 ――あの日が来るまでは。
第9章:残酷な初恋の終焉
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]
ステータス:Heartbreak & Concussion(心の挫折と脳震盪)
小学校最後の夏休み。 海での「離岸流事件」以来、私は海を禁じられた。その反動で、私は連日市民プールに通い詰めていた。泳ぎの後は、ソーダ味の棒アイスが定番だ。もうメロン味への執着はない。重要なのは、木の棒に刻まれた「当たり」の文字、ただそれだけだった。
さて、ここからが本題だ。なぜ私が、快適な市民プールを捨てて、わざわざ学校の25メートルプールへ向かったのか。そこには、ある「ウワサ」があった。
「七海が、学校のプールに出没するらしい」
悪友から届いたその一報が、私の運命を狂わせた。
当時、私には好きな女子がいた。七海(なおみ)だ。 彼女はクラスで一番の秀才。対する私は、勉強こそ冴えないが、授業中にクラスを笑わせる明るい性格から、担任に「灯台(とうだい)」というあだ名で呼ばれていた。
皆を明るく照らす番人か。悪くない。 胸を張っていた私だが、それが日本最高学府の名(東大:東京大学)を冠した強烈な皮肉だったと気づくのは、ずっと後のことだ。
実は、クラスでは私と彼女は「夫婦」と冷やかされる公認の仲だった。彼女も私に好意を寄せている――。そんな甘い期待が、私を「Day 3」に及ぶ学校プール潜入作戦へと駆り立てたのだ。
Day 1: 賽は投げられた
学校のプールは市民プールに比べて設備も貧弱だ。だが、そこに彼女がいるならそこはパラダイスだ。私は家から水着を履いて自転車を飛ばした。 到着するやいなや、プールサイドで目を凝らすが、彼女は見当たらない。小さなプールなら、偶然身体が当たっても不思議ではないという不埒な妄想を抱きつつ、人混みをかき分けて探した。だが、結局この日は空振りに終わった。何とも言い表せない虚脱感が襲う。あいつ、ガセネタを掴ませやがったか? と友人を疑ってみたが、いや、彼女は受験勉強の合間に来ているはずだと勝手に自分を納得させた。
Day 2:苛立ちと不審者
2日目も、当然のように学校へ向かった。だが、この日もプールは、市民プールへ行けない「有象無象のちびっ子たち」で溢れかえっていた。 あー、こいつらはどうして市民プールへ行かないんだ! 彼女を見つけ出せない焦燥感から、ただ純粋に水遊びを楽しむ子供たちに、身勝手な八つ当たり的感情を抱いた。
「おい東大、お前は何をしているんだ」 監視員の担任教師に声をかけられた。
プール内をうろつきながら女子を執拗に追い求める私の姿は、誰の目にも不審者そのものだったのだろう。しかし教師の声は全く気にとめなかった。彼女に会うことで、頭はいっぱいだった。
Day 3:Veni, vidi, vici? (来た、見た、勝った?)
ついに、その時が来た。
いた! 3日目にして彼女を見つけたのだ。
彼女も私に気づき、視線が交差する。私たちは運命で結ばれている――そう確信していた。教室の出入り口で偶然鉢合わせ、顔面を激突させて、唇と唇がぶつかる事故を何度も繰り返してきた仲なのだから。
高揚感で思考回路がショートした私は、あろうことか、最も無謀な行動に出た。彼女にカッコいいところを見せたい。その一心で、飛び込み台から高く跳躍し、水面へとダイブした。 ――深さわずか1メートルほどの、歩けるほど浅いプールに向かって。
ゴンッ!
頭がプールの底を直撃した。 次に気づいた時、私は水面に浮かんでいた。顔は水に浸かっているのに、息をしていない。気絶すると溺れないんだな。と変な感心をしたが、直後、殺人的な激痛が襲ってきた。私は目的も忘れ、腫れ上がった頭を抱えて逃げるように帰宅した。己の愚行への恥ずかしさで悶絶し、二度と学校のプールへ行くことはなかった。
そのまま夏は去り、季節はものすごい早さで移り変わり、バレンタインデーがやってきた。 欧米の方には説明が必要だが、日本のバレンタインは、「女子が一方的に男子へチョコレートを贈り、愛を告白する」という、男子にとっては一世一代の審判の日なのだ。
私の試算では、チョコは2個もらえるはずだった。本命の七海と、例の猟奇的女子、明里から。だが、放課後の教室で1人になっても、下駄箱を確認しても、何も起きない。
人前では渡しにくいのだろうと自分に言い聞かせ、クラスメイトが去るまで期待を込めて教室に残ったが、無情にもその重大な日の幕は下りた。
トボトボと力なく、敗残兵のように帰宅した私を待っていたのは、さらなる絶望だった。 居間には、戦利品のように3つものチョコを手にした兄がいた。
「……ジョー、一つ食べるか?」 兄が向けたのは、純粋な、しかしそれゆえに場違いな優しさだった。今の私には、それが「残酷な天使のささやき」にしか聞こえない。
「いらん!」 私は吐き捨てるように言うと、夕食も食べずにふてくされて布団を被った。悲しみと、行き場のない怒りがこみ上げてきた。
翌朝、学校へ登校する道すがら、1学年下の仲のよい従兄弟から、同学年の女子からチョコをもらったと聞かされた。
「あのかわいい子からか!」学校でも噂が飛び交うほどの1学年下の美少女。
「そうなんだけど・・・・・・」なぜか彼は鬱々としていた。
なぜ嬉しそうではないのだコイツは! だが、彼が浮かれず、むしろ沈み込んでいた理由は納得がいった。教室のクラスメイトが見守る中、学校一の美少女からチョコを渡された彼。もちろん嬉しかったが、他の男子の嫉妬がひどすぎて、無視されるようになったそうだ。やはり彼の人生も一筋縄ではないようだ。従兄弟だけに血は争えないといったところか。
後日、私は残酷な真相を知ることになる。明里の親友から呼び出され、バレンタイン事件の真相を打ち明けられたのだ。
「実は、二人ともあなたに渡すつもりだったのよ。でも、明里が七海さんに相談したの。『私、ジョーが好き。でも選ばれるのは私じゃない。だから、二人とも渡さないことにしましょう』って。七海さんは別の中学へ行くから、結局離ればなれになるし……それで二人で決めたのよ」
絶句した。恐るべし、女子! ロシア文豪ツルゲーネフの小説『初恋』で主人公の父から遺言とも呼べる息子への助言が頭に浮かんだ。「女の愛を恐れよ……」
明里の「独占欲」と、七海が下した「静かな別れの選択」。私は途方に暮れた。以来、私は明里を許せず、高校まで続いた彼女のつきまといを一切無視し続けた。彼女の初恋を私もまた残酷に終わらせたのだ。
今では後悔している。歪ではあったが仲がよかった明里とは、せめて友人関係を続けてもよかったと。
七海とは、その後何度か「運命」のように再会した。
卒業後の夏祭り。人混みをかき分けながら歩いていたら、提灯の明かりの下、浴衣姿の彼女とバッタリ出会った。目が合った瞬間、喧騒が消え、2人だけが漆黒の宇宙に浮かんでいた。
「……誰と来た?」 絞り出した勇気はたったの一言だった。
「兄と……」 偶然の再会で声を失ったのは七海も同じだった。
「俺も」
「同じなんだ」七海は、はにかむような笑顔を見せた。
これだけの会話で私の胸はときめいていた。
刹那、宇宙は消え、祭りの雑踏が急に出現した。そして七海と私は反対方向へ人混みに流された。彼女を必死に探したが、やがて立ちすくんでしまった。
直後の夏の終わり、またしても偶然、いやもう運命としかいいようのない出会いをした。それはテニスの大会で彼女の中学を訪れた時のことだ。トイレから出てきて濡れた手でコートへ戻ろうとする私に、彼女はそっと自分のハンカチを差し出した。
「拭いて」
「ああ……」
周りの女子たちが冷やかす。
「あの子でしょ。七海が好きな子は。かわいいじゃない、付き合っちゃいなよ!」
私は赤面し、無作法に手を拭くと、「はい」とだけ、礼も言わずハンカチを返して、坊主頭だが後ろ髪を引かれるような複雑な気持ちを整理できないままその場を離れた。
去りゆく私の背中に、彼女の声が響いた。
「――ばーか」
それが、私が聞いた彼女の最後の言葉だった。優秀な彼女の隣に立つ自分を想像できず、ただ彼女の成長の妨げにはなりたくなかったのだ。私には彼氏になる資格はないと。
初恋は叶わなかった。それ以来、二度と彼女と会うことはなかった。 けれど、彼女を忘れたことは一度もない。彼女は今も私の中に居続けている。少女の姿のまま、永遠に。「ばーか」という、あの透き通った声とともに。
後日談だが、高校生になった私は、クラスでたまたま後ろの席だった女子の名字が七海と同じだったので、彼女に尋ねた。
「君の名字と同じの女子と小学校の頃仲が良かったんだ」
「七海さんのこと」
「彼女を知ってるの?」
「ええ、親戚なの」
「頼みがあるんだけど」
「なに」
「俺が会いたがっていると伝えてくれないか」
「・・・・・・別にいいけど」
「ありがとう。頼んだよ」
天にも昇る気持だった。こんな偶然があるのか。まだ、2人に結びつけられた赤い糸はつながっていたのか!
しかし、1週間たっても後ろに座る女子から何も言ってこない。業を煮やして、本当に七海に聞いてくれたのか、周りにクラスメイトがいないタイミングで尋ねた。
彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。
「会いたくないって」
「は?」
「だ・か・ら、会わないって」
「どうして」
「察しが悪いわね。七海モテるでしょ。最近彼氏ができたんだって」
そんな馬鹿な! あれほど・・・・・・。 返す言葉が出てこなかった。
私を初恋の底なし沼に置き去りにして、彼女はサッサと通りがかりのプリンスに引き上げてもらったということか! 暫く茫然自失として身動きできなかった。純白な魂を喪失した。
翌年、友人から七海と同じ名字の女子について妙な話を聞かされた。
「ジョー、お前、意外とモテるんだな」
「その自覚は全くないが」
「覚えていないか、去年入学したての教室でお前の後ろの席にいた女子のこと」
「覚えてるよ。何しろ小学校の女子と同じ名字だったからな」
「彼女、お前のことが好きなんだって」
「は? それは、いつのことだ!」
「入学して直ぐらしい」
「まさか! そんな・・・・・・。 嘘だと言ってくれ、ジョー!!」
「ジョーはお前だろ。何言っているんだ。ハハハ」
事情を何も知らない友人は面白おかしくただにんまりとしていた。
こんなことがあり得るのか! ホントに彼女は七海に伝えたのか? 「察しろ」といったのは、彼女の気持ちのことか! 好きな男子から恋のキューピット役を頼まれた彼女の気持ちを察しろと……。
『……女の愛を恐れよ』
――真実は知らんけど。
第10章:相撲をすると
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステータス:Urethral Invasion v2.0(尿道侵入・再起動)
中学生になった私は、本来なら卓球部に入るはずだった。部長を務める兄がおり、顧問からも熱烈な勧誘を受けていたからだ。だが、私はテニス部を選んだ。理由は2つ。片目では卓球の超高速変化に対応できないという物理的限界。そして、当時流行っていたテニスアニメへの安易な憧れである。
しかし、入部してみれば現実がアニメを超えた。球拾い専門のはずの1年生でありながら、夏の大会で先輩や他校生を撃破。数10人の部員がひしめく中で、わずか3枠のレギュラーになってしまったのだ。
「桜のタイミングに合わせろ!」 コーチの檄が飛ぶ中、全部員の前で模範ボレーを披露する日々。先輩の嫉妬よりも、背後に突き刺さる何10人もの視線が、私の精神を削り取っていった。
そんな折、体育の授業で「小さな悲劇」が起きた。種目は相撲。 対戦相手は、中学生とは思えぬ体躯から「おっさん」と渾名される重量級の秀才。彼は私の本能的な動きを研究し、緻密な「対ジョー戦略」を練っていた。 見合う2人。体育教師の合図。勝負は一瞬だった。
ガシッ、ふわ、ガンッ!
彼にタックルされ、鮮やかに足をすくわれた。 その瞬間、天動説が正しかったかのように、天空がクルリと回転した。コペルニクスには申し訳ないが。そして瞬時にブラックアウト。私は重力に逆らえず、後頭部をしたたかに地面へ叩きつけた。私のシステムは強制終了した。 (ちなみに勝負は、相手の「危険行為」による反則勝ち。気絶して勝つという不条理である)
目が覚めると、そこには見覚えのある天井があった。 ……あの病院か。尿道か。マジか。
傍らには心配そうな母親。医師は一週間の安静を告げるが、私の関心は一点に集中していた。「トイレ」だ。 前回、尿瓶(しびん)を拒否して地獄を見た私は、今回こそスマートに「尿瓶デビュー」を飾るつもりだった。しかし、頭痛のせいか、あるいは「絶対安静」という呪文のせいか、蛇口は固く閉ざされたまま一滴も出てこない。出そうとすればするほど、意志と肉体は乖離していく。
「お母さん、ちょっとあっちへ行っていてくれないか」 思春期の入り口に立つ少年として、母親の前で「息子」がトランスフォームする姿を見せるわけにはいかない。だが、そんなナイーブな願いは、にこやかに現れた看護師によって粉砕された。
彼女の手には、例の「無慈悲なゴムチューブ」が握られていた。
「早い、早すぎるよ、スレッガーさん……」 脳裏に悲劇の連邦軍パイロットの名シーンが浮かぶ。が、現実も無情だ。二度目なら痛くないなどという希望的観測は、侵入の瞬間に絶叫へと変わった。
「痛い!痛い!!」
慣れなどない。異物が尿道を蹂躙する痛みに、思春期の羞恥心など一瞬で蒸発した。
1ヶ月後、部活に復帰した私を待っていたのは、「桜は退部した」という顧問の盛大な勘違いだった。入院の事実は共有されず、私のレギュラー座は跡形もなく消えていた。 だが、不思議と悔しさはなかった。ようやく「普通」に戻れた解放感が心地よかった。
ふと思い出すのは、小学生の頃に兄とケンカして、背負い投げで沈めた記憶だ。 泣き出す兄の姿を見て、私は知った。「勝つことの虚しさ」を。それ以来、私は勝負を譲ることを覚えた。この「勝ちを譲る」性格が、当時の私の安堵感に繋がっていたのかもしれない。
頭蓋骨と尿道。上下から攻め立てられた中学時代の受難は、これで打ち止めだと信じていた。 そう、尿道に関わる不条理など、この先の人生で二度と起こるはずがないと――。
第11章:登山家の勇気
痛み指数:[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10] ステータス:Dignity at the Brink of Exposure(露出寸前の尊厳)
中学3年生、最後の体育祭でのことだ。 それは、全校生徒が紅白に分かれ、リレー、バレーボール、バスケットボール、綱引き、玉入れなど、多種多様な種目で競い合う祭典である。これらの種目を例に挙げた理由は、言うまでもなく、私自身がそのすべてに参加したからだ。
私の学校では、体育祭の締めくくりは決まって「旗取り合戦」だった。グラウンドの両端に垂直に立てられた「竿」――いや、長さ5メートルはあろうかという直径20センチほどの「棒」の先にくくりつけられた旗を、敵味方が奪い合う。体格のいい生徒数人が支えるその棒をよじ登って奪いにいくのだ。
夕刻が近づき、ほぼすべての競技が終了した。いよいよ待ちに待った旗取り合戦の時を迎える。私の覚悟はすでに決まっていた。今年こそ、あの旗を手にするのは私だと。
私は紅組。標的は、白組の守る旗である。
バーン! 号砲が鳴り響く。
私は瞬時に、被っていた赤い帽子を短パンの後ろポケットに隠した。そして一目散に、白組の「オヤジ」連中(老け顔の重量級たち)が支える棒めがけてダッシュした。
白組が守る棒の周囲には、すでに赤い帽子の集団が群がっていたが、守備に阻まれなかなか取り付くことができないようだった。……筋書き通りだ。
私は白組のふりをして棒に近づき、支え手の「オヤジ」に叫んだ。
「肩を貸せ!」
「おう、ジョーか。わかった」
彼は私を味方だと信じて疑わず、中腰になり、私を背に乗せた。次の瞬間、彼は勢いよく立ち上がり、私を棒めがけて射出した。 思わず、「桜、行きまーす!」と、カタパルトから発進するモビルスーツのパイロットさながらに叫んでいた。
棒にしがみつくと同時に、私は隠していた赤い帽子を取り出して被り、本性を現した。敵を頭上へ送り届けてしまったことに気づいた白組の「オヤジ」は、愕然として「ガンダム」の名台詞を放った。赤い帽子を被った私にむけて。
「はかったな! シャー!」
「騙されるお前がいけないのだよ! フフフ……」
彼を眼下に残し、棒を登り続ける。下から足を引っ張ろうとする「白い奴ら」を「赤い私」が蹴飛ばしながら。
あと一息で旗に手が届く。あと50センチ。 その瞬間、短パンの後ろをグイッと掴まれた。 ええい、構うものか、あと30センチだ! しかし、私はその時気づいてしまった。掴まれているのは短パンだけではない。ブリーフもしっかりと鷲掴みにされていることに。
1センチ進むごとに、私のパンツがずり下がっていく。 すでに半ケツ状態だ。クソッ! このまま全校生徒の前でフルチンになれというのか? 勝利か、それとも男の尊厳か。進退窮まったその刹那、私は地上から見上げる1人の女子と目が合ってしまった。
「明里!」
その瞬間、私は理解した。 急変した悪天候を前に、山頂を目前にして引き返す登山家の、あの「真の勇気」というものを。
これまでか。あと一歩。あと数センチ……。なぜ私の人生は、いつもこうなんだ! 私が断腸の思いで静止した次の瞬間、我が紅組の旗が奪われ、競技終了の合図が響いた。
勝負を締めくくったのは、学校一の人気者だった。こういう「持ってる奴」というのは、本当に実在するのだ。私は己の卑怯な戦略を棚に上げ、一方的に彼を羨んだ。
だが、最悪の事態だけは避けられた。そう自分に言い聞かせることにした。 もちろん最悪の事態とは、彼女に、少しは成長したはずの「下半身の全貌」を観られることに他ならない。
――成長したのかどうかは知らんけど。
第12章:アホな男子高校生
痛み指数:[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10] ステータス:Bone Glitch & Urethral Freedom(骨のバグと尿道の解放)
中学校では勉強など一度もしなかったが、家から最も近い新設公立高校に滑り込んだ。本当は初恋の彼女がいる私立へ行きたかったが、我が家の経済状況は、教育費のすべてを優秀な兄(常に学級委員長、深夜まで猛勉強)へ全振りしていた。
実は、この新設高校の敷地には、かつて父が働いていた紡績工場があった。父は倒産によって職を失っている。その「失職の地」へ息子がのうのうと通うのだから、父の心中は複雑だっただろう。土下座して入学を許してもらった当時の自分に言いたい。「せめて勉強しろ」と。
高校でもテニス部に入った。練習で大きな怪我はなかったが、ある日、左足の薬指に地味な痛みが走った。近所の整形外科でレントゲンを撮ると、医師が半笑いで言った。
「君、関節が一つ多いね」
「関節じゃなくて骨折だろ!」
「そうそう、折れてるね」自分の持ちネタかしらないが、笑いを堪えながら骨折を告げる医師。
適当な診断でギプスを巻かれたが、心当たりは柔道の授業しかなかった。重量級の相手に踏まれたアレだ。
「授業中の怪我の手続きが面倒なんだよ」とぼやく教師に、「なんとかなるので大丈夫です」と返してしまう自分の人の良さが恨めしい。
骨折は「地味に痛い」が、男子高校生にとっては「ギプス」は英雄の証だ。
「スゲー!」
「さすが桜!」
アホな友人たちの称賛を浴び、私は骨折したまま体育祭で披露する組体操の練習に励むという「究極のアホ」を演じた。
体育祭当日。せっかく練習したにもかかわらず、下痢でトイレにこもって実演をサボってしまった。トイレから戻り、組体操の相方が1人グランドで途方に暮れている姿を遠巻きに眺めていた。
演技終了後、悠然と現れた私に相方が吠えた。
「桜! お前どこへ行ったんだ! 俺1人で立ち……」相方は半泣きで声を詰まらせた。
「ああ、知っている。観ていたからな。 ハハハッ!」
「笑い事じゃねえ!」
私は申し訳なさよりも、笑いが止まらなかった。彼がひとりで演技前半まで必死にエアギターならぬ、エア組体操をしていたのがあまりにも可笑しかったからだ。
アホな伝説は続く。修学旅行代わりのスキー合宿の夜だ。
深夜の外出禁止、トイレすら行けないという軟禁状態。睡魔と闘う私を襲ったのは、猛烈な尿意だった。
我慢が限界に達した私は、やおら窓を開け、2階にある部屋の窓枠を掴んで身を乗り出し、夜空へ向かって放尿した。
「桜、お前スゲーな!」
それを見た友人が二人加わり、三人の放尿犯(ストリーマー)が並んだ。だが、階下は教師の部屋だった。
「誰だ!!」
ドアを蹴破って現れた体育教師。部屋の全員が廊下で正座させられ、説教された。私は、説教の最中に寝落ちするという荒業を披露した。翌朝、友人に運ばれて布団にいた私は、またしても「武勇伝」を更新してしまった。
英語だけは趣味のように得意だった。
「帝王切開(C-sect)なんて単語、テストに出るかよ!」と笑う友人を尻目に、私はラジオ英会話で牙を研いでいた。
ついに実力を試す日が来た。兄がハーバード大学の学生2人を連れてきたのだ。 1人の名前は「……三世(The Third)」。世界史の教科書から飛び出してきたような名前と金髪の巨人を前に、私は無謀にも挑んだ。
だが、本場のネイティブ英語は、私の耳を素通りしていった。 「……Yes.」 適当に答えた私に、彼らは呆れ顔で「Nooo」と返した。兄から「英語を何年勉強してるのか聞かれたんだぞ」と教えられ、私は赤面した。結局、「私は英語が苦手です」と白旗を上げるしかなかった。
翌日学校で、我が家にハーバードの学生がホームステイしていることを英語が得意な友人、加藤に話した。彼とは、英語を勉強するために短波ラジオを一緒に買いに行った仲だ。
「会わしてくれ」机を揺らしながら興奮気味に懇願する加藤。
「構わんが、恥をかいても知らんぞ」
「Go for a broke だよ」
早速、その晩彼を「金髪ザ・サード」に引き合わせた。
何と言うことだ。会話が成立している。彼は晩飯をついでに食べ、さらには留学生と我が家の家族写真にも映り込んだ。
英語に自信をつけた彼は、後に東京外国語大学へ入学し、主席で卒業した。今も実家には額縁に入った写真が飾ってある。彼からは最近手紙の一つも送ってこない。彼の運命の歯車を回す手助けをしてやったのに全く薄情なヤツだ。
実家に帰省する度にヤツの顔を見るので私は笑いを堪えながら思い出さざるを得ない。アフロヘアーのヤツを。ヤツが人生の最大の過ちと公言していた美容院で誤発注したアフロヘアー。まさか我が実家に青春の恥部がいつまでもさらされているとは思いもしまい。
高校生と言えば恋愛話は避けて通れない。クラス内でも、誰と誰が付き合っているとか、おせっかいにも、私を女子とくっつけようとの企みがあったり、いろいろとあった。ありすぎたが・・・・・・。
私は、恋愛に関しては、心に空いた穴を埋める術を持たなかった。下駄箱に届く手紙を、読みもせず他の箱へ放り込むような無味乾燥な日々。
どれだけ周囲が浮足立とうとも、私の心の中には常に一人の少女がいた――「七海」。
恋とは「落ちる」ものであり、一度落ちれば二度と這い上がれない奈落なのだと、私は知ることとなった。この執着は呪いなのか、それとも、これほどまでの想いを知ったことは幸運だったのか。
……確か、ツルゲーネフの『初恋』は、主人公ウラジミールが初恋をひきずったまま、40歳独身で当時を回想する物語だった。
私もこの先同じ轍を踏むのかどうかは、知らんけど。
第13章:麻酔無しで削り取る
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:Tortured Spy & Counterfeit Signer(拷問されたスパイと代筆者)
大学受験に失敗した。 仲の良かった学友3人は東京の有名大学へ進学し、4人の中で一番優秀だと自負していた私だけが、行きたくもなかった地元の3流大学へ通うことになった。絶望の淵で、人はこうして死にたくなるのだと、その真っ暗な感情を初めて理解した。
だが、大学事務局に呼び出されたことで、運命の歯車が回り出す。
「君はあと数点足りず、奨学生にはなれなかった」
事務局員の言葉に、私は己の慢心を猛烈に恥じた。3流大学と侮っていたが、真面目に試験問題を解いていれば学費免除で親に恩返しができたのだ。私はどこまでアホなのか。
しかし、事務局員はこう続けた。 「代わりに、特別にマンツーマンで指導してくれる教授を手配した。通常の講義以外でも、彼から学べるようにしてある」
捨てる神あれば拾う神あり。そこで出会ったのが、英国紳士のような出で立ちで、第二外国語はラテン語を学びたいと事務局に申し立てた、後に友人となる豊田だ。
「ラテン語か!」思わず口走ってしまった。通常第二外国語で選ぶ言語ではない。
彼は礼儀正しく自己紹介した。思わず私も「桜です。よろしく」とかしこまって挨拶した。
彼は、どの講義でも最前列に座り、真面目に授業をうけるだけではなかった。昼食をキャンパスの外で食べる際、道路を横切って向かいにある定食屋に行くにも、100メートル先の横断歩道まで行って引き返して来る。私は、本物の真面目な人間がこの世には存在すると知った。
彼のような人物がなぜこの大学にいるのか謎だったが、その事情を聞いてはならないような気がしていた。私のような不条理に見舞われたかもしれないと。
私の受験失敗の原因は、単なる勉強不足だけではなかった。高3の頃から視界に紐状の物体が漂う「飛蚊症」が悪化し、教科書を追うことさえ苦痛だった。さらには祖母の死、そして何より父親からの凄惨なDV。壁に穴が開くほどの蹴り、病床の私を布団越しに暴行する狂気。 「お前は生まれてくるんじゃなかった」 そんな言葉を浴び続ける日々。兄は「遊んでいても受かる奴は受かる」と切り捨てたが、私には言い訳が必要だった。
陰鬱な大学生活が始まったが、一つだけ、解決せねばならない「不名誉な懸念」があった。 男性器に、ニキビのような発疹が一つできていたのだ。身に覚えはない。だが、多感な時期ゆえに「もしや」という不安が私を蝕む。私は密かに地元の泌尿器科を受診した。 若い男性医師は、私の股間を一目見るなり、的外れな質問を投げた。
「コンタクトは?」
「いえ、眼鏡ですが」
「……そうではなく、女性とのアレ(SEX)だよ」
「アレ?……ありません。私は童貞です」
医師は不思議そうに「尖圭コンジローマだね」と性病を疑い、軟膏を処方した。しかし、毎日塗っても悪化する一方。
再受診した私に、医師は無機質に告げた。 「生体検査をしよう」
私は、その検査の「真意」を理解していなかった。
「横になってパンツ脱いで」
医師の言うがまま、ベッドに横になり、何が行われるのかと頭を持ち上げて自分の股間を見た、その瞬間。医師の手には、手術用のメスが鈍く光っていた。
「ちょっと痛いからね」
その「ちょっと」は、人類が許容できる範囲を遥かに超えていた。 麻酔なしで、メスが亀頭の肉を削ぎ落とす。鮮血が噴き出し、自分の一部だった肉片が分離する。
「ぎゃあああああああ!!!」
絶叫が診察室に響く。これはスパイの拷問か!? 中学時代、将来の夢に「スパイか殺し屋」と書いて職員室へ呼び出された私への、神からの残虐な返答か?
さらに、追い打ちをかけるように「トドメ」が待っていた。亀頭への直接注射だ。針がゆっくりと、痛みという名の毒を肉の奥深くに侵入させていく。痛覚には限界点があることを知った。意識を失う直前で、ようやく処置が終了した。
「痛かった?」
「痛いです……」 私は瀕死の状態で喘いだ。
後日、ベテラン医師による診断結果は「ただの包茎による炎症だね。異常なし」とあっさりしたものだった。あの拷問は「誤診」による無駄な肉体損壊だったのだ。
「念のため、尿道の検査もしておこうか」
”第3回尿道選手権!”
嘘だろ。第1回(小学校)、第2回(中学校)に続き、人生3度目の「尿道選手権」の開幕か。今度は何をぶち込むつもりだ。
ドナドナの曲が聞こえてくるかのように連れて行かれた手術室で、私は胃カメラを彷彿とさせる、黒くて太く長いヤツを目にした。
「先生、まさかそれを……?」
「これではなくて、こっちの細いカメラ(それでも十分太い)をね」
「麻酔とかは……」
「ないよ。じゃあ、入れていくからね」
前回(中学時代)の教訓から、私は「早い、早すぎるよ、スレッガーさん……」という台詞を脳内で準備していた。しかし、現実はあまりにも非情だった。 台詞を思い浮かべる暇(いとま)さえ与えられず、黒い侵入者は猛烈なスピードで私の聖域を蹂躙した。
「うぐっ……!!」
台詞どころか、悲鳴すら喉の奥で押し潰された。 魂が口から漏れ出し、モニターに映る自分の内臓を眺めるだけの「肉の塊」と化した。結局、どこにも異常はなく、「包茎手術」を勧められただけで終わった。
医師は「保護者の同意書」を当たり前のように手渡した。 二十歳前の多感な息子が、親に「包茎の手術をするから名前を書いてくれ」などと頼めるはずがない。私は駐車場に止めた原付バイクに跨り、股間の違和感に耐えながら決意した。母の筆跡を真似て、自分でサインするしかないと。
後に、社会人になり、猛烈な残業に追われる中で股間に違和感を覚えて都会のクリニックを受診した。医師はあっさりと言った。 「ただの炎症だね。長時間座りすぎによる前立腺炎だよ」
あの田舎の病院での拷問、誤診、そして偽造サインまでして受けた手術。 私の青春は、常に「不条理な痛み」と「尿道への侵入」によって彩られていた。かつての先輩も、同じく残業地獄で泌尿器科に通い、最後は過労でこの世を去った。 私の股間の受難は、単なる病ではなく、この理不尽な世界そのものとの戦いだったのかもしれない。
――知らんけど。
第14章:銃と弾丸
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステータス:Global Survivor & Accidental Target(地球人への脱皮と不運な標的)
大学編は終わりかとお思いの読者を裏切るようだが、まだ続くのである。舞台は異国の地へ。入学から3年間で卒業単位を取り終えていた私は、家庭教師などのアルバイトで稼いだ僅かな軍資金を手に、憧れの米国短期留学へと踏み出した。目的地は、日本人がまずいないであろう「Deep South」、米国南部の大学だ。
体育館でクラス全員と「新幹線乗車の練習」をした記憶しかない田舎者の私にとって、初フライトがいきなりシカゴ行きの国際線。エコノミーの隣席には、信じられないほどの巨漢白人のおやじが鎮座していた。
初体験の機内食に興奮し、付け合わせのレモンを勢いよく絞ると、あろうことか汁がおやじの顔面を直撃。
「I am sorry.」――これが、私の記念すべき本場の英語の第一声となった。
不安に駆られていると、近くに座っていた同世代のアジア人から「空席には自由に座っていいんだ」と“仕組み”教わった。巨漢の隣で10時間耐えるよりはと5人掛けの席へ移動し、熟睡。目覚めると、機内食を食べ損ねた私に、彼は「キッチンへ行けばタダで軽食が食える」と、さらなる“仕組み”を教えてくれた。驚いたのは、彼もまた「初フライト」だったことだ。「咎められるまで何でもやってみる」という彼の野性味あふれる合理性に、型にハマっていた私は衝撃を受け、ようやく自分が「地球人」になれそうな予感を抱いた。
シカゴ空港で名も知らない彼とは別れ、アトランタへの乗り継ぎのため、空港内ホテルで一泊した。
夕食で何を食べたか覚えていないが、デザートだけは鮮明に記憶している。ストロベリープディングだ。
苺のプリンだろうと想像していたが、ウエイターが運んできたのはカクテルグラスに山盛りのただの苺のだった。しかも、堅い苺。こんなカリカリする食感の苺を食べたのは生まれて初めてだった。憧れの地での初食の記憶――カリカリ苺
シカゴからアトランタを経由し、セスナのような小型機で辿り着いた南部。 寮の部屋探しでは、ビール瓶が散乱した部屋や、異臭のする部屋を避け、最も衛生的と思われた3人部屋を選んだ。しかし、この選択が地獄への入り口だった。
初日、挨拶代わりのピザを振る舞うも、ルームメイトの一人は明らかに人種差別的な冷淡さで手を付けなかった。そんな冷戦状態で、ある晩、事件は起きた。シャワーを浴びていると、バスルームのドアが激しく叩かれた。
「Get out! 」
「なぜ俺の部屋にあんな奴(私)がいるんだ!」
何が起こっているのか! ただ事ではないことは確かだ。急いでタオルを下半身に巻き付け、恐る恐るリビングへ出た。そこには明らかに犯罪者らしい黒人3人と、対峙するルームメイト2人がいた。
その中央、テーブルの上には、拳銃と弾丸が無造作に置かれていた。
「Just say hello.」 冷淡な方のルームメイトが私に命じた。私は震えながら「Hello.」とだけ言い残し、自室へ逃げ込んだ。本物の銃と、熊のような大男。死の予感に震えながら聞き耳を立てると、冷淡だった彼が意外にも私を擁護していた。
犯人は、銃の密売で退学になった元住人だった。 翌朝、恐怖で部屋替えを懇願する私に、大学側は冷たく言い放った。「決めたのは君だろう?」――私は英語以上に「自己責任」という世界の冷徹なルールを叩き込まれた。
しばらくして人種のるつぼである大学構内では、ブラジル、アルゼンチン、台湾など、世界中から集まった若者たちと友人になった。しかし、その交流の中で最も死を身近に感じたのは、アラブの友人たちとの間に起きた「宗教観の衝突」だった。
ある日、私は不用意にも彼らに宗教の話を振ってしまった。日本人らしい「非科学的なものはどの宗教も同じだ」という、ある種フラットで無頓着な疑問を口にしたのだ。だが、それは彼らにとって何物にも代えがたい絶対的な聖域への侮辱であった。
空気が一瞬で凍りついた。気づけば、私は数人のアラブ人に包囲されていた。 一体どこから持ち込んだのだと驚愕するような、美しい曲線を描く本物の大刀(シャムシール)が抜かれ、私の首筋に冷たく押し当てられた。
「今ここでお前の首をはねる」
友人だったはずの男の目は、冗談など一切通じない、敬虔な信徒としての怒りに燃えていた。
私は逃げ場がないことを悟った。構内の廊下に静かに座り込み、刀の冷たさを感じながら、ただ一言、観念して堂々とした態度で答えた。
「……お好きに(Do as you please)」
目を逸らさず、死を受け入れたその態度が、逆に彼らの心を打った。アラブの文化には、死を恐れぬ勇敢な者(ブレイブ・ワン)に対し、敵味方を問わず深い敬意を払うという精神が息づいていたのだ。
緊迫した沈黙の後、彼らは刀を引き、私を「真の友人」として認め始めた。それどころか、友好の証として、彼らが纏っている白い布(カフィーヤ)と、それを固定する馬の毛でできた黒い輪(イカール)――つまり、民族衣装一式を私に贈るとまで言い出したのだ。あまりに極端な振れ幅に困惑しつつも、私はそれを丁重に断った。
この一件で、私は骨身に染みて学んだ。人類の戦争の歴史の多くが宗教絡みであること、そして他者の聖域に踏み込むことがどれほど致命的な結果を招くかという「国際社会の鉄の掟」を。それは教科書で習う英語よりも遥かに重く、私の血肉となる教訓だった
大学生活に慣れ、子供の頃から夢見ていた「謎の三角地帯:バミューダ」へ向かうことにした。そこは私にとって、航空機や船舶が忽然と姿を消す、恐怖とロマンに満ちた「世界最大のミステリースポット」だった。
フロリダからの飛行機は、酸素マスクが降りてくるほど激しく乱高下した。これぞバミューダ・トライアングルの洗礼か! と期待に胸を膨らませて着陸した。
呑気に観光客気分で出口に向かおうとしていると、いきなり、がしっと両腕を抱えられた。機関銃を持った警備員2人に。
何事! と思う間もなく別室へ連れられる。一体全体何が起こっている。
機関銃を小脇に抱えた係官が言う。
「君は一度この島に入ったら米国には戻れない。引き返すなら今だぞ」
「どういうこと?」
管理官は続けて説明する。
「米国に戻るためにはリエントリービザがいる」
初耳である。旅行会社は何も言わなかった。ここが英国領だと。そうバミューダは米国の沖合に浮かぶ島だが米国ではないのだ。
「マジか」と落胆していたら、「学生か?」と聞いてくる。
「そうだ」と答える。
「学生証は持っているか」
「ここにある」と、米国大の学生証を係官に見せる。
「なんだ、じゃ大丈夫。行っていい」と素っ気なくあしらわれた。
今までの無駄な緊張感を埋め合わせろ! と言いたいくらいにあっけなく入国許可された。
スゲー、学生証。万能か! 日本帰っても持ってよ。――帰国早々紛失してしまうのだが。
無事に入国して目にした光景は、私を打ちのめした。 そこは謎に包まれた魔の海域などではなく、日本の芸能人もお忍びで訪れるという、ただの「洗練された高級リゾート地」だったのだ。
魔の三角地帯の伝説はどこへ行ったのか。観光客向けに整えられた美しい景色を前に、私の抱いていた神秘的な憧憬は、音を立てて崩れ去った。ターコイズブルーの海も、ピンクサンドビーチも、確かに美しかった。しかし、それは「謎」ではなく「商品」としての美しさだった。また一つ、私の夢と憧れが、現実という名の光に晒されて消失した。
あっという間に留学期間は過ぎていき、資金も底をつき始めていた。理由は単純である。思いのほか米国南部料理が口に合ったのだ。バッファローウイングやコーンブレッド。フライドオクラにフライドトマト。中でも大学脇の店で中国人コックが作るバッファローウイングは至福だった。帰国後これらの味を探し続けているが、お目にかかったことはない。名古屋名物の手羽先も太刀打ちできない程美味かった。人生最後に食べたいものを聞かれたら、迷いなくあのバッファローウイングだ。
というわけで最後の1週間はコーンフレークだけで凌いで、留学を終え、辿り着いたニューヨーク。そこでも強烈な洗礼が待っていた。
YHに向かうタクシーを降りる際、私は確かに20ドル札を支払った。しかし、運転手は平然とこう言い放った。 「お前がくれたのはこの2ドル札だ。あと20ドル払え」
瞬時に詐欺だと分かった。なぜなら彼が手にしていたのは、滅多にお目にかかれない、幸運の象徴とも呼ばれる貴重な「2ドル紙幣(デュース)」だったからだ。私が支払った20ドル札を、彼は一瞬の早業で手持ちの2ドル札にすり替えたのだ。
「わかった。では、私が払ったというその2ドル札を返してくれ」 私は食い下がった。その希少価値を知っていたからこそ、せめてその札を手に入れたいと考えたのだ。
しかし、ドライバーは「これはチップとしてもらう」と拒絶。
「追加で40ドル払うからその札を渡せ」とさえ交渉してみたが、無駄だった。
これ以上の押し問答は危険だ。相手が銃を取り出し、最悪の事態(ホールドアップ)になることだけは避けなければならない。私は怒りを押し殺し、命の代価としてさらに20ドルを支払った。
ニューヨークへは、政治や経済の世界の中心を一目見ておこうと訪れたのだが、タクシーの件で高揚感はなくなった。
「万能な学生証」割引料金で国連本部を観光し、危うくハーレムで降りかけ、最後にティファニーでなぜか2本の香水を買ったことしか思い出せない。
少年の頃から抱いていた米国への憧れはもろくも崩れ去り、帰国した。
忘れてしまいたい記憶なのだが、実家へ帰る度に嫌でもニューヨークを思い出すのだ。ティファニーで購入した香水の1本が、今も、実家の便所の片隅に鎮座し、あの不条理な日々の残り香を漂わせているからだ。
――いつまでこの香水が匂いを放ちつづけるかは知らんけど。
第15章:免許はもらえない
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■□□□□ 6/10]
ステータス:Workaholic Elite & Sydney Weird(過労死ラインの精鋭とシドニーの謎)
3流大学の学生ながら、学業にだけは専念していたおかげで、就職戦線で受けた試験はすべて合格した。某省庁をはじめ、いくつもの公的機関から声がかかったが、結局私が選んだのは、伯父に勧められた「暇そうな田舎の広告代理店」だった。
当初の目論見はこうだ。定時で仕事を切り上げ、夜は法律学校に通って司法試験に合格する。
伯父の言う通り、確かに暇な部署は多かった。しかし、私が配属されたのは、地獄のような残業を強いられる部署だった。終電は当たり前、逃せばタクシーか、さもなくば翌日まで一睡もせずに働く。労働基準法も36協定も、私の部署には適用されない「学校では習わない法律」が支配していた。満員電車の中で胸が苦しくなり、意識を失ったことさえ一度ではない。
そんなある日、組合幹部が嬉々として私の元へやってきた。 「やったぞ!君、全国で3位だ!」 聞けば、全社員3万人の中で年間の残業時間数が全国3位だという。労働組合が喜ぶセリフか! と毒づきたくなったが、上位2名の数字を見て絶句した。2,000時間を超えている。自分のことは棚に上げ、この人たちは一体どうやって生きているんだと他人を心配してしまうほど、私の感覚は麻痺していた。
入社2年目の晩秋、私は現状を打破すべく「シドニー派遣選考試験」を受けたいと上司に申し出た。 上司は「君はエリートだ。このままいけば出世は間違いなし。合格してもその後は『根無し草』になるだけだ」と、一方的な社畜理論で撥ねつけた。私は出世など1ミリも興味はなかったが、推薦がなければ受験すらできない。ワーカホリックの疲れもあり、一度は諦めて肩を落とした。
ところが翌日、上司が手のひらを返した。
「桜君! 試験を受けてくれ。国際部から直接指名が来た」
社長直属の国際部からの要請に、自分の評価を気にした上司が屈したのだ。こうして私は試験に合格し、残業地獄から脱出してシドニー勤務を勝ち取った。
本場の英語を学び直し、帰国したら外務省か国連へ転職しよう。 そう明るい未来を描いていた私に、出発前日、国際部の幹部が釘を刺した。
「君がすぐ辞めるようなことがあれば、この研修制度自体を廃止する。……いいな?」
冷や汗が出た。なぜ私の心を見透かしている!
出発の日、空港には大勢の知人が見送りに来た。 「こんなに見送りが多いやつは初めてだ」と国際部の社員は感心していたが、私の心境は正反対だった。なぜ来る。この会社に未練など微塵もないというのに……。抱く必要のない罪悪感に、少しだけ胸が痛んだ。
米国で学んだはずの「世界の仕組み」は、シドニーでも形を変えて私を襲った。 空港へ迎えに来た前任者は、開口一番「今年は忙しくなるよ。私は2人しか来客がなかったから楽だったけど」と、どうでもいい自慢話を始めた。引継ぎと称して連れ回された3日間のうち、2日は彼の観光に付き合わされただけだった。
極め付けは車だ。
「こっちでは車がないと死ぬよ。私の中古車を150万円で譲ってあげる」
なし崩し的に買わされたその「中古の中古車」は、現地の同僚から言わせれば「Bloody rip off!(クソみたいなボッタクリだ!)」という代物だった。実際、私が帰国する際の査定額は、わずか10万円。見事なまでにカモにされたのだ。
前任者が帰国し、私はボンダイビーチから徒歩3分という、贅沢すぎるほど広いアパートで一人暮らしを始めた。仕事でもプライベートでも頻繁に車を走らせることになるため、ニューサウスウェールズ州の運転免許を至急取得することにした。
試験は筆記と実技で構成されているが、その実技がなんとも不可解だった。なんと、「自分の車で試験会場に行き、その車に試験官を同乗させてテストを受ける」というシステムなのだ。
私の場合は日本で国際運転免許証を取得していたので法的には問題ないが、ふと疑問が浮かんだ。
現地の方々は無免許状態で試験会場まで行き、落ちたらまた無免許運転して帰るわけなのか? うーん、どういうこと?
日本のライセンス取得にかかる膨大な労力と費用を考えると、その手軽さは雲泥の差だ。実に簡単、いや簡単すぎる。しかし、この「簡単なはずの試験」で、私は予期せぬ壁にぶち当たることになる。
ニューサウスウェールズ州の運転免許試験で自分の車に試験官を乗せて走る実技試験。私の運転は完璧だった。しかし、試験官の口から出たのは驚愕の言葉だった。
「君の運転はパーフェクトだが、合格させられない」
当時、これは新聞沙汰になるほどの大きな人種差別問題となっていた。「アジア人だから」という理由だけで落とされる理不尽。 後日、問題が公に報じられた後に再受験すると、今度はあっさりと合格した。
ちなみに筆記試験には、日本では考えられない項目があった。「ワイングラス3杯までは飲酒運転OK」というルールだ。
――現在もそのルールなのかは知らんけど。
第16章:クリケットぎっくり腰
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステータス:Aussie Culture Survivor(豪州文化の洗礼と身体の神秘)
シドニー支社の入口には、ゲイの守衛がいた。今でこそ日本でもLGBTQという言葉が浸透しているが、当時の欧米ではそれが日常の風景だった。私は彼がゲイであること自体は全く気にならなかったが、毎朝、彼の口から発せられる「ガラマイ!」という謎の単語を理解するのには、丸1週間を要した。 ……え、ナニ? と困惑し続けて7日目。ようやくそれが「Good day, mate(グダイ・マイ)」であると判明した。
また、私の教育係となった年配の社員は生粋のオージー(オーストラリア人)で、その訛りは強烈だった。若い世代の現地人でさえ「彼が何を言っているのか分からない」と匙を投げるレベルである。底抜けに明るく親切な彼は毎日熱心に話しかけてくれるのだが、悲しいかな、私には一言も聞き取れない。 米国の南部訛りも酷かったが、アラブやインド、そしてこの地の訛りに比べれば、米英の英語の違いなど些細なことだ。「英語は世界共通語であり、無数のバリエーションがある」という現実を、シドニーの職場で思い知らされた。
私は積極的に同僚たちの輪に入り、「リキッドランチ」を共にした。 パブでビールを飲むのが昼食代わりという、豪快な文化だ。そこには「一人一回ずつ全員に奢り合う」という強固な仕組み(Shout)があった。三人で行けば、少なくとも「スクーナー」と呼ばれる中ジョッキサイズのビールを3杯、つまみなしで流し込むことになる。
休日も現地人との交流を心掛けたが、なぜかある日本国領事と意気投合してしまい、頻繁に遊び回る羽目になった。彼の愛人(と思しき)日本政府機関勤務の女性も加わり、日本人同士で群れるのは本意ではなかったが、不思議と居心地の良い遊び仲間となっていた。
そんな折、オージーの友人からクリケットの練習に誘われた。ローンボウリングやオーストラリアラグビーなど、一通りの現地スポーツを見分したタイミングでの絶好の機会だ。二つ返事でOKしたが、これが後に惨劇を招くことになる。
練習場所の公園は、シドニー中心部から車で30分ほど。現地集合と聞き、約束の時間通りに着くと、驚いたことに練習はすでに始まっていた。 彼らも時間を守る(どころか前倒しする)ことがあるのか! 意外な一面に驚いていると、体格の良いプレーヤーから「ピッチャーをやってみろ」と声がかかった。野球の要領で投げようとすると、「腕を曲げずに、真っ直ぐ伸ばしたまま投げるんだ」とルールを教えられた。
言われるがまま、全力で投げ込んだ。 するとバッターがピッチャーフライを打ち上げ、私がそれを鮮やかにキャッチ。その瞬間、敵味方の双方から大歓声が沸き起こった。同僚からは絶賛され、相手バッターからも「ナイスピッチ!」と興奮気味に握手を求められた。 ルールすら知らない私は、クリケットにおいてピッチャーフライを捕ることが、いかに高度で稀有なプレーであるかを、周囲の熱狂によって知らされたのだ。
投球に飽きた私は、今度はバッティング(バットマン)を頼まれた。
「360度どこへ打ってもいい。とにかく当てて振り抜け」というシンプルな助言を受け、私は打席に立った。 ボールが放たれる。私は全身全霊を込めてバットを強振した。
その瞬間、腰に激痛が走った。 アニメーションのコマ送りのように、スローモーションで世界が歪み、私はそのまま芝生にうずくまった。 高校時代のテニス以来、運動らしい運動をしていなかった身体に、あの変則的な投球と強引なフルスイング。どこかが壊れるのは必然だった。人生初の「ぎっくり腰」である。
「スゲーぞ、腰……」
芝生に大の字に横たわりながら、私は感動していた。指先をほんの少し曲げただけで、腰に痛みが走る。身体のあらゆる動きの起点に「腰」があるという身体メカニズムの神秘を、私は激痛の中で発見したのだ。転んでもただでは起きない、いや、痛すぎて起き上がれなかっただけだが、ある種の喜びさえ感じていた。
やがて日は暮れ、練習も終わり、同僚たちも心配そうに立ち去っていった。 こんなところで一晩明かすわけにはいかない。 自らに言い聞かせ、車のシートを限界まで後ろに倒して寝そべるような姿勢で運転し、腰の痛みと格闘しながらなんとか帰宅した。
翌日、クリニックで診察を受けた際、同僚は私の容態を「crook back」と呼んだ。日本で習った「魔女の一撃」とは単語が違うが、こちらではそう呼ぶのだろうと納得し、以来、私の英単語帳に「ぎっくり腰=crook back」が刻まれた。 (正直、今でもその語源が正しいかは知らんけど)
以来、「ぎっくり腰」は私の人生に年一回必ず発症する、招かれざる「恒例行事」となってしまったのである。
第17章:毒クラゲで危機一髪
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステータス:Cairns Survivor & Supernatural Witness(ケアンズの生存者と怪異の目撃者)
シドニー赴任の噂は、日本にいる友人知人の間にあっという間に広まった。おかげで我が家は、ホテル代を浮かせたい来訪者たちの格安宿と化し、私は無料の観光ガイドとして駆り出される日々を送ることになった。 そんな中で、ようやく両親に恩返しらしいことができるのは嬉しかった。一週間ほどの観光旅行にやってきた両親を連れ、あちこちの名所を案内した。しかし、後日彼らが「一番楽しかった思い出」として語ったのは、意外なものだった。
それは、「私が二人を街中に置き去りにし、少額の豪ドルだけを渡して仕事へ行き、その間に二人だけで観光したこと」だという。 つたない英語で銀行へ行き、日本円を豪ドルに両替したこと。カフェで注文の仕方が分からず、隣の客と同じものを指差して頼んだこと。現地の人に「ここに住んでいる日本人」と間違われて道を尋ねられたこと……。そんな些細な経験が、何より記憶に刻まれたそうだ。
一方、親父の楽しみは毎朝のボンダイビーチの散歩だった。「見知らぬ美女がにっこり挨拶してくれる」と、今でも濁った眼を輝かせて語る。そう、ボンダイは有名なトップレスビーチなのだ。
今の様子は知らんけど。
続いて、テキサスで働いていた兄もシドニーへやってきた。シドニー観光を早々に切り上げ、なぜか兄弟二人でケアンズへ飛ぶことになった。 優秀な兄のことだ、綿密なプランを立てているに違いない。 そう高を括っていたが、現地でレンタカーを借りるなり彼は言い放った。
「お前、オーストラリア詳しいだろ。任せるわ」
「シドニー近郊ならともかく、大陸全土に精通してるわけないだろ!」と言い返したが、時間は惜しい。
ホテルのパンフレットから直感で選んだのが、「タイガーモス(複葉機)での遊覧飛行」だった。
小さな滑走路にポツンと置かれた機体は、キャノピー(風防)もない剥き出しの代物。パイロットがプロペラを力任せに手で回してエンジンをかける姿は、戦時中のゼロ戦の映画そのものだ。
「手動式か……」兄が珍しげにその動作を凝視した。
一抹の不安を抱えながら離陸すると、風を全身に受ける爽快感に包まれた。大型機では味わえない「鳥の視点」に感動し、歓声を上げようとしたその瞬間、私の機体のエンジンが突如停止した。
「うわあああ!」
機体は自由落下を始める。隣を飛ぶ兄の機体も同じように落ちていく。死を覚悟したが、それはパイロットによるお決まりの空中パフォーマンスだった。二度ほどの宙返りを経て、心臓が止まるような思いで地上へ戻った。兄も「驚いたな」と漏らしていたが、私はなぜか「まあ、あんなもんだよ」と知ったかぶりをした。
その後、ビーチでジェットスキーを借りた。スポーツ万能を自負する兄弟ゆえ、すぐに乗りこなせると思っていたが、現実は厳しかった。2時間格闘して、ようやく2度ほど立てたものの、ターンすらできずに時間切れ。兄も「難しいものだな」と呟いていた。
手持ち無沙汰になった私たちは、目の前の沖合に見える、小島のような浅瀬まで泳いでいくことにした。 純白の砂州に上陸した瞬間、異様な光景に立ちすくんだ。地面が蠢いている。無数の、見たこともない鮮やかな青色のカニが群れをなしていたのだ。 そして、その島にはもう1人、5歳ほどの金髪の少年がいた。 親の姿は見当たらない。その美しい少年は、無表情のまま、機械的な動作でカニたちを踏みつけ、虐殺を続けていた。その幼くも端正な顔に感情はなく、ただカニを殺す作業に没頭している。
直感が知らせる緊急アラートが脳内に響く。
――ここは、来てはいけない場所だ!
得体の知れない恐怖に襲われ、急いで島を離れた。兄は凄まじい速さのクロールで岸へ向かう。私は平泳ぎで、逃げるように後を追った。 ふと、振り返った。 ……そこには、口角を「ニヤリ」と上げてこちらを見つめる少年の姿があった。
コバルトブルーの海、突き抜けるような太陽の下。それなのに、拭いきれない邪悪な何かが私を覆っていた。 必死に岸へ向かって泳いでいた時、突然、手首に鋭い痛みが走った。 見ると、青く細長い紐のようなものが巻き付いている。手繰り寄せると、その先には半透明の物体。
……クラゲ?
その正体を見た瞬間、ビーチの看板を思い出した。猛毒を持つ「カツヲノエボシ」、別名ブルーボトルだ。 危機管理能力が極限で発動したのか、私は猛スピードで岸へ上がり、常備されていた酢を患部に浴びせた。幸い、数日の痛みと腫れだけで済んだが、「もう一度刺されたら(アナフィラキシーで)死ぬのではないか」という不安が今も消えない。
後から思えば、ジェットスキー用にウェットスーツと手袋を着用していたのに、なぜピンポイントで露出していた手首を刺されたのか。あの少年は何者だったのか。海との相性が悪いのか、それとも超自然的な何かに魅入られたのか……。
オーストラリアでの日々は、思い出すだけでも一苦労なほど、あまりにも濃密な体験の連続だった。
だが、まだ語らなければならないことがある。
第18章:ヌーディストビーチの罠
痛み指数:[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10]
ステータス:Distracted Lifesaver(煩悩に負けた救助者)
小学校からの友人、前山。かつて教室でクラスメイト相手に商売をしていたほど商魂たくましい彼とは、地元での就職先が近かったせいか、通勤電車の中で偶然の再会を果たした。
「桜、あまり詳しくは言えないが、俺は国家公務員だ」
秘密めいた態度で語る彼と居酒屋で飲み明かし、ようやく聞き出した職は、なんと国税局の査察部――いわゆる「マルサ」だった。
クラスメイトから金を巻き上げていたあの前山が、今や国民から税金巻き上げる、いや、脱税を暴くプロになっているとは。 その後、もう一人の旧友・田丘も交えて遊ぶようになったが、春には私のシドニー赴任が決まっていた。 「向こうへ行ったら遊びに来いよ。観光案内は任せろ」 そう約束を交わし、半年後。前山は約束通り、一人でシドニーへやってきた。
愛車に彼を乗せ、ボンダイのフラット(アパート)へ向かった。数日間、定番の観光地を巡った後、前山が切り出した。
「ボトムレス・ビーチ(全裸ビーチ)に行きたい。○○ビーチとかいう所だ」
「よくそんな情報を仕入れてきたな」
私は彼の相変わらずの情報収集能力に、小学校時代の面影を見た。現地で聞き込みをすると、確かにそのビーチは実在するようだが、そこに入るには自分も真っ裸になる覚悟が必要らしい。
「前山、脱げるか?」
「とりあえず、行くだけ行ってみようじゃないか」
地図を頼りに車を走らせること一時間。ようやく辿り着いたその浜辺には、驚くほど人影がなかった。
「一体どこがボトムレスなのだ。ガセネタじゃないのか?」
毒づく私を制して、前山は「お前はいつも急ぎすぎる」と嗜めた。
すると、その直後だった。一人のブロンド美女が悠然と歩いてきて、我々の目の前で寝そべった。彼女はおもむろにビキニの紐を解き、文字通り「ボトムレス」の状態になる。
「当たりだな。言った通りだろ?」 前山は勝ち誇った顔をしていた。
対する私は言葉を失い、脳内で「サンオイルでも塗りましょうか」という全男性共通の妄想を展開していた。……なぜ俺はこういう時のための英語を勉強してこなかったんだ! と後悔の念に駆られつつ、ふと隣を振り返ると――前山の姿が、忽然と消えていた。
どこへ行った? 視界の端で金髪の美神を捉えつつ周囲を見渡すと、前山はいつの間にか海へ入り、沖の方で無邪気に手を振っていた。 おい、美女を見逃して泳いでいる場合か! と突っ込もうとしたが、様子がおかしい。彼は叫んでいる。いや、どんどん遠くへ流されている。
……やばい、離岸流だ! 助けに行こうとしたその時、どこからともなく現れた屈強なオヤジが、凄まじい速さで海へ飛び込んだ。あっという間に前山を確保し、浜へと引き揚げてきた。 救出された前山に対し、オヤジは烈火のごとく怒鳴り散らしていた。
「看板が見えねえのか! リップカレント(離岸流)注意って書いてあんだろ!」
「……読めん」
流暢な英語でしれっと返す前山の姿が、あまりに滑稽で、私は死にかけていた親友を前に思わず失笑してしまった。 海岸をよく見ると、わずか10メートルほどの間隔で2つの看板が立っていた。「このサインの間は離岸流注意」――地元の人間なら絶対に近づかない死のトラップに、彼は真っ向から飛び込んでいったのだ。
「お前どうして助けに来てくれなかったんだ!」
安堵からか、恨めしそうに責める前山に、私は答えた。
「いや、飛び込もうとしたらあのオヤジに制されたんだよ。プロに任せろってな」
嘘ではない。ただ、その瞬間の私の意識の99%が「全裸のブロンド美女」に釘付けになっていたことだけは、墓場まで持っていく秘密だ。
結局、エロスの高揚感はサバイバルの緊張感にかき消され、前山は「帰ろう」と一言。
後日、私は一人であのボトムレス・ビーチへ辿り着こうと何度も試みたが、なぜか2度と見つけることができなかった。
帰国したら、前山に尋ねてみよう。あれは本当に現実だったのか、それとも砂上の楼閣だったのか。 薄情な奴と思われようが、友人が溺れかけた恐怖よりも、あの時見た「美神」の残像が、今も私の記憶を離さないのである。
第19章:奴らの住処に
痛み指数:[Pain Scale: ■■□□□□□□□□ 2/10]
ステータス:Selfish Navigator & Matchmaker(無自覚な恋のキューピッド)
高校時代のテニス部の友人「ひさし」が、はるばるオーストラリアへ遊びに来た。 しかし、すでに大勢の友人知人を案内し続けていた私は、正直なところシドニー観光にはもう、うんざりしていた。そこで、まだ到着したばかりの彼を無理やり説き伏せ、ゴールドコーストへ連れ出すことにした。
「えー、もう少しシドニーを観たいのに」
「シドニーなんて観るところはもうない。それより、ゴールドコーストでスキューバのライセンスを取れ。日本に帰って一生自慢できるぞ」
「……それもそうかな」
言質は取った。さっそく予約だ。実は、彼にライセンス取得を勧めたのはあくまで建前で、本音はシドニーで既に免許を持っていた私が、ただゴールドコーストの海で潜りたかっただけだ。
空港に到着するなり、予約していた年代物のオープンカーを借りた。 ギラつく太陽、心地よい海風。ラジオからは INXS の「Suicide Blonde」がアップテンポに流れ出す。最高に気持ちいい。
海岸沿いのダイビングスクールに到着し、近くのコインパーキングに車を停めた時だった。ひさしがめざとく何かを見つけた。
「おい、あれは何だ?」ひさしが驚くように呟いた。
こちらに向かって、二人のブロンド美女が歩いてくる。しかも、ビキニ姿だ。
「やあ! 君たち、こんなところで何をしているんだい?」尋ねる私に、美女たちは当たり前のように答えた。
「お金をあげているのよ」
「ハイ?」どういうこと?
聞けば、彼女たちはパーキングメーターの時間が切れそうな車を見つけては、自分たちのコインを投入して回っているのだという。
「観光客へのサービスよ。駐車違反で切符を切られたら、せっかくの旅行が台無しでしょ?」
「マジかよ、ゴールドコースト……」 ひさしは感動していた。
文字通り「ゴールド」なホスピタリティに、彼の不満は一気に吹き飛んだようだった。
「桜、お前の勝手には呆れるけど、ここに来て正解だったわ」
安上がりなヤツだ。
そこから3日間、ひさしはライセンス取得の講習へ、私はファンダイビングのグループへと別行動になった。 ダイビングは2人1組の「バディ」を組むのが鉄則だ。そして幸運なことに、私のバディは北欧から来た警察官の美女だった。彼女は3ヶ月(!)のバカンスを満喫中だという。
「ジョー、1週間程度の休みはバカンスとは呼ばないのよ」 2本目のダイブを終え、ランチを共にしていると、彼女から烈烈たる日本社会批判が始まった。
「1ヶ月は休まないと。日本人は働きすぎよ、クレージーだわ。そんなに労働環境が悪いのに、一体何のために働いているの?」
何のため?……金か? 生きるためか? 休暇を取ればクビが飛び、遊びに行く体力すら削られる日本の現実を説明しながら、私は自問自答せざるを得なかった。
この北欧美女との進展も期待したかったが、3日目には私のバディは小汚い現地のおっさんに交代していた。
ひさしを無理やりダイビングに付き合わせた形になったので、さすがに申し訳ないと思い、帰りに近くのワニ園へ寄ることにした。
「デケーな、クロコダイル……」
園内にうじゃうじゃと蠢く、獰猛な恐竜の生き残り。ひさしはその威圧感に完全に腰が引けていた。一方の私は、彼らが放つ異様な「ワニ臭」に鼻がもげそうになっていた。それは、爬虫類特有の、むせ返るような強烈な獣臭だった。
ワニ園を出た後、私たちはなぜだか近くの湿地帯をぶらぶらと散歩することにした。そこには本来、決して見逃してはならない警告板が立っていたはずなのだが、二人ともそれを完全に素通りしていた。 数10メートルほど歩きながら、昔話に花を咲かせていた時だ。ふと、記憶に新しい「あの臭い」が鼻についた。
「ひさし、走るぞ!!」
叫ぶと同時に、猛スピードでその場を駆け出した。 全速力で逃げながら湿地に目をやると、水面に二つの光る眼が浮かんでいるのが見えた。 もし、あの「ワニ臭」に気づくのがあと数秒遅れていたら。あるいは、ワニ園でその臭いを学習していなかったら……。
私たちは今頃、ゴールドコーストの湿地で「奴らの餌」になっていたかもしれない。
さて、スキューバダイビングのライセンス取得に散々文句を言っていたひさしだが、実は帰国後、驚くほどの美人と結婚した。
「どこであんな美人と出会ったんだ?」 しつこく問い詰める私に、彼はバツが悪そうに白状した。
「……沖縄の海でダイビングをして、そこでバディになった彼女と……」
オーストラリアの看板にはよくこう書いてある。 「If there is water, assume there is a crocodile(水があるなら、ワニがいると思え)」
だが、ひさしにとっては違ったようだ。 「海に潜れば、美女がいる」 それが彼の正解だったのだ。私は北欧美女と縁がなかったというのに、この野郎は!
私の「勝手な誘い」が、まさか友の運命の扉を開くことになろうとは――スキューバダイビングの魔力、恐るべし。
ただし、誰もがスキューバダイビングの恩恵にあずかれるかどうかは知らんけど。
第20章:ダンダーストーム
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステータス:Solo Outback Explorer(荒野の孤独な探索者)
25歳の誕生日。それは私の人生において、単なる加齢以上の、法的な「自由」を意味していた。オーストラリアでは25歳を境に、ようやくレンタカーという名の「自由の翼」を無条件で手にすることができるからだ。私はさっそく、大陸の心臓部アリススプリングスで相棒(レンタカー)を調達し、オーストラリアの「ヘソ」へと向かった。
目的地はウルル(エアーズロック)。
強風に煽られ、身体を岩肌にめり込ませるように屈めながら、前を行く銀髪の美女が残す足跡を標識代わりに追い、私はついにその頂へと辿り着いた。360度、地平線まで遮るもののないアウトバックの絶景。高所への恐怖で「ナニ」が縮こまる余裕さえ奪われるほどの圧倒的なスケールだ。
日没前、岩の周囲をゆっくりとドライブしていると、空は魔法のようなグラデーションに染まっていった。鮮やかなブルーから燃えるようなオレンジ、深いルビー、そして神秘的なヴァイオレット(紫色)へ。やがて、見たこともない密度の星々が、コズミックブラックの闇の中で瞬き始める。
「私は漆黒の覇者だ……!」
南十字星に向かって、独り吠えた。孤独な夜特有の、恥ずかしくも高潔な「厨二病」的エキサイティング。荒野の真ん中で、私は自分が世界の中心にいるような錯覚に酔いしれていた。
翌日、私はさらなる北の果て、ダーウィンを目指して走り出した。 地平線の彼方まで、定規で引いたように続く一本道。スピードメーターは時速150キロを指している。窓を開ければ、銀灰色に輝くユーカリの鋭い香りが、灼熱の風とともに車内へ流れ込む。 誰ともすれ違わない、音のない世界。このまま地球の端から飛び出してしまうのではないかという不安と、不思議な充足感が交互に押し寄せてくる。しかし、その贅沢な静寂は、天から振り下ろされた抗いがたい力によって唐突に切り裂かれた。
空は瞬く間に鉛色へと変貌し、視界を焼き尽くす巨大な稲妻が、爆撃のように大地を貫き始めた。
ダーン! ドーン! ピシッ! バリバリ!
それはもはや「音」という概念を超えていた。大気そのものが連続して爆発しているかのような、物理的な衝撃波。現地人が「ヘクター(Hector the Convector)」と呼び畏れる、狂気的なサンダーストームだ。
命の危険を本能で察知し、私は路肩に車を寄せた。レンタカーという名の薄い鉄の箱の中で、ただ身体を丸めて震える。あまりの恐怖に脳がショートしたのか、口からは場違いな独り言が漏れた。
「……あたらなければ、どうということはない!」
赤い彗星ばりの強がりを口にしてみたが、その直後、目と鼻の先にあるユーカリの巨木が、凄まじい爆音とともに真っ二つに裂けるのを目撃した。私は即座に前言を撤回した。
「いや……直撃したら即死だった!」
震える膝を押さえながら、私は不条理な笑いを感じていた。死の淵でアニメのセリフを引用する。そんな滑稽な自分に対し、不思議とわずかな誇らしささえ抱いていた。
その時だった。激しい落雷の応酬が、大気中に大量のオゾンを創り出し、この世のものとは思えない奇跡を現出させた。 世界が、紫(ヴァイオレット)に染まったのだ。
「ああ……ヴァイオレット!」
窓の外に広がるユーカリの森も、果てしなく続くアスファルトも、すべてが神秘的な紫色の光に包まれている。それは、神の怒りというよりは、あまりにも荘厳で、美しい「浄化の光」カタルシスだった。
その光に照らされたとき、私の中で何かが弾けた。 角膜移植から始まった、私の歪な半生。暗闇の中で『私』という意識が産声を上げ、眼球に突き刺さった針の記憶から始まった、痛みと不条理の積み重ね。かつての絶望も、癒えない心の傷跡も、この凄まじい嵐と降り注ぐ紫の光によって、跡形もなく洗い流されていくのを感じた。
この嵐は、私を裁きに来たのではない。過去の執着も、誰にも言えない苦しみも、すべてを無(ゼロ)に帰すために天から降ろされた、救済の光だったのだ。激痛と恐怖に震えていた私の心は、この圧倒的な景観の中で、不思議なほど静かに、そして清らかに凪いでいった。
私は再び、アクセルを踏み込んだ。
「あたらなければ、どうということはない」
今度は自分を欺くための強がりではなく、新しい世界へ踏み出すために。
だが、人生とはそう容易く事が運ぶものではない。 この浄化の直後、次なる「痛み」のステージが、音もなく背後から迫っていたのである。
第21章:ヘリスキーとクッキー
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■□□□□ 6/10]
ステータス:Accidental Safety Warning(生きた教訓となった男)
日本帰国後、私は同時通訳の養成学校へ通うことになった。当時の勤務先には専門の通訳がおらず、英語が得意なだけの「普通の社員」がその場を凌いでいた。私もその一人として評価されていたが、実地での英語力は下降線を辿る一方。「これではダメだ」という危機感と会社の方針が重なり、私は夜の学校へと送り出されたのだ。
幸い、残業が減ったことで休暇も取りやすくなっていた。私は心身の洗濯とばかりに、旧友・前山を誘ってカナダへのスキー旅行を企てた。
旅程は韓国ソウル経由。乗り継ぎの待ち時間を利用した市内観光が組み込まれていた。空港でガイドを待つ私たちの前に、一人の男が歩み寄ってきた。流暢な日本語を操る、スーツ姿の男だ。
「日本語ができる女子大生、紹介するよ」
てっきり公式のガイドだと思い込んでいた私たちは困惑した。前山が「どうする?」と私に耳打ちする。
「いや、ダメだろ」と答えつつも、「しかし後学のために……。何事も経験だよな」と、我々の態度は絵に描いたように優柔不断に揺れ動く。そこへ本物の女性ガイドが現れた。
「探しましたよ! 最近、空港で日本人を風俗へ誘う業者が多いのです。気をつけてくださいね」
去り行く男の背中を見送りながら、私たちは「ガイドだと思っていたんだよ」と、自分たちの煩悩を必死に誤魔化した。誤魔化せたかどうかは知らんけど。
ソウル観光中、カナダへ向かう日本人高校生や、恋人に会いに帰国するというカナダ人女性と親しくなった。私は何を血迷ったか、ツルゲーネフの『初恋』の一節を引用し、彼女に脈があるか試してみた。 「Do you often risk your life for a moment pleasure?(一瞬の悦楽のために、命を懸けることはあるかい?)」
「No!」 即答だった。ロシア文学の重厚な問いかけも、カナダ人女性の現実的な価値観の前には一瞬で霧散した。私の英語力の問題か、魅力の問題かは知らんけど。
ウィッスラーのスキー場に到着した翌日、私たちは憧れのヘリスキーに挑んだ。ヘリで未踏の山頂へ降り立ち、ベテランガイドの導きで新雪を切り裂く。それは、通常のゲレンデでは決して味わえない究極の快感だった。
しかし、数本目の滑降中に悲劇は起きた。転倒した際、跳ね上がったスキー板が後方へ一回転し、私の後頭部を直撃したのだ。 あまりの寒さに感覚が麻痺していたが、ジンジンとした鈍い痛みがあった。大したことはないだろうと滑り続けようとした私に、ガイドが冷徹に告げた。
「お前の滑った跡を見てみろ」
振り返ると、純白の雪面に点々と赤い斑点が残されていた。 ……俺の血か?
「続けるか?」との問いに「もちろん」と答え、私はさらに2本の滑降を完遂した。滑り終えた後の充実感は、流血の痛みを忘れさせるほどだった。
その夜、ホテル近くにあった地下の巨大なバーでカラオケを熱唱した。100人程で埋め尽くされていた会場からは割れんばかりの大歓声。数人と握手を交わし、「スター」になった気分でホテルへ戻り、深い眠りに落ちた。
深夜、激しいノックの音で目が覚めた。ドアを開けると、日本人ツアーガイドが青ざめた顔で立っていた。
「今すぐ病院へ行きましょう」
「 なぜ?」と問い返す私に、彼は絶句しながらベッドの枕を指差した。 そこには、ホラー映画さながらに真っ赤に染まった枕があった。視覚的な衝撃を受けた途端、後頭部の痛みがにわかに増してきた。
ふもとのクリニックへ担ぎ込まれると、年配の医師が診断を下し、若手の医師が縫合を担当することになった。だが、この若手医師が曲者だった。 彼は左手にクッキーを持ち、あろうことかクッキーを頬張りながら私の傷口を縫おうとしたのだ。
「ちょっと待て、消毒も麻酔もしないのか?」
「……いるのか?」
「当たり前だ、してくれ!」
「わかった。……このクッキー、うまいぞ。君も食べるか?」
「後でいただくから、今はそのクッキーをしまってくれ!」
私は込み上げる不条理な怒りを抑えて頼み込んだ。彼は渋々クッキーを白衣のポケットにねじ込み、ようやく「適切な」処置を開始した。局所麻酔のおかげで痛みは消えたが、何針縫ったかは覚えていない。 処置が終わると、彼はニコニコしながらクッキーの箱を差し出し、「好きなだけ持っていけ」と促した。まさに現代のクッキーモンスター。私はありがたく一枚頂戴し、病院を後にした。
帰国後、前山から意外な話を聞かされた。 「お前、ウィッスラーで有名人になってるぞ」
「やはり、あのカラオケが大好評だったからな」
「いや、ヘリスキーだ」
彼の同僚がウィッスラーでヘリスキーをした際、ガイドからこんな注意を受けたという。
「先日、頭を怪我した日本人がいた。彼は帽子すら被っていなかった。皆さん、最低限帽子は必ず着用するように」
私はてっきり、あの夜の歌声が伝説になったのだと自惚れていた。だが現実は、安全教育の「生け贄」として、私の流血事件が語り継がれているだけだった。 クッキーモンスター医師から「帰国後にCTを撮れ」と言われたのを思い出し、撮影だけは済ませた。診察結果は覚えていないが。
ツルゲーネフの問いに「No」と答えた彼女は正しかった。一瞬の悦楽(ヘリスキー)のために命を懸けた結果、私はカナダの雪山に血と、そして消えない羞恥心を置いてくることになったのだから。
しかしながら、今もこの注意事項が続けられているかは知らんけど。
第22章:テオティワカン遺跡
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:Critical Hardware Failure(致命的なハードウェア故障)
5歳まで記憶を遡り、数々の“痛い”を思い出してきた私の旅。その到達点が「毒アリに金タマを咬まれる」という、神の悪戯としか思えない惨劇になろうとは。
OMG!
それは、毒よりも甘い誘惑だった。普通の男性なら狂喜乱舞するであろう、美女からの「金タマ吸い出しオファー」。
だが、私の股間は今、毒アリどもに蹂躙された直後の生々しい戦場なのだ。
「結構です。後で冷やすので。とにかく今はそっとしておいて」
差し出された愛の救いの手?を、私は玉の痛みゆえに、あまりにも冷徹に振り払ってしまった。後の祭りである。
このやり取りを他の美女達が見逃すはずがない。いや間違いなく聞き耳を立てていたに違いない。
「私にも見せて!」
今度は美女3人から懇願されることになる。私の金タマはパンダが何か珍獣か!
「見るだけだから!」
いやいや触る気でもあるのか!
とんでもない好奇心なのか、何なのか知らないが、どれだけ玉を見たいんだ!
きっとこの先私の人生においてこんな僥倖は訪れないだろうなどとは、まったく、1ミリたりとも考えなかった。それほどに玉が痛かったのだ。痛みが私の思考と身体を完全に支配していた。
いくら20代半ばの男性でも毒アリに金タマを咬まれた直後には異性に対する欲求など全くないだろう。きっと傾国の美女クラスの誘惑でも動じることはないと言い切れる。煩悩を焼き尽くした聖人ではなく、単にタマが痛すぎる男の本音だ。
そうこうしているうちになにやら車内がざわついてきた。前方のお偉方も後方で起こっている「騒動?」に気がつかないはずはない。
「静かにして。早く席に戻って」
私は面倒なことになってはいけないと彼女たちを追い払った。
ズキズキ玉が疼く。そっとパンツの中を覗き込んでみる。やはり先ほどより腫れてきた。
サボテンの実がウチワサボテンになるようなら、今夜ホテルのコンシェルジェに相談しよう。
私の頭の中は夜のパーティーでの通訳の仕事と、玉のサイズのことでいっぱいだった。美女たちのことなどすっかり忘れていた。
その夜、パーティーでの仕事をなんとかこなした。通訳業務に集中していたせいか玉の痛みが少々和らいだようだった。
急ぎ部屋に戻り、痛みはなくならないが医者に行くまでもないと改めて自分に言い聞かせ、ホテルのフロントに部屋まで氷を持ってくるよう頼んだ。
その直後、部屋の電話がなった。フロントから「氷が無い」という電話かと思いつつ受話器をとる。
「私の部屋に来てくれませんか」
美女からの電話だった。なんでもトイレが故障したとかで見てほしいとのことだ。
「ひょっとして、トイレットペーパーを流したの? 紙は流さずゴミ箱に捨てるんだよ」
受話器越しに私は彼女に海外あるあるを説明した。そのようだった。詰まったらしい。
「フロントに伝えておくからしばらく待っていて。私は今部屋を出られないので」そう伝えてあっさり電話を切った。
理由はともかく、美女から「部屋に来てほしい」とのお誘いを断る若い独身男性がいるだろうか。
やはり、アリの毒を君の口で吸い出して欲しいと頼めばよかったのか。
その結果どうなるかは知らんけど。
しばらくして、待望の氷が部屋に届けられた。シャンパンかワインでも冷やすと思ったのだろう。氷はアイスボックスに入っていた。至極当然のことだが。
礼を言ってキューブアイスで満たされたボックスを受け取った。ホテルスタッフもまさかこのボックスの用途までは想像していないだろう。滾った金タマをチャポーンといれるとは。
どうやって股間を氷で冷やそうか考える以前に行動に移していた。その箱に水を注ぎ、熱く肥大化しつつあった玉をダイブさせた。冷たすぎるが、このまま中腰のスクワットの態勢で暫く冷やそう。
だがこの姿勢はキツイ。腰に異変を感じる。これではギックリ腰になる。そう思い、バスタブやらトイレやら、楽に冷やせる場所を求めて部屋中を徘徊した。下半身裸のままで。そこへ部屋のドアベルが鳴る。
誰だ!この非常時に、鬱陶しい!
股間にアイスボックスをあてたままドアの覗き窓を覗くと、なんと件の美女が立っているではないか。
ドアを開けるわけにはいかない。かといってどうやってこの状況をしのぎ切るか。
居留守を使うことにした。静かに音一つ立てずにドアベルが数回押されるのを無視続けた。やがてあきらめたようで、立ち去ったようだった。
――アメリカでの銃密売屋の襲撃、タスマニアのカジノホテルで深夜にドアを叩きながら叫ぶ襲撃者などを躱した必殺技。居留守。
ほっとして、玉を冷やすことに専念した。ベッドに両手をついたカエルのような姿勢で両膝を曲げるといい具合に股間を冷やせた。しかしながら、玉以外の敏感な器官も冷やされるのが難点だ。竿を手で持ち上げて玉だけ氷水につける。
ーーよもや地球の裏側でこんなことをする羽目になろうとは……。
しばらくするとほとんど股間の感覚がなくなってきた。これ以上続けると後々影響が出るのではないかと思い、アイスボックスはとりあえずテーブルに置き、シャワーを浴びることにした。ゆったりとバスタブに浸かってリラックスしたかったのだが、玉を温めたくはなかったので断念した。
バスルームから出ると再び玉をアイスボックスへダイブさせた。そこでドアベルが鳴った。
今度はなんだ。ドアの小窓を覗いてみる。
またか!しかも美女が1人増えている。
そういえば「部屋から出られない」と電話で彼女に釈明したことを忘れていた。私が部屋にいることを彼女は確認済みだったのだ。
さっきはトイレにでもはいっていると思っていったん引き上げたのか。ならば今度は無視できそうにない。観念しつつも、部屋になだれ込まれてはかなわないと、ドアチェーンを外さずドアをそっと開けた。
「大丈夫ですか?」
優しく聞いてくる彼女たち。
「何とかね」
「部屋に入ってもいいですか?」
「シャワー浴びていたから、ちょっと今は……」
「気にしなくていいですよ」
私が気にする。がに股で股間を氷水に浸した姿を。
こいつら何としてでも毒アリに咬まれた金タマがみたいのか!もはや相手が美女だという認識は完全になくなっていた。
「明日も色々と行事があるから早く部屋で寝た方がいいよ。私は大丈夫だから」
「痛くはないのですか?」
「どこが?」あえて女性の口からは言いにくいよう質問で返す。
私の狙いは外れ、「ア・ソ・コですよ」とさらっと聞いてきた。うら若き乙女が億面もなく。
美女にとっては普通の事なのかもしれない。男の玉を見ることなど。それでも、毒アリに咬まれて腫れた金タマを見る機会などあるわけがないのだ。その機会を逃したくないという欲求が乙女の恥じらいを忘れさせているのだろう。しかも、毒アリすら魅了するような香しい玉ならなおさらだ。
そこへいいタイミングで部屋の電話が鳴った。声の主はプレイボーイで名高い新聞記者からだった。
「彼女たち誰も部屋にいないのだが、君と一緒にいるの?」
さすが名うてのプレイボーイ。美女3人の部屋にアタックしたようだ。事実、部屋にあげてはいないので、「いいえ」とだけ返事をした。
「どこへ行ったのだろう。ひょっとして君何か聞いていないか?」
「知りません。おやすみなさい」とすぐ電話を切った。
まったくこの男は女の事しか頭にないのか。というよりも、一緒に海外出張しているのが美女3人。しかも飛び切りの美女。同じホテルに泊まったのなら、これぐらいのことは普通の男ならするのだろう。ともかく受話器越しに彼女たちの声でも聞かれたら大事だ。彼の事だ、すっとんで来るに違いない。
「仕事の打ち合わせが入った。皆早く部屋へ戻ってね。明日も早いからおやすみ」と、この電話を利用させてもらい、彼女たちを追い返すのに成功した。
翌朝、朝食のビュッフェを食べていると、件の女性がスッと自然に私の隣に座ってきた。
「おはようございます」
昨夜何事もなかったかのように明るく挨拶された。
「おはよう」とこちらも普通に挨拶する。やましいことは何ひとつないので、いわゆる周囲に悟られるようなカップル的な雰囲気を醸し出すようなことはない。
「お付き合いしませんか?」
突然彼女は切り出してきた。
「はっ?」
「付き合いましょうよ」
何を言ってくるのだ。朝一番に。昨夜何かあればまだしも、素っ気なくあしらったのに。
そうか!昨夜美女2人で部屋を訪れ、どちらが先に私を口説き落とすか競争でもしているのだな。
瞬時に小学生の頃の苦い思い出がよみがえった。そしてこう彼女に投げかけた。
「君、日本出発の時彼氏が荷物持ってゲートまで見送りに来ていたでしょ」
私は出発時に空港へ一番入りして一行を出迎えてチェックインの手伝いをしたため、最後に空港へ悠然と現れたこの美女を鮮明に覚えていたのだ。
しかし彼女は一切動じることなく「やだ。従弟ですよ」と。
「そんなわけあるか!」
喉元まで出ていたが、喉元を過ぎていた。口にしてしまった。ヤバイ。彼女の顔を見られない。
「ホントに違いますよ」という割に、その後彼女は一言も話しをしなかった。やはり図星だったのだろう。
ともかく、一通りメキシコでの仕事を終えて何事もなく?無事に帰国した。勿論、私の玉も無事に通常サイズに戻って。一般男性の普通サイズかどうかは知らんけど。
日本へ帰国後も彼女達と仕事を共にする機会があり、その都度件の女性からお誘いを受けた。
「私の番号はこれだから」と電話番号のメモを渡される。
「付き合いましょう」と言われても、「またか」という感じだった。
どんな美女でも一度ドン引きしているので、誘われても高揚感などは一切なかった。
「君の笑顔も僕には通用しないよ」と言って、丁重に断ったつもりであったのだが。
「そんなこと言う人初めて!」と上機嫌にさせてしまった。彼女には逆効果だった。きっと彼女の人生で自分の誘いを断る男性などいなかったのだろう。
結局のところ、2,3度彼女とお出かけすることになったのだが、夕食を共にしたことは一度もなく、いわんや男女の仲になることもなかった。何となく、私と会った後に別の男と会うのだろうなと感じていた。
なぜか私には、彼女が、あの黒曜石売りのオヤジにしか思えなかったのだ。失礼ながら。
そして彼女がようやく諦めてくれる日が来た。
それは、正月休みに入る前の夜だった。案の定、会って話しただけで、はいさよならという流れだった。美女だから少々もったいないなと会っていただけで、特に愛情も芽生えず、それでいいかと割り切っていたところ、「年末年始泊りで旅行へ行きましょうよ」と真顔で誘ってきた。
まだ食事さえしたことないのに。一体全体何を考えているのか。しかし私は当時同時通訳の夜学に通っており、その宿題がたまっていたため、またもや正直に返答した。
「年越しで勉強するつもりなんだ。英語の課題が溜まっていてね」
すると彼女の顔が鬼の様な形相に一変した。
「そんな人いるわけがないじゃない! 嘘をつくならもっとましな嘘をついてよ!」
そう言うと、怒り心頭の様子でドスドスと立ち去って行った。以後彼女から連絡が来ることはなかった。勿論私から連絡することも。
実のところ、美女3人のうちのもう1人別の女性と飲みに行ったことがあった。彼女からは自分の習っているフラメンコの舞台を見に来てほしいとチケットいただいたので、舞台を拝見した。彼女の踊る姿はとても綺麗だった。
演技が終わるや否や、あの時の新聞記者が舞台袖にから彼女に花束を渡していた。
さすが、プレイボーイ。女性の扱い方を心得ていると感心して会場を後にした。彼女は知り合いにチケットを配っていただけであり、私はその他大勢の1人だったというわけだ。以後彼女とも会うことはなかった。
その後美女たちがどうなったかは知らんけど。
――いつでも何処でも「七海」を探していた、私の心の奥底にしまい込んだ、あれほどまでに純粋な初恋のメモリー。
そんな大切な心の宝石箱に保管していた初恋。それを、タコス屋の看板を目にした時、あるいは街角でマリアッチの音楽が流れてくる度に、無意識に股間をおさえてしまう、「毒アリ、金タマ・ミスコン美女」という薄汚れた記憶に上書きされようとは……。
神に一言申し上げたい。
「私が『初恋』の主人公のように、いつまでも過去の記憶に縛られて独身のまま生きないようにと、強制的に上書きしてくれたのかもしれませんが、いくらなんでも、この上書きの仕方はあんまりではないですか!」
「度が過ぎるわ!」
第23章:不条理の果てに
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:Existence as a Misprint(誤植された存在)
桜ジョー
実は、これが私の本名ではない。 私のファーストネームは、漢字一文字で「柔」と書く。
だが、両親と兄を除き、これまでの人生でこの名を正しく呼んでくれた者は誰一人としていなかった。小学校の教師、クラスメイト、病院の待合室での呼び出し、そして社会人になってからの名刺交換。あらゆる場面で、私は自分の名前が「ヤワラ」でも「ジュウ」でもないことを説明し続けてきた。その不毛な時間の累積は計り知れない。
実の祖母でさえ、死ぬまで私の名を正しく呼ぶことはなかった。
「じゅうくん、こっちにおいで」
「……おばあちゃん、ちがうよ」
「やわら?……」
小学3年生の自己紹介の時、私はついに諦めにも似た決断を下した。「これからは、俺のことを『ジョー』と呼んでくれ」。 正確には「じょうじ」なのだが。読めるか!
中学二年生になったある日、私は意を決して父に名前の由来を尋ねた。
「お前も知っているだろう。あの有名な映画俳優だ。宇宙船に乗って、耳の尖った宇宙人と一緒に旅をする……。その登場人物を演じた日系人俳優の名前から、一字いただいたんだ」
私は即座に、冷ややかな反論を突きつけた。 「間違っている。そもそも、あの俳優の名前は漢字ですらない。ジョージ・タケイだ!」
すると父は、動じることもなく言葉を濁した。「いや待てよ、あれは確か、高名な占い師に相談して決めたんだったか……」
あまりにも稚拙な嘘。私は悟った。この男は、次男である私のことなど、はなから眼中になかったのだ。 後に母から聞いた話では、私の出産時に立ち会ったのは父ではなく、母の実兄である私の伯父だったという。「お前が生まれる夢を見た」と、深夜の授産施設に駆けつけたのは伯父だった。
出生の翌日、名前すら考えていなかった父は、役所の窓口で、その場で思いついた昨夜テレビで観た映画俳優の名前を記入した。テキトーな漢字を、その場の思いつきで。そして役所も役所だ。よくもそんな出鱈目な名前を、確かめもせずに受理したものだ。 その瞬間、私の存在は公的に「異物」として登録され、私のアイデンティティは永久に「誤植」されたまま固定されたのである。
私の「イタイ」遍歴は、出生の翌日から始まっていた。そう諦めていたのだが、不条理の底はさらに深かった。
メキシコ出張から帰国した私は、土産を渡そうと、両親を誘って喫茶店で談話していた。ちなみに、土産は黒曜石ではない。せっかく「一つ土産に買ってやる」と申し出たにもかかわらず、あのオヤジは売り込みを忘れて、黒曜石売り仲間に「金タマを毒アリに咬まれた男」の話を言いふらしに行ってしまったからだ。
珈琲が運ばれてくるまでの静かな時間。私は何気なく、両手をテーブルの上に置いた。それを見た母が、唐突に声を上げた。いや、それは悲鳴に近い叫びだった。
「あんたの手、どうしてそんなに小さいの!」
その一言は、かつてアウトバックで浴びたサンダーストームのように、私の脳天を直撃した。愕然として自分の手を見つめる。確かに、私の手は、産みの親である小柄な母よりもなお、小さかった。 だが、それ以上に私を打ちのめしたのは、その事実を今さら指摘するのが「あなたなのか!」 という絶望的なまでの不条理だった。
そして同時に、私は間抜けにもすべてを理解した。
なぜ、少年時代の私はソフトボールやドッジボールがあれほど苦手だったのか。
なぜ、テニスラケットは常に女性用の細いグリップでなければならなかったのか。
なぜ、兄から「ギターの簡単なコードすら押さえられない」となじられたのか。
なぜ……。
すべての答えは、私の「小さな手」にあった。そして、その不都合な真実を、産みの母自身がまるで「新種の未知の生物」を発見したかのように突きつけてくる。
名前も違う、手のサイズも違う……。私は最初からこの家族の『異物』だったのだ。
徐々に視界がぼやけてくる。あのオーストラリアの夕日とは真逆のグラデーションで。
何かを吐き出しそうだ。先ほど食べた喫茶店のスパゲッティか。いや、胃液か。違う、そうではない。どす黒い毒……闇だ。口や鼻や目からドロドロしたタール状の闇があふれ出てくる。
私の中に蓄積された不条理という名の真っ黒な毒が堰を切ったように溢れ出し、世界そのものを覆い尽くした。
私は、あの5歳の眼球手術後の底知れない暗闇の中へと、真っ逆さまに舞い戻っていた。
漆黒の世界。
自分ではない別の「声」が、絶え間なく頭の中に響いていた。
「お前は誰だ」
「ここはどこだ」
「どうしてお前はここにいる」
あとがき
Epilogue: No Worries? No, Big Worries!
この物語を最後まで読み進めてくださった、稀有で奇特な読者様へ。
人生を振り返れば、それはさながら「痛みの博覧会」のようでした。5歳で覚醒し、眼球に鋭利な針を突き刺されたあの日から、私の世界は常に「次は一体、何が来るのか?」という、諦めにも似た冷ややかな期待感と共にありました。
バットで頭蓋を叩き割られようと、尿道に得体の知れない管を通されようと、初恋の成就を無慈悲に粉砕されようと。あるいは、メキシコの巨大なピラミッドの麓で、毒アリに己の急所を捧げようと。その瞬間の私は、常に「痛覚の限界点」を冷静に観察するような、どこか北の国から送り込まれたスパイのような心地でいました。
「なぜ、私だけがこんな目に?」 そう天を仰ぎ、嘆いた夜もありました。しかし、今なら分かります。
世界は、私に「普通」という安息を許さなかった。その代わりに、「痛み」という強烈なフィルターを通すことで、人々の剥き出しの優しさや残酷さ、そして自分の中に眠る異常なまでの好奇心と、驚異的な適応能力を教えてくれたのです。
メキシコの熱帯夜、美女からの誘いを冷徹に断り、股間を氷水で冷やしていたあの時、私の心は「正しい嘘」をつけない己の不器用さに震えていました。しかし、その滑稽で、あまりに正直すぎる姿こそが、「桜ジョー」という人間の真実だったのでしょう。
今、私の「通常サイズ」に戻った日常の中で、この血と汗と笑いの記録を綴り終えました。
もし、あなたが今、何らかの困難や不条理な痛みに直面し、立ちすくんでいるのなら、どうか思い出してください。 地球の裏側には、果物の香りのデオドラントスプレーをしたばかりに、猛毒のアリに金タマを蹂躙され、それでもなお翌朝には何食わぬ顔でビュッフェを堪能している男がいたということを。
人生に「No worries(問題ない)」なんて日は、まず来ません。 実態は大抵「Worries(問題だらけ)」です。
けれど、その耐え難い困難も、悶絶するような痛みでさえも、いつかは「知らんけど」という魔法の言葉と共に、最高の笑い話に変えられる日が必ず来ます。それを、「通常の3倍」にまで腫れあがった記憶が、そして誤植されたままのアイデンティティが証明しています。
「尿道結石など足つぼマッサージだぜ!」と「痛み」の基準値を計る物差しをドブに捨てた男がいることをどうか覚えていて下さい。
あなたのこれまでの「痛み」が、いつか誰かの「勇気」、あるいは「爆笑」に変わることを心から願っています。
さて、かなり割愛してお届けした桜ジョーの物語ですが、これでもまだ、ようやく20代半ばに差し掛かったところです。この先の「さらなる痛み」をご披露できるかどうかは、読者の皆様次第。
――知らんけど。
【編集後記】
本書は登場人物の名前をはじめ、物語としての構成上、多少の脚色を加えてはいますが、すべて著者の身に起きた真実に基づくエピソードです。
(完)
