対話とは何か(4)傾聴と社会的メタ認知(JES通信【vol.207】2026.3.10.ドクター米沢のミニコラムより)
昨秋からこのコラムを中心に考えてきた「対話とは何か」シリーズ、今回はその4です。
前回コラム(JES通信【vol.206】2026.2.10)の最後に、次回は人の話を「よりよく聴く」にはどうすればいいのか考えてみたいと書いたのですが、その前にとても興味深い研究成果が日本の理化学研究所から昨年出されたのでご紹介します。
▼社会的メタ認知と社会的認知
理化学研究所の研究チームは、自分自身の思考を客観的に捉える「メタ認知」を応用して他者の心を推察する「社会的メタ認知」という新たな機能を特定しました。
要点を解説します。
●メタ認知とは
そもそも、メタ認知とは、自分の心の状態を客観的に把握し内省する力です。たとえば部下の不適切な対応を見て、「何やってんだ!」と怒ったとします。その時に、「あ、ちょっと強く言い過ぎたかな」というように、自分の様子を客観的に見る「もう一人の自分」が現れることはありませんか。あたかも「怒っている自分」を自分の外側から見ているようです。このような認知の仕方を「メタ認知」と呼びます。メタ(meta)とは「一段高い視点」という意味です。
●社会的メタ認知とは
一方、社会的メタ認知とは、メタ認知という「自分を客観視する力」を拡張し、「もし自分が相手の立場だったらどう感じるか・考えるか」をシミュレーションして、相手の心の状態を理解しようとする働きを指します。自分自身の心の状態を把握する力を他者に当てはめて、まるで相手の内側に入ったかのように心の状態を推測するわけです。
●社会的認知とは
これに対し社会的認知という概念もあります。何らかの事柄について、過去のデータや経験則といった知識から「きっとこうだろう」と推測することを指します。この機能はヒューリスティック(思考の近道)とも呼ばれます。ヒューリスティックの詳細は過去のコラム(JES通信【vol.144】2022.03.10.)をご覧ください。
これまでの研究では、他者の視点に立つ能力(心の理論)はこの社会的認知によるもので、脳のやや後ろの方にある「側頭頭頂接合部(TPJ)」の働きとされていました。
ところが理化学研究所の実験では、他者の視点に立つ課題に取り組む際、他者の状況が自分で経験したことのある状況だった場合、つまり社会的メタ認知の機能が発揮されているときは、脳のやや前の方にある「47野(前外側前頭葉)」が関与していることが示されたのです。この結果から、私たちが他者の心を推測する際には、知識ベースで判断する社会的認知と、メタ認知ベースで判断する社会的メタ認知の2つを状況に応じて使い分けており、それぞれ脳の別の部位の働きであることがわかりました。
▼認知機能の二重過程理論
この研究成果を見て、私は認知機能の二重過程理論を思い出しました。二重過程理論とはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの著書で有名になったもので、人間の認知プロセスを速い思考と遅い思考の2つに分類するものです。
速い思考は「システム1」と呼ばれ、反射的で迅速、無意識的、自動的、強制的に作動します。日常の簡単な判断や反射的な行動などがこのプロセスです。
一方、遅い思考は「システム2」と呼ばれ、意識的、分析的、論理的に情報を処理し、注意深く判断し、問題解決や複雑な課題に関与します。
つまり前記の社会的認知が速い思考、社会的メタ認知が遅い思考に対応するように感じたのですが、理化学研究所の研究ではそこまで言及しておりませんので判断は控えます。
▼「社会的認知」はどういう判断をするか
難しい話が続いたので、具体的な例を挙げます。
部下が、「最近あまり眠れないんです」とつぶやきました。でもあなたは時間がなく、こんな言葉を返してしまうかもしれません。
→ コーヒー飲みすぎなんじゃない?
→ スマホの見過ぎかな?
→ 運動した方がいいよ
→ 枕を変えてみたら?
→ みんなそんなもんだよ 等々
これらの返答は的外れなものではありませんが、熟慮した返事とは言えません。ヒューリスティックな判断による応答と言えるでしょう。
▼「社会的メタ認知」ではどのように応答するか
落ち着いて対応できる時なら、こんな応答もできるのではないでしょうか。
→ おや、それはつらいね
→ 何か心配事があるのかい?
→ この前のトラブルが頭から離れないのかな?
上司も眠れない経験があったかもしれません。その時の経験や抱いた不安感に思いを重ね、それは大変だ、心配なことがあるのかなと応じています。このように、相手の内側に入ってみたらどう感じるだろうかと考えてみるのが「社会的メタ認知」であり、「47野(前外側前頭葉)」が関与していると考えられるわけです。
▼傾聴には社会的メタ認知が必要
このように人の話を「よりよく聴く」、つまり傾聴には、社会的メタ認知を働かせる必要があるのではないでしょうか。我々は普段、ほぼヒューリスティックな判断で動き、うまくいっているけれど、人の話を傾聴するためには、社会的メタ認知に切り替える必要があるのだと思うのです。カイ・アルハネン氏が「対話のためのガイドライン」(JES通信【vol.206】2026.2.10)で「聴く Listen」をトップに持ってきているのは、「社会的メタ認知を活かせ」と言われているように感じます。
次回は対話において「社会的メタ認知」を活性化させる方法を考えます。
