名前より先に|風まかせ文芸部
麻田「知ってる?
ものを噛んでるとさ、
頭が働く気がするのよ」
講義の終わりに、こいつは
突然話しかけてきた。
「…噛むと脳への血流が
増えるんだろ」
俺の言葉にこいつは
感心したように目を丸くする。
「そうなんだ…
いや感覚的に思ったからさ。
理由あるんだ」
帰ろうとする俺の前にスッと
パッケージが出される。
麻田「そんでさ、
これがお勧めなんよ」
そこには“ぷるっと感覚ソーダ
グミ”と書かれている。
「…ガムじゃないんだな」
麻田「そう思うでしょ?
食べてみて」
グミなんて、
子どもの頃以来食べてない。
口の中でクニュクニュして、
何かしら果汁が広がって、
飲み込んだ後に甘さがまとわりつく。
とくにいい思い出もない。
「いや、俺は…」
麻田「騙されたと思って?
いや、いっそ騙されて?」
騙されてまで食うものでもないが、
しつこそうなので一粒口に運ぶ。
その一粒はクニュクニュでは
なかった。
ふにっとやわらかく、
口当たりは優しい。
噛んだ中から、“シュワッ”と
小さな泡が弾けた。
食べ終わりに感じる
穏やかな爽快感…。
「…もう一粒もらっていいか?」
麻田「だめ」
その言葉に“お前が勧めてきたんだろ”という気持ちで凝視した。
こいつはニカッと笑う。
麻田「次はこっちもあるから」
差し出されたパッケージには
“噛みごたえ丸わかりハードグミ”と書かれている。
俺は何も言わずに、
それを一つ取った。
さっきのグミよりも
一回り大きく固めだ。
口に入れると、
表面の甘さが口に広がる。
歯を入れると、
それを押し返す強い弾力。
さっきの“ふにっ”とは違う反発に、自然と噛むことへ意識が向く。
無心で噛んでいると、
考えが勝手に浮かんでくる。
気付けば、さっきのグミとの
違いを辿っていた。
「…ハードだな、これ」
麻田「でしょ?」
「まだあるのか?」
気付けば、次のグミを
催促する言葉が出ていた。
麻田は口角を上げて、
強気に笑う。
「…あるよ」
俺は期待に胸を膨らませた。
「…だけど、それはまた明日」
まさかのお預け宣言に、
落胆の色が浮かぶ。
麻田「焦らないで。
明日は“パウダー系”を持ってくるよ」
「食べた瞬間は酸っぱいのに、噛んでる内に甘さが出てきて…パウダーの優しさがミックスされていくんだ」
俺の喉が小さく鳴る。
「一気に食べるより、
分けて食べた方が本当の
“好み”が分かるんだよ」
こいつがリュックを背負う。
「グミって…奥深いんだな」
俺の言葉に、こいつは
嬉しそうに笑う。
麻田「…だよね。
俺、この感動を誰かと
分かち合いたかったんだ」
「お前、名前は?」
「…麻田」
「明日…楽しみにしてる」
麻田は親指を立てて、
講義室から出て行く。
大学2年生にもなって、
初めてグミの進化を知る。
名前よりも先に味覚を通して
築いた交友関係。
翫味のように、
深く味わえる関係だといい。
お読みいただいて、ありがとうございました。
本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
