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頬を撫でる美の風┃風まかせ文芸部

今日、僕は初めて男性化粧品を見に来た。

美しく、綺麗な男性に憧れる。

動画も色々見てきた。だけど、自分に合うのかは分からない。

だからプロに聞こう。
僕を最高に美しくしてくれるアイテムを。

「いらっしゃいませ」

この店を選んだのは店員さんが美しかったからだ。 

「すみません、僕を美しくしてください」 

率直に伝えた。

男性店員さんは綺麗に笑った。

「…それではお客様のお肌のお手入れについて、教えていただけますか?」

僕「朝は洗顔フォームで洗うだけです」

「スキンケアはされておいでですか?」

僕「オールインワンジェルです」

店員さんはカルテに書き込んでいく。

「左様でございますか。それでしたら本日はスキンケア用品をお勧めしたいのですが…」

僕「いえ!化粧品をください!肌が透明に見えて、目元はくっきり、クマも消して、リップは薄いけど血色良く見せたいんです!」

今の化粧品なら、そこまでの技術がある。

そのアイテムが僕は欲しい。

店員さんはカルテを置いた。

「…それでしたら、他所のお店がよろしいですよ」

声のトーンは低くなり、目が冷たくなるのを感じた。

僕「何でですか!?スキンケアでなくて、化粧品が欲しくてきたんです。普通、客の要望聞きますよね!?」

化粧品会社なのだから。

店員さんは横目で僕を見る。

「…化粧品が可哀想なんで」

僕「…は?」

「あなたに使われる化粧品…塗られても力を発揮できません」

僕「なんで?」

「理由ないんでしょ?敏感肌でスキンケアできないとか、アレルギーあるとか…ただ簡単に美しくなりたいんだよね?」

さっきまでの丁寧な口ぶりも、美しい笑顔もない。

「そういう“インスタント美人”をウチは推奨してないんで」

店員さんはカルテをしまうと、自分の仕事に戻って行く。

僕は自分の出して来た勇気を叩かれ、美しくなりたい気持ちを踏みにじられた怒りが込み上げた。

「なんだよっ、“インスタント美人”って!誰でも簡単に美しくなりたいって思うだろ!」

「だから時短メイク動画がバズるんだよっ!世の中の需要を受け止めろよっ」

「あんただって造形美人だから、店頭に立てばそれに憧れて来る客が来るんだよ!」

「その人に売るものはないって言われた僕の気持ちわかる!?」

店員さんは肘をついて、外を見る。

「へぇ」

僕「“へぇ”かよ!?」 

「確かに俺は造形美人だよ。でも洗顔もパックもスキンケアもUVケアもやってる」

「その上に化粧を施すから、綺麗なんだよ」

店員さんが僕の顔を見る。

「…乾燥肌なんだよ、あんた」

「肌を透明に見せたいなら、今はいくらでも方法あるよ。下地で補正して、ファンデーション、気になるところはコンシーラー。あんたの乾燥だって隠せる」

「でもさ、乾燥してる肌をそのまま隠そうとして厚く重ねたって、綺麗にはならないんだよ」

「そうやって肌そのものを放っておいたツケは、何年か先に戻ってくるんだよ」

僕はその言葉に店員さんの売らない理由が少し見えた。

店員さんは美しく笑う。

「お客様、こちらでしたら肌を美しく透明に見せることができます。地肌が乾燥肌でも大丈夫です。綺麗に隠せますよ?」

そこまで言って真顔になる。

「分かる?あんたの肌がこの先もっと乾燥しようが、荒れようが、俺には関係ない。今日だけ綺麗に見せる商品なら売れるよ」

「…俺はそういう“綺麗になりたい”を踏みにじる接客が嫌いなんだよ」

僕は目を見開いたまま、店員さんを見ていた。

見た目とは裏腹な口の悪さとナルシストぶりに呆れながらも、美容に対する真摯な姿勢が見えた。

僕「…インスタント美人って…そういうことか…」

今日だけの綺麗じゃなくて、数年後の綺麗まで、この店員さんは考えていた。

「…ごめん…スキンケアから教えて…ください」

「左様でございますか。それではこちらにおかけください。まずは基本のお手入れからご説明させていただきます」

僕「変わり身早いな!」

スキンケアを試すため頬に触れた店員さんは、顔だけでなく、その指先まで丁寧に手入れされ、しっとりと潤っていた。

そのしっとりした手触りは、数年後の僕の美意識まで刺激していた。

この肌に近付く努力はここから始まる。

店の扉を開けると、外はすっかり日も暮れていた。

スキンケア一式を紙袋に入れた店員さんが外までお見送りする。

「それではお客様、1ヶ月後にまたおいでください。お肌の調子がよろしければ、化粧品もご一緒に選んで参りましょう」

僕「ありがとうございます!」

「……さぼんなよ」

僕「……はい」

「ありがとうございました」

一瞬の声の低さも、つぎの瞬間には消え、美しい営業スマイルで送り出される。

それでも僕の心には来た時と同じ高揚感があった。

涼しい夜風が僕の頬を撫でる。

それはあのしっとりした手に撫でられるように、僕に美しい未来を見せた。


お読みいただいて、ありがとうございました。
本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。


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