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読書感想:グレート・ギャッツビー

グレート・ギャッツビーを読みました。
読んだ動機はこれを書いたフィッツジェラルドが私の好きな作家のヘミングウェイと並ぶ有名なロストジェネレーション(1920年代のアメリカ文学)の作家だと聞いて興味が湧いたからです。あくまで感想なのでストーリーに沿った深い示唆とかはないです。


ストーリー概要

この話の語り手であるニックと近所の豪邸に住むギャッツビー。謎に包まれたギャッツビーだったが、ニックらがパーティを通じて会っていく内にギャッツビーの秘めたる想いが明らかになっていく。確執の先はどこに向かうのか。

感想

まず、文章のクオリティが高い。シンプルな表現ではあるものの、それは無駄を削ぎ落とした無骨な文章とは違い、華々しく我々の頭に情景を描いてくれる。まるで本と自分の頭が直接接続されたかのように情報が流入してくる感じです。
そうした地の文の文章表現とは対照的に会話では実際に起きているのではないかといったリアリティのある表現。それは感情の解釈の余地があるとも言えるし、その時代に閉じ込められた雰囲気の再生成とも言える。ここは読者次第だと思います。
以下はネタバレのため、注意。
全編を通して感じたのは、美しすぎるとしかいえない寓話的な完成度の高さ。
20世紀アメリカでいまだに自分の望むものは努力すれば手に入るというアメリカンドリームの体現者のようなギャッツビーが、極めて無情にその夢を打ち砕かれる。
その筋自体に驚異的なディスカバリーがあるわけではない。しかし、一度本を閉じて咀嚼すると思います。パワーのある作品だったと。これは本だけの特権だと思います。涙の量だけが作品の評価ではないです。

ヘミングウェイとの関係

文学作品は著者の置かれていた状況も込みで楽しむとより味がすると思うので、彼フィッツジェラルドとヘミングウェイの関係を少しだけ書いておきます。
一言で言えば彼らは時間が経つにつれて確執が深まっていたものの、生涯一貫して認めあっていたライバルです。
彼らは同じ出版社から頭角を表し、それぞれの事情を持ちながら違う作家人生を送りました。
ヘミングウェイはフィッツジェラルドのグレート・ギャッツビーが出版され、人気を博していたころは無名で密かにフィッツジェラルドに対抗心を燃やしていたと考えられます。
しかし、そんな状況も数年すると逆転し、長編を出したヘミングウェイが人気を博し、妻の入院費のため短編を書き続けるしかなかったフィッツジェラルドは没落していきます。
このときの彼の没落をヘミングウェイは彼の妻と縁を切れば君はまた返り咲けると評価し、才能は認めながらも厳しい目線を向けています。
そしてフィッツジェラルドは1940年に心臓麻痺で一足早く逝ってしまいます。一方、ヘミングウェイは作家的な成熟を見せ、ノーベル文学賞を受賞するに至ります。
この残酷で美しい対比のライバル関係がエモーショナルで今も人々の心を掴み続ける一因になっていると思います。

まとめ

好みでしかないのですが、私はやはりヘミングウェイを推したいですね。大学受験を終えて絶望の中手当り次第に買ったヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」があまりにも私には眩しかったです。
初めて買った名作、傑作と呼べるものが自分の中で最高傑作として固定化されるといったことはありそうですよね。みなさんはどうですか?
このグレート・ギャッツビーも誰かにとっては最高傑作になる。そういったパワーを作品からひしひしと感じることが出来ました。面白かったです。
みなさんランキングとか好きだと思うので一応数値化してみますね。90/100です。
読んでいただきありがとうございました。

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