言えなかった言葉
風まかせ文芸部の企画参加作品
まえがき
言葉には、
送られたものと、送られなかったものがある。
未送信のまま残った言葉は、
胸の奥で何度も読み返され、
やがて眠れない夜をつくる。
これは、
言えなかった言葉の話。
言えなった言葉
「お疲れ様、昨日はお世話になりました。」
いつもの、何の意味もない言葉を送信した。
本当は、そんな無難な言葉ではなく、
伝えたい言葉があったはずなのに。
昨日は、会社の飲み会があった。
参加はしたけれど、すぐに帰るつもりだった。
上司が誘わなければ、
二次会に行く気などなかった。
その上司は、仕事もできて、顔もイケメン。
会社ではモテ男の第1位に君臨している。
それなのに、性格はとても優しく、
モテている素振りなど一切見せない。
そのさりげなさが、
女性の心を釘付けにしている。
結婚しているのか、独身なのか。
誰にもわからない。
結婚指輪もしていないし、
そんな雰囲気もない。
二次会について行った私は、
飲めないお酒のせいで気分が悪くなり、
途中で店を出た。
タクシーを呼ぼうと外に出ると、
あのイケメンの上司が
「送るよ」と言った。
とっさに、口が勝手に動いた。
「彼が待っているので、一人で大丈夫です。」
自分でも驚くほど、
自然に嘘をついていた。
「大丈夫だよ。警戒しなくても。
マンションまで送るだけだから。」
そう言うと、
彼はタクシーをつかまえ、
二人で帰ることになった。
マンションの入り口に着くと、
彼は笑って言った。
「それじゃ、彼氏によろしく。」
そう言い残して、
上司はタクシーで帰って行った。
せっかくのチャンスを逃して、
嘘までついてしまった。
「彼氏がいるなんて嘘です。
ずっと前から好きです。」
思わず、LINEを打つ。
けれど、その言葉は
未送信のまま画面に残った。
私はそのまま、
眠れない夜を過ごし、
朝を迎えた。
きっと彼は、
誰にでも優しく、
誰でも送ってくれる、
いい上司なのだろう。
そう思おうとしても、
気持ちとは裏腹に、
晴れない想いだけが
心に残っていた。

あとがき
送らなかった言葉は、
消えたわけではなく、
ただ、胸の中に残る。
言えなかった夜と、
何事もなかったような朝。
未送信のままの言葉は、
今日もどこかで、
誰かの心に残っているのかもしれない。
※この物語はフィクションです。
風まかせ文芸部のお題に書かせて頂きました。
iさん、お題をありがとうございます。
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