「普通」にさせる育児に、降参した私の記録
「学校に行きたくない」
我が子がそう主張したら、
あなたはどうしますか。
しばらく学校を休ませて、様子を見ますか?
「行きたくなくても、みんな頑張って行ってるんだよ」
と諭して、なんとか学校に行かせますか?
あるいは、毎朝学校の前まで見送って、
頑張る子どもを応援しますか?
私の息子は、
幼稚園の年少だった3歳のときに、
「〇〇(自分)ちゃんは、幼稚園もう卒業する。小学校にもずっと通わない。」
と宣言しました。
その時は、
さすがに本気にはしていませんでした。
けれど実際に、2年後の秋、
「小学校には通わない」という選択を、
親子で話し合って決めることになります。
あの時の宣言は、結果的に現実になりました。
息子は幼稚園の年少の頃から、
猛烈な登園渋りを見せていました。
園では子どもの輪に加わらず、
どんな活動も、はっきりと拒否の姿勢を示していました。
そんなときに、園の先生や専門家から、
よくかけられた言葉があります。
「大丈夫だから、このまま連れてきて」
「お子さんなりに、楽しんでいますよ」
「信じて待っていれば、必ず自分から動き出します」
その言葉を、
私は何度信じようとしたでしょうか。
我が子が元気に登園する姿を夢見ながら、
何度、力ずくで息子を園バスに押し込んだでしょうか。
けれど、信じて待っていても、
息子が友達の輪に入っていくことは
ありませんでした。
嫌がらずに登園するようにも、
なりませんでした。
「普通」にさせようとして、傷つけてきた
なぜだと思いますか?
今振り返ると、
それはとても単純な理由だったように思います。
息子は、同年代の集団の中で、
周りと同じ活動をすることを好まない子だった。
ただ、それだけのことだったのです。
大人だってそうですよね。
会社で多くの人と関わりながら
仕事をすることが好きな人もいれば、
誰にも会わず、
自宅で黙々と仕事をする方が
向いている人もいます。
それなのに、
子どもは、「子どもである」というだけで、
「他の子と同じように、同じことができない」ことが、
まるで発達上の異常であるかのように捉えられたり、
「解決すべき問題」として扱われてしまいます。
そして私自身もまた、
息子が他の子どもたちとは違うことに、
落胆し、悩み続け、
なんとか「普通のルート」に乗せようと
必死になっていました。
・集団に慣れれば、
きっと他の子と同じようにできるはず
・今は嫌でも、将来きっと役に立つはず
・周りと同じようにできた方が、
生きやすいはず
私自身が歩んできた道が正解だと信じて、
息子にも将来「苦労」をさせないようにと、
何度も、何度も、
息子を「普通」に育てようとしては、
結果的に、彼を傷つけてきました。
私は、降参した
どれだけ足掻いても、
息子が「普通」にはならなそうだと気づいたとき、
私は、ようやく降参しました。
そして、
「私が望むような息子」に育てるのではなく、
息子が育ちたがっている方向を、
一緒に見てみようと思ったのです。
大人になってからの失敗は、
取り返せないわけではないけれど、
どうしても痛手が大きいですよね。
でも、まだ幼い息子なら、
どれだけたくさんの失敗をしても、
その全てを糧にして、
成長していけるのではないか。
私は、そう考えるようになりました。
だから、とにかく息子に選ばせ、挑戦させ、
たくさん失敗させてみようと思いました。
「普通」から外れてしまったことを逆手に取って、
「普通」のルートに乗っていてはできない経験を、
意識的に重ねていこうと考えたのです。
「普通」のルートから外れることは、
ただ諦めて楽になる、
ということではありません。
親は常に迷い続ける必要がありますし、
子どもの成長に対して、
責任を引き受ける覚悟も求められます。
親が見守り、応援し続けているからこそ、
子どもは、
自分を信じて進むことができるのだと思います。
自分で決める力は、時間がかかる
これまで迷いながら進んできた中で、
今のところ、私が感じていることがあります。
それは、
自分で決めて進む力は、
一朝一夕では身につかない、ということです。
自分の心の声を聞き、
小さな決断を重ね、
その結果として行動し、
失敗する。
そうした経験を積み重ねる中で、
人は少しずつ、
大きな判断ができるようになっていくのだと思います。
どうか、
「子どもの言っていることだから」と流さずに
お子さんの声に耳を傾けてみてください。
それが、
お子さんが自分で考え始める、
最初の一歩になるかもしれません。
▼この考えに至るまでに、
知育の現場で見てきたことも、
私の判断に大きく影響しています。
▼当時の感情や具体的な出来事は、
こちらに綴っています。
