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赤紙の向こう側──調子にのって続きを書いてみる

人は戦場を変えて、生き延びるだけだ。
──それを僕は知っている。昭和二十年の南方の島で、艦砲射撃をやり過ごしたあの日から。

いや、正確には、あの夢から覚めた日からだ。

現代のオフィスも、突撃命令は声のトーンを変えて届く。
「おめでとう。営業一課に異動だ」

笑顔の上司、泳ぐ目。赤紙ではなく人事辞令。
戦場の形が変わっただけだった。

それから数年、僕はこの新しい戦場で生き延びるために、銃の代わりにボールペンを持ち、塹壕の代わりにデスクに潜った。
日報という弾丸、会議という艦砲射撃、月末の売上集計という毒ガス。

南方の湿地よりも、エアコンの効いた灰色の戦場の方が、息苦しいこともあった。


ある日、クレーム処理で首が痛くなるまで頭を下げた帰り道、コンビニの駐車場に白い軽バンが停まっていた。

運転席には、キャップをかぶった中年男。片手で缶コーヒー、もう片手でカーナビをいじっている。

目が合うと、男は軽く会釈して言った。
「お疲れさん。営業帰り?」

「ええ、まあ……」僕が曖昧に笑うと、男は自分のバンのドアを叩きながら言った。

「俺は軽貨物。稼ぎは上下するけど、上司もいなけりゃ会議もない。
自由に稼いで、自由に詰む」

自由に詰む──それは、サラリーマンの僕にはやけに清々しく聞こえた。


その夜、アパートに帰っても軽バンの後ろ姿が脳裏から離れなかった。
机の上には、出し忘れた書類と冷めたカップ麺。

僕はノートPCを開きwordで、「退職届」と打つ。
理由欄には「一身上の都合」。

この国で最も無難で、最も嘘くさい言葉だ。

PDFデータを添付して送信ボタンを押す直前、指が少し震えた。
それは南方で赤紙を握った時の、あの体の芯が冷える感じと似ていた。


退職金と貯金の半分をはたき、中古のハイゼットを買った。
前オーナーの会社名のカッティングシート跡が、かすかに残っている。

開業届を役所に出し、黒ナンバーを付け、任意保険に加入。
こうして「軽貨物運送業・真田商店」が発足した。

最初の一週間は楽園だった。
朝は渋滞を避け、昼には港の食堂でカツ丼。
納品書にサインをもらうだけで金が発生する。

サラリーマン時代の、意味不明なKPIも、尻の痛くなる会議もない。


だが、楽園はすぐに砂に埋もれた。
待機時間は長く、ガソリン代は容赦なく財布を削る。

コンビニ配送では、停車禁止エリアで駐禁切符。
売上の半分が、たった一枚の紙で消えた。

「自由って、高ぇな……」
港のベンチで缶コーヒーをすすりながら、誰にともなくつぶやく。


そんなある日、ラジオからニュースが流れた。
「政府は今年度内にガソリン暫定税率を廃止する方針を固めました」

その瞬間、倉庫に停まっていたドライバーたちの顔が一斉に明るくなった。
「これで月5千円は浮くな」「いや、もっとだろ。高速も安くしてくれりゃ最高なんだが」

僕も心の中で計算する。
月のガソリン代はざっと4万円。暫定税率がなくなれば、確かに生活は楽になる。

「やっと、この国も庶民に目を向けたか」
……その時は、そう思った。


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