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哲学=ただの生き様。追求した先に待っていたのは、まさかの「ドM」だった(笑)

「哲学」ってなんだろう


会社を経営し、仕事を長く続けていると、
次々と襲ってくる業務、トラブル、出来事への対処。
その時々に、合理的かつベストな方法で処理し続ける。
いちいち考える事もない。

けれど、そうやって駆け抜けてきた日々を
後でふと振り返ってみたとき。
自分が知らない自分の気持ちに気づくことがある。
バラバラだったはずの判断のひとつひとつに、
一貫した共通点が見えてくる。

それが、自分の中で徐々に確立されていった
「哲学」の正体なんだと思う。

哲学って言うと、小難しい話を想像しがちだけど。
なんてことはない、ただの「生き様」

これだけ長く仕事をして、代表をやって、
もう50過ぎ。 そりゃ、なんか哲学じみたものがあって当然。

それっぽいことを本で読んだり、
ウェブで知識を得たりしても、全く意味はない
借り物の哲学、偉い人の賢っぽい自己啓発とかも
実際なんの役にも立たない。

そんなものは、ちょっと頭の隅に置いておく程度でいい。
他人の言葉なんて、その程度のもの

僕の言葉だって聞かなくていい。
「こんな奴がいるんだな」と思えばいい。
ただ、何か共感したり、共有する心みたいなものが
少しでも揺れてくれたら、それでいい。

なんなら、揺れなくてもいい。

自分の哲学は、自分で作らなきゃ。

どんな小さなことでも、たとえそれが失敗だったとしても。
それさえ持っていれば、すべてが無駄になることはない。

逆に言えば、哲学がないということは、
そこに「魂」がないって事。
魂のない仕事、文章、音楽……

そんなものに、一切の価値はない

自分自身、もっと早くこのことに気づけていたら、
今はまた違った景色になっていたかもしれないな。

でも、そんな風に物事を見られるようになると、
今まで「嫌だ」と思っていたことが、
不思議と「好き」に変わる瞬間がある。
それもまた、人間的な成長なんだろうね。

最近なんて、奥さんに怒られることさえ快感になりつつある
 まだまだ成長を続けるオッサンです。

イヤイヤ。 これじゃただのドMやん(笑)。


次回、守りだけじゃ死ぬ。本業とはトコトン「真逆」の賭けに出た、運命の一歩目


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