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自分への安心感(やまなしダイアローグの会 2025年6月)に参加して考えたこと

 2025年4月、「やまなしダイアローグの会」に参加し、フィンランドでソーシャルワーカーとして働いているchisatoさんのお話を伺いました。 

  今回はその続編で、テーマは「自分への安心感」。前回も最初に、「自分でできるようになろう」というメッセージが示され、「何だ何だ??」となったのでしたが、今回も、「自分への」、「安心感」?、と頭の中が???となったのでした。

▼平和な思考

 今回のテーマの中心となるスライドは以下のようなものでした。

<図1>

 「フィンランドが伝えたい安心」、「静寂の中で見つける平和」、「平和な思考」など、またまた私が今まで使ったことがない言葉が並びます。特に、「平和な思考のプロセスはとても険しい道のりで、自分自身をありのままに見ることができる勇気があるか」と問うています。自分自身をありのままに見ることが「平和な思考」のプロセスなのか…まだよくわからない…

▼感情教育が始まった

 フィンランドの教育省は、感情教育を行うことで社会問題の解決を図ろうと計画し、2014年から学校の保健の授業に感情教育が取り入れられました。教師たちは、「感情をコントロールするのか?」と困惑もあったそうですが、ちゃんとテキストが用意され、教師やchisatoさんのようなサポーターがワークショップに入るそうです。まずは身体が感じる異変に気づくようになること。次に身体の異変と自分の感情をつなぎ合わせることを教えていくのだそうです。

▼自分にとって安心とは何か

 一通りお話を伺ってから3人1組のブレイクアウトルームに分かれました。
 私は「自分にとって安心とは何だろう?」と考え、前の月に終わったばかりの学会で座長をしたことを話しました。自分は決して社交的な人間ではない。でも引き受けた以上は出なければならない。そういったことを語りつつ、結局、自分がどういう人間かを知っていくと、安心感につながるのかもしれない、といった話をしました。

▼自分の感情の中に安心できる場所を作る

 chisatoさんからは、自分の感情の中に安心できる場所を作る、という話が出ました。前回も出ましたが、フィンランドでは「あなたは何者?」と問い続けられる。自分の感覚を話していくことで、ここが地面だ、安心できる場所だと見えてくる。

▼自分を知らないと人の話を聴けないのかも

 こんな対話を続けていくうちに、我々は仕事で傾聴が大事というけれど、そもそも自分が何者であるかということを知らなければ、人の話を「よく聴く」ことはできないのかもしれない、という考えに至りました。支援職が十分に機能するためには、「私って誰?」ということをよく知っていなければならないのかもしれない。そんなことを考えたセミナーでした。chisatoさん、今回もありがとうございました。

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