「楽そうな仕事でいいな」と言われた主婦編集者の逆襲。
いつもと変わらない夜のはずだった。
なにがきっかけだったかは思い出せない。
当時中1だった娘と寝る前に布団の中で雑談をしていた。
そのとき娘が「ママはさぁ、楽そうな仕事でいいな」と急に言ったのだ。
それはあまりにも想定していなかった言葉で、面食らった。
私はかなりの小心者、かつ、病的に恥をかきたくない思いが強いため、「こんなことを言われたら、こう返そう」というシミュレーションを日々欠かさない、INFJ代表みたいなところがある。
「ご主人、何してる人?」
「ちょっと太った?」
という、あるあるシチュエーションから
「首、短いうえに太くない?」
「笑い方が、うちのお父さんにそっくり」
みたいな、人生でギリギリ1回言われそうなことについてまで、事細かに返事を用意してある。病的ではない。残念ながら完全に病気である。
その私が、だ。うまく返すことができなかった。
「えー、そう見える? けっこう大変なんだよ〜」
平然を装ってそんなふうに答えたが、その夜はなかなか眠りにつけなかった。自分がこれまでやってきたことが完全に裏目に出ていたことがわかり、動揺してしまったからである。
どういうことかを説明するには、私の経歴が少々必要かもしれない。
私は昨年、十数年離れていた書籍編集職に戻ってきた。そのとき、だれにも言わず心に誓っていたことがある。
「仕事は子どものいない時間に終わらせ、家族の時間を犠牲にしない」
タイプにもよるが書籍編集者は、私生活と仕事がシームレスになる人が多い。家で仕事をしようと思えば、どれだけでもできるのがこの職業の良さであり、キツさでもある。
私が会社に行くのは月に1、2回で、基本的に在宅ワークだ。社員ではなく、サンクチュアリ出版専属のフリー編集者ということもあり、かなり自由のきく働き方をしている。
朝晩は子どもらに合わせた動きになるが、それ以外は何時から仕事しようが、昼寝しようが、ママ友と1日中しゃべってようが誰にも咎められることはない。決められた期日までに本を出すことさえできれば、それでOK。復職して1作目。私の1日は大雑把にこんな感じだった。
6:20 起床
8:00 子どもらと夫が出払う
※子どもらの朝食を用意する以外の家事はしない
※だいたいコーヒーを飲みながら夫とダラダラしゃべっている
8:00〜9:30 夕飯の下ごしらえ、掃除などの家事
9:30〜16:00 休憩入れつつ仕事
16:00〜18:00 娘が帰宅し雑談。夕寝
18:00〜21:00 夕飯、風呂、子どもの塾の宿題を一緒にやる
21:00〜22:30 ダラダラ携帯、読書、洗濯
22:30 子ども就寝
23:00〜25:30 仕事
26:00 就寝
おわかりいただけただろうか。(急なオカルト演出)
子どもの立場で私の行動を見てほしい。
1分たりとも仕事をしていない。
それどころか、ダラダラしている時間が大半を占めていて、しっかり夕寝までカマしているのである。
これはもちろん私の誓いに沿ったスケジュールだ。
子どもがいない時間帯や、寝ている間に仕事をやる。家では仕事の話はしない。復職したからといって家のことをおろそかにしたくないし、子どもにさみしさを感じてほしくない。家族には私が専業主婦だった頃と変わらない生活をしてもらいたい。
そんな私の思いがぎゅうぎゅうに詰まったルーティンのはずだった。
しかし、子どもには私の思いはまったく伝わっておらず、「これまでとなんら変わらないダラダラしているママ」、それどころか下手したら「ダラダラしているのに、出所が怪しすぎるお金を持つママ」になっていたのである。
子どもがそう思うのは当然と言えば当然で、中学生が、自分が学校に行っている間や就寝中に母親が仕事をしているなんて想像するのは難しいだろう。大人だって気づかないかもしれない。ちなみに、夜型人間である私は専業主婦の頃から寝るのは26時頃であったため、深夜に仕事をするのはそこまで苦ではない。
ダメだ、これはダメなやつだ。
私の中の宮川大輔が「あかーーーん!」と叫んでいる。
私は子どもに「楽な仕事」と思われるのではなく、「ママってこれまでと変わらない生活を送っているのに、お金を稼いでいるなんてすごい!」と言われる未来を想像していたのだ。
言葉にすると、浅はかすぎてけっこう恥ずかしい!
ちょっと厨二病も入ってる気がするし!
翌日から私はルーティンをガラッと変えた。
目に見えて「ママは仕事をしていてけっこう忙しいアピール」をしだしたのである。
朝はコーヒーを飲み終えたら家事に突入。
これ見よがしに、夕飯の準備をはじめる。
汁物をこさえたり、小麦粉をはたいたり。
もう大はしゃぎである。
包丁のトントンという音がこれまでより大きいのも気のせいではない。
ちょっと小走りだってする。広くはない家の中で何をそんなに急いでるのか自分でもよく分かっていない。
続いて煮物を作っている間にパソコンを開き、難しい顔をしてカタカタとキーボードを打つ。内容はただの会議時間の調整だが、眉間に皺を寄せて困り顔をキメる。本当はぜんぜん困っていない。だってただの日程調整だし。
娘をちらっと見やるが、学校の準備を終えた彼女はショート動画に夢中でぜんぜんこっちを見ていない。
見ろや!!
しっかりママの忙しさを目に焼きつけろや!!
パフォーマンスがすぎるが、負けるわけにはいかない。これは私の戦いであり、孤独な挑戦なのである。
8時になり娘が登校すると、すかさずソファにダイブする。このときの俊敏さは、我ながら目を見張るものがある。そして昼前までひたすらダラダラするか、二度寝する。朝から全力だったので、もうだいぶ疲れてしまっているのだ。48歳の疲れやすさを舐めないでもらいたい。
正午頃からようやく再始動し、夕飯前まで仕事をする。
以前は娘の帰宅する16時を目安にパソコンを閉じていたが、生活を変えてからは娘と雑談を交わしながらも、ダイニングテーブルでそのまま仕事を続ける。合間に家事も終わらせていく。
夕飯や風呂などを済ませた後も同じ。
午前中にダラダラしている時間を集中させたぶん、この時間帯にも仕事をする。娘の反応をうかがいながら。
そんな日がしばらく続いたある日。「ママ、最近忙しそうだね」、娘がそうつぶやいた。このとき、私は一瞬「勝った」と思った。
ようやく娘が私の仕事の大変さに気づいてくれた!
私がどれだけ家族の時間を大切にしてきたかをわかってくれた!
しかしそのあとすぐに、後悔のような、虚しさのような、なんとも言いがたい感情が押し寄せてきた。
……ダサい。私、驚異的にダサくない?
この歳になって家族に「仕事してますアピール」をしているとか、とち狂うにもほどがある。無理。厳しい。はい、解散!
娘のひと言でようやく自分のアホさに気づいた私は、翌日からあまり深く考えずに過ごすようになった。たぶん、私は気張りすぎていたのだ。仕事にも、家族にも。
不自然に仕事を隠す必要はなかったし、もちろん忙しさを前面に押し出す必要はもっともっとなかった。
今、私はそのときの流れに沿うように、仕事をして、家族と過ごしている。
朝からバタバタする日もあれば、夫とダラダラ話す日もある。
娘が帰ってきてパソコンを閉じる日もあれば、そのまま仕事をする日もある。
家族の時間を優先しながら、忙しいときは忙しいと口にしている。
母親であり、編集者でもあるのだから、ありのままの姿を見せれば良かったのだ。
松たか子も昔、そう歌ってたじゃないか。
もしかしたら今、娘にはまた「楽な仕事」だと思われているかもしれない。
でも、きっとそれくらいでちょうどいいのだ。
だから私は学校から帰ってきた娘を横目に、今日もソファでうたた寝をする。
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