赤紙の向こう側──為替が絶叫マシーンのようになる話
選挙が終わった。
結果は、与党が辛くも過半数を維持。金融危機のさなかに政権交代は危険──そう考えた有権者が、土壇場で票を戻したのだろう。出口調査では接戦だった都市部の小選挙区も、深夜には与党の色に塗り替わっていった。
だが、その勝利会見で総理が口にした言葉は、勝ち名乗りではなかった。
「減税法案は、当面見送ります。まずは市場の安定を最優先にします」
会場のフラッシュが一斉に光った。与党の積極財政派は沈黙し、野党も減税論を引っ込め、代わりに危機管理の不手際を責め立てる路線に切り替えている。減税で始まった選挙は、減税を失うための選挙に変わって終わった。
それでも、市場は政治の予定表を待たない。長期金利の上昇はじわりと続き、国債の買い手は減り、為替は不安定な波を描く。
「金融危機」という言葉は、見出しから消えても、背景音のように生活にまとわりついてきた。
昼下がり、軽バンを走らせながら街の中を抜ける。選挙が終わったばかりの商店街はポスターの色だけが鮮やかで、人通りは少ない。カーラジオから流れるニュースは、次期予算編成で財政規律重視に転じると報じている。
減税が消え、歳出抑制が来れば、補助金や公共事業のカットは避けられないだろう。
信号待ちの間、荷室からカタカタと揺れる段ボールの音がする。その中には、燃料代が安くなればもう少し安く届けられるはずの品物が詰まっている。けれど現実には、ガソリンスタンドの値札も、スーパーの総菜も、値段が下がる気配はない。
与党は勝ったかもしれない。だが、僕らの暮らしが勝ったとは到底思えなかった。
ハンドルを握り直し、アクセルを踏む。道路の段差よりも、この国の足元が静かに沈んでいく感覚のほうが、ずっとはっきりと伝わってきた。
インタールード④ 円の振り子
金融危機の中で日銀が公定歩合を上げれば、円は買われる。だが、上げれば景気は冷え込み、国債市場もさらに揺れる。だから上げられない──それが投機筋の読みだ。
低金利のままなら、円を借りて外貨で運用する「円キャリー取引」が活発になる。海外市場へ資本が流れ出し、円はじわじわ安くなる。
ところが、何かの拍子にリスクが高まれば、投資家はポジションを一斉に閉じる。借りた円を返すために円を買い戻す。その瞬間、今度は円が急騰する。
円安と円高、振り子のような動きは投機筋にとってはゲームだが、輸入価格や輸出契約、海外旅行や留学費用まで、僕らの生活を直撃する。
為替市場は、政治のスローガンより速く、そして容赦なく動く。
