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赤紙の向こう側──金融が労働の成果を吹っ飛ばす話

昼の積み場で、仲間の一人がスマホを見ながら叫んだ。
「金融危機だって!」

僕は荷台に段ボールを抱えたまま、耳をそばだてる。
ニュースアプリの見出しには、国債市場の急落と、それに伴う長期金利の上昇が躍っていた。
「…日本版トラスショックだな」
隣で荷札を貼っていた森田が、ため息と一緒に言う。

2022年、英国で減税政策が市場に拒絶され、首相がわずか49日で辞任に追い込まれた事件。
あれがいま、東京で再現されているというのだ。

スマホの速報は、さらに不穏だった。
「大手生保、国債の含み損拡大で決算下方修正検討」
画面越しでも、数字の赤色がやけに刺さる。

生保は将来の保険金支払いに備えて、超長期の国債を大量に持つ。
低金利時代にはそれが“安全資産”とされていたが、価格が下がれば一転して重しになる。
巨額の含み損を抱えたままでは格付けも揺らぎ、契約者に「大丈夫か」という疑念が広がる。
損切りすれば損失が確定し、それがさらに市場を冷やす。
いったん回り始めた負の歯車は、簡単には止まらない。

夕方、配送途中で立ち寄った電器店のテレビは、選挙特番まがいのニュースを延々と流していた。
「減税か、それとも財政規律か」──キャスターの背後には、街頭演説をする候補者たちの映像が次々と差し込まれる。
駅前でマイクを握る野党党首は「国民の信を問う!」と拳を振り上げ、
そのすぐ後に映るのは、与党内の反主流派議員が同じ言葉を口にしている場面だ。

しかし、選挙の熱狂とは裏腹に、市場は冷酷だった。
長期金利がさらに上がれば、住宅ローンや企業の借入金利も跳ね上がる。
保険会社は予定利率の見直しや保険料の値上げに動き、
「燃料代が安くなった分」を、別の請求書で奪い返すような構図になる。

ハンドルを握りながら、僕は妙な寒気を覚えた。
走れば食える──そう信じていた足場が、足元から静かに崩れていく気配があった。


インタールード③ 銀行とバーゼルの壁

国債価格の下落は、銀行にとっても静かな爆弾だ。
銀行は自己資本比率を一定以上に保つ義務があり、その基準を定めているのが国際ルール──バーゼル規制だ。

国債は「リスクゼロ資産」として計算できるから、地方銀行も含め大量に保有してきた。
だが価格が下がれば評価損が発生し、自己資本比率は目減りする。
比率が基準を割り込みそうになれば、融資を絞るか、保有資産を売って穴埋めするしかない。

それは、中小企業の運転資金や住宅ローンの審査を一気に厳しくする。
回収を急げば、資金繰りに詰まった企業が倒れ、雇用にも波及する。

数字の世界の出来事が、やがて給料日や家賃の支払いに顔を出す──。
市場の変調は、こうして暮らしの奥へと静かに侵入してくる。


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