自死問題への取り組み - 実践編 その1(埼玉いのちの電話研修講師)
▼自死予防 実践編のリクエスト
1991年から社会福祉法人埼玉いのちの電話の電話相談員の基礎研修で、毎年秋に自死の講義を担当しています。2025年度も11月に講義を行ったのですが、事務局から、継続研修の一環として今年度もう一度、自死講義をお願いできないか、という打診がありました。
いのちの電話では相談員になってからも継続的な研修が組まれています。その姿勢には本当に頭が下がります。私でお手伝いできるなら、とお引き受けしました。基礎研修とまったく同じ内容でいいですか?それとも上級編の話を足しますか?とお尋ねしたところ、事務局から以下のようなリクエストをもらいました。
・いのちの電話相談の難しさは「一回性」であり、その短い時間の中で安心して話していただける関係作りについて
・リストカットの対応について「冷静な外科医」的な対応をするという話があったが、その辺りの話について
・実行中(オーバードーズ、首にロープを巻いたなど)の方に対する対応の仕方など
▼村松英之先生の本を紹介しよう!
このコメントを拝見し、あの本が必要だ!と閃きました。こちらです。

2024年に出版された時から気になっていた本だったので早速取り寄せました。読み進めると、「すごい!!」と唸ってしまいました。著者である村松英之先生がこの問題に関わるようになった経緯とその思いをそのまま転載します(本書p.3-4)。
・もとは、怪我ややけどの傷跡に悩む患者さんを中心に診ていたのですが、クリニック名に「きずあと」というキーワードが入っていたことから、全国から自傷行為の傷跡に悩む患者さんが、私のクリニックに相談しに来てくれるようになりました。
・予想を超える数の自傷痕で悩む患者さんから相談を受けるようになり、最初は私にもとまどいがありました。
・自傷痕の治療を引き受けようと腰を据えた私は、まず傷跡を丁寧に診ることから始めました。
・自傷行為が続いている患者さんが応急処置を求めてきた際は「よく来てくれましたね」と伝え、切ったばかりの傷をしっかり縫合する。傷をただ縫ってとじるのではなく、ひきつれがなくきれいに治るように縫い、体をいたわることの心地よさを少しでも感じられるようにしました。
ここまで言えるなんてすごくないですか。この本は村松先生が立ち上げた、日本自傷リストカット支援協会に参加している当事者たちに、村松先生がインタビューしてまとめたものだそうです。1,000人以上の自傷患者に向き合った臨床家が、彼らの声に謙虚に耳を傾け、その本質に迫ろうとする。そして、未だかつてないほど、事の本質に迫っている。不遜な言い方になってしまうかもしれないのですが、私はこんな素晴らしい臨床家・実践家である村松先生を、医師として誇りに感じました。これは絶対相談員の役に立つと確信。本のエッセンスを少しでも伝えたい!と思い、以下のような構成で講義資料を作成しました。

▼自分を傷つけることで生きてきた
村松先生はたくさんの患者の話に耳を傾ける中で、以下のことに気づいたと書かれています。
・自傷行為は誰かに構ってほしいというアピール目的ではなく、行き場のない怒りや悲しみ、ストレスの解消法として行っている人が多いこと。
・患者さんは切っている最中も乗り越えた後も、深い罪悪感や恥の意識に悩まされていること。
・10代だけでなく、もっとその先の年代でも隠れて続けている人がいること。または大人になってから自傷行為を始めた人も少なくないこと。
・そして、自傷行為に寄り添えるサポート機関がまだまだ足りないこと。
そして第1章「自分を傷つけることで生きてきた」の中で、自傷患者の心理状態を詳細に解き明かします。以下が主な項目です。
1.痛みによる過集中 - 痛みが気持ちを楽にしてくれた
2.モヤモヤ - 心のなかにある「名前のつかない感情」
3.人に迷惑をかけたくない
4.痛みへの慣れ
5.体を傷つけることで痛みが和らぐ
6.心の痛みは見えない、体の傷は見える - 心の痛みと体の痛みの一致
7.痛みは自己感覚を取り戻すブレーキ
8.自己否定感の裏にある「生きづらさ」
1の「痛みによる過集中 - 痛みが気持ちを楽にしてくれた」について、村松先生の記述をたどってみます。
いまでもよく覚えているのは、患者さんのそのときの表情です。体の神経が露出するほどの深い傷を負い、血が止まらない状態にもかかわらず、患者さんはどこかぼうっとしたような、または平然とした表情を浮かべていることが多かったのです。(中略)何かをやり切った後のようなスッキリした様子で横たわっていました。
これについてある患者さんは次のように述べています。
「手首を切ってジンジンした痛みが出てくると、不思議と注意がそっちに向かったんです。それまでは頭のなかで『なんで』『どうして?』『ひとりにしないで』『ひどい』って言葉が渦巻いていて、胸が苦しかったのに、切ったらそれを感じなくなった。あれ、何か気持ちが楽になってるって、そのとき感じたんです」
つまり強い痛みによって他のことに注意が向かなくなる、過集中が起こるわけです。たとえば、家の中を裸足で歩いていて柱に足の指をぶつけたってこと、ないでしょうか。あれ、めちゃくちゃ痛いですよね。それまで考えていたことなんか、どこかに吹っ飛んでしまいます。それに似ていると言ったら少し理解できるでしょうか。
精神科医として、数えきれないくらい、自傷行為の患者さんの診察をしてきました。けれどそれは「既往歴」であって、治療が始まってから自傷をしてしまったという話題が出た記憶は、たぶんありません。回復過程には波がありますが、「波の底」にあっても、自傷するのではなく、話に来てくれていたのだと思います。傷そのものの話をすることはほとんどないのです。
なので、村松先生の解説を読み、そうだろうなあとは思っていたものの、ここまで深く分析してくださったことに感謝の念しかありません。自傷行為理解のための新しい地平を開いたと言っていいのではないでしょうか。自傷行為だけではく自死全般に関心のある方は、ぜひこの本を手に取ってみてください。
次号その2では、引き続き村松先生の本から、傷と“ほどほどに”付き合う方法、支援者のための「しないことリスト」を紹介し、“実行中”の電話が入ったらどうするか、私なりの考えを述べます。
