君に宛てた未送信ー風まかせ文芸部
メールフォルダに溜まった
下書きの整理をしていた。
僕は頭に浮かんだことを
メモに残す癖があり、
とりあえず下書き保存していたら
百を超えてしまった。
仕方なく開いて内容を確認する。
“トンボのメガネが水色メガネなら、
僕のメガネはいつだって、ネガティブメガネ”
“ピアノを弾くお姉さん。
本人は無口でも、その指先は饒舌に世界を鳴らす”
“イケメンになるより、
雰囲気イケメンを目指す方が向いてる”
下書きのメモを見つめる。
「…恥ずかしい」
ちょっとポエムがかって
恥ずかしいけれど、何故だか
消せなくて閉じる。
こうして百を超えても
更新してしまう。
スクロールする指先が止まる。
それは記録じゃなくて、
人に宛てた未送信の下書き。
“遠くから見てるだけ。
君の世界は君のものだから、
踏み込んでいいのか分からない。
このメールが君の世界の入口を
ノックする位の距離ならいいんだけど。
駅前のポスターの前で立ち止まる君。
猿が温泉に入ってるやつ。
毎日見てたね。
ゴシックなドレス姿と
猿のポスターが不思議な雰囲気だった。
でも春になって、ポスターが
菜の花と電車になったら君は
立ち止まらなくなった。
あれから君を見かけない。
このメールは届かない。
宛先を知らない。
だけど、君という存在が
僕の世界に立ったことは
残したかった。
ありがとう”
僕はその下書きを閉じる。
「宛先を知ってても、送らない方がいいよ。
なんか…ストーカーっぽいし」
自分に突っ込みながらも、
あの日の景色を鮮やかに思い出す。
宛先を知らないからじゃない。
知っていたとしても、
たぶん送らなかったと思う。
僕は君の世界に入るより、
あの距離で見ていた時間の方が
好きだった。
今日もどこかで、
猿のポスターを見てるかも
しれないあの娘を
心のフォルダにそっとしまった。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
あとがき
パソコンがない時代には、メモ帳やノートに何気ない言葉をよく書いていました。
後から見ると分からないことも多かったのですが、何故か残したかったんです。
今思えば、それは「心の風景」のようなものだったのかもしれませんね。
