【日本が貧しくなった本当の理由】第54章:「残されたもの」
第54章:「残されたもの」
親が、いなくなった。
子どもの頃から、ずっと一緒だった。
叱られた日も。
笑った日も。
黙って背中を見ていた日も。
通夜の夜。
焼香の匂い。
慌ただしい足音。
親戚の声。
現実が、追いつかない。
心はまだ、
あの台所にいる。
「ごはんできたよ」
そんな声が、聞こえそうで。
恩返しは、できただろうか。
あの時、もっと優しくできたんじゃないか。
電話、もっとかければよかった。
小さな後悔が、胸の奥でチクりとする。
両親が、頑張ってくれた証。
節約して。
働いて。
積み上げて。
私のために、残してくれたもの。
それは、愛の形だった。
まだ、心の整理もつかない。
部屋には、親の匂いが残っている。
写真を見れば、涙がにじむ。
そんなとき。
数字が、届く。
相続税。
何も、こんなタイミングで。
と、思ってしまう。
理屈は、わかる。
資産には税がかかる。
制度として必要だと、説明もある。
でも。
これは、投資の利益じゃない。
これは、遺産というより、
親の時間だ。
親の人生だ。
私を育ててくれた、何十年だ。
悲しみの最中に、
計算が始まる。
申告期限。
評価額。
控除。
分割。
涙のあとに、電卓。
あなたは悪くない。
親不孝でもない。
十分に、愛していた。
十分に、支えられていた。
それでも。
愛の形に、数字がつくとき。
少しだけ、胸がうるっとする。
親はきっと、
「気にするな」と言うだろう。
「ちゃんと生きなさい」と言うだろう。
でも。
それでも。
残されたものを見つめながら、
静かに、涙がにじむ。
人生は、受け継がれる。
思い出も、言葉も、ぬくもりも。
数字では測れないものが、たくさんある。
それだけは、
削られないでいてほしいと、願う。
