【旅と海外生活|歴史と文化の話】美しき海の都ヴェネツィア
今回は北イタリアの海の都、ヴェネツィアについて。
ヴェネツィアというのは欧州で最も美しい都市の一つです。
視覚的な美しさだけでそういうのではありません。15世紀のイタリアを研究する筆者にとって、ヴェネツィアとは、「中世世界において、ヨーロッパで最も豊かで、最も先進的で、最も美しい街」なのです。
ヴェネツィアの比類なき美しさは、中世のみならず、近代になってからも、多くの知識人や文人を惹きつけてきました。
代表的なのは、ルソー、プルースト、ニーチェなどです。

私はパリを好んだことはない。ロンドンはそれ以上に好まない。しかしヴェネツィアは、私がいまなお惜しみなく愛している、そしてその思い出が今でも私の心を若返らせる、世界で唯一の都市である。この街のすべてが、そこに住む人々の歓び、その場所の美しさ、そして世界の他のどこにも見られないユニークな佇まいと調和している。


私がヴェネツィアで目にしたものは、かつて私に他のみだらな大都市を思い描き出させたものとは、全く異なっていた。(中略)ヴェネツィアにおいては、日常の生活のさまざまな印象を私たちに与えるという任務そのものが、芸術作品に、すなわち無上の美の事物に委ねられているのである。


私は、ヴェネツィアに代わる言葉をただ一つしか知らない。それは『音楽』だ。(中略)もし私が他の言葉で神秘を、あるいは美を、あるいは魂を表現しようとするなら、私の手は自然と、あの波間に浮かぶ街の影を描き始めてしまう。ヨーロッパのどの街も、私にこれほどの精神の解放を与えてはくれない。
最後に、歴史好きの筆者が、ガイドブックにはあまり載らない、ヴェネツィアのとある名所について、紹介したいと思います。

かつてのヴェネツィア共和国の政庁者、ドゥカーレ宮殿(総督邸)。最高意思決定期間である国会が開催されていた「大評議会の間(Sala del Maggior Consiglio)」。

この画像は天井近くに描かれた壁画です。
ここにはヴェネツィア共和国の歴代ドージェ(総督)の肖像画がずらりと並んでいますが、1箇所だけ肖像画がなく、黒い幕(布)で覆い隠された不気味なスペースが存在します。
ここに描かれるはずだったのは、第55代総督マリーノ・ファリエロ(Marino Faliero, 1274–1355年)です。
彼は1354年に総督に就任しましたが、翌1355年、貴族たちの権力を奪って独裁政権を樹立しようとクーデターを計画しました。しかし計画は事前に露見し、彼は国家反逆罪として斬首刑に処されました。
ヴェネツィア共和国は、彼を歴史から完全に抹消する「記憶の抹消(ダムナティオ・メモリアエ)」という刑罰を科しました。そのため、本来なら彼の肖像画が描かれるべきだった場所を黒い幕で覆い隠し、存在そのものを否定したのです。
ヴェネツィアはかつてSerenissima Repubblica(明朗極まる共和国)と呼ばれる共和政国家でした。優れた政治システムを持ち、ドージェ(総督)という終身の大統領を持ちながら、権力を分散させ、経験ある官僚と元老員たちが合議によって国家の行末を決める、世界でも非常に珍しい政府を持っていました。
ヴェネツィアは一千年以上の歴史を誇りますが、一度も王朝や政治制度を変えることなく、クーデターが起こったのはわずか2回。まさに驚異の共和国でした。
この黒い幕には、金色のラテン文字でこう刻まれています。
"HIC EST LOCUS MARINI FALETRO DECAPITATI PRO CRIMINIBUS"
(日本語訳:ここは、その罪によって斬首されたマリーノ・ファリエロの場所である)
「裏切り者はこうなる」という、他の貴族や後世の総督たちに対する強力な警告(見せしめ)として、この状態で残されました。
※ヴェネツィアの歴史に興味がおありの方は、以下の記事で詳しく扱っておりますのでご一読ください。
