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☆【小説】「龍と空色の歌」第3話【創作大賞2025応募】003

 第三話 ショッピングタイム

 その後、ビルの二階にあるファッションモールに連れて行かれた。

 ファッションモールといいながら、まるでデバートだ。何でも揃う勢いに墨絵は驚いた。
 ここで仕事用の服を揃えると説明されてとにかく着いてきた。
 ブラウス、スカート、ワンピース、ドレス、あと礼服に近いものまで。それからローヒール、ハイヒールパンプス、靴まで揃えた。制服のようなものだといわれたが、これだけまとまって揃っていれば着せ替え人形のように、とっかえひっかえ存分に楽しめる。
 自分の好きなものを選べと言われて選んだあと、柏木が難しい顔をしながら手許のスマートフォンで何やらチェックしている。呟きはしなくとも、何か言いたげな顔で確認をしていた。墨絵は何をしているのか聞いてみた。柏木は応えた。「ちょっとした確認です。予算の関係もありますので」とだけ答えた。なあんだ、出費をメモしているのか。

 墨絵が選び、柏木がスマートフォンで確認、選ばれた服については社長が見て、短く「いいわね」と言ったものを購入するといった感じだ。だが、社長は墨絵の選んだものを何一つダメとは言わなかった。支払いをしている様子もない。ひょっとすると墨絵が店の中の品物を眺めて歩き回っている間に済ましていたのかもわからない。後で請求が墨絵のところに来るのでは無いかとちょっと心配だ。まさか。
 指定のものではなく墨絵の好きなものを選べるのも不思議だ。

 十件近くの店で買い物をしたがどの店員も雰囲気が良い。墨絵にとても親切だ。いままでこんなに気持ちよく買い物をしたことが無かった墨絵はすっかり楽しい気分になっていた。
 普段、こういう店は、店員が不意に声を掛けてくるので気が気で無く墨絵は苦手だ。店員とのやりとりも、気を遣ってしまい疲れてしまう。ところが、このファッションモールの人たちは皆、私がこの店に来るのをずっと前から待っていたかの様だ。馴染みの客を迎えるように柔らかく優しい。ハートがある、というのはこういうことなのだろうか。
 墨絵はこのビルに来た記憶はない。こんなに歓迎される感覚が味わえるのであれば毎日のように立ち寄ってしまう、そんな感じだ。
 年配の女性店員のひとりが「大きくなって、元気だったの?」と声をかけて来た。墨絵がぽかんとしていると社長が女性店員に「忙しそうね、お疲れ様」と労いの言葉をかけ「ちょっと誰かと勘違いしているみたいね」と墨絵ににっこりと微笑みその場を離れた。
 気になったことはそのくらいだった。

 店を出た後も私たちが見えなくなるまで、店員の全てが墨絵たちを見送っているのも不思議なくらい丁寧だ。さすがにこの界隈で顔の広い社長さんだ。

 なんでこんな風に買い物をしているのだろう。ふと思った。今日の午後は外勤して打合せをして会社に戻って主任に報告しているはずだった。
 謎だらけだが楽しく買い物を終えオフィスに戻ると午後五時を回っている。

「もう少し、時間ある?」社長が聞く。
時間があるかって、今日は会社に戻って夜の八時まで残業のつもりだった。その意味では時間がない訳がない。答えずにいると社長が続ける。
「大事なことを伝えておくわ。明日の朝九時にオフィスに来て。絶対に来てね」
「はい、わかりました」といつもの明るいトーンで言うには墨絵は大部混乱している。

 それにこの社長は私の本当の上司なんだろうか、という気持ちもある。この状況で約束できると思っているのだろうか。面倒なので仕方なく頷いておいた。とりあえず。
 これも墨絵の悪い癖だ。でもこの場合は許される気もした。
「あなた、明日の朝九時に来る気になっていないわね」
社長は墨絵の内心を言い当てる。 

「じゃあ、一緒に来てくれる」


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