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いつか行きたい宇宙旅行|近所の探求と価値観の変容

少しずつ「宇宙旅行」という言葉を目にすることが増えてきた気がする。大抵がイーロンマスクのSpaceXのニュースだと思っていたら、ジェフベゾスのブルーオリジンも起業家を乗せて宇宙旅行に飛び立ち、無事に帰還したらしい。日本でそれほど話題になっていないけれど、それだけよくあるニュースになりつつあるのかもしれない。

そう言えば、と思って調べてみたけれど、前澤さんの宇宙旅行計画「DearMoon」は2024年末に中止になっていたらしい。やはりそう簡単なことではないのだな、とあらためて思う。

前澤さんの宇宙旅行に世間が沸き立っていた頃、テレビでは「宇宙旅行に行きたいか」といったトピックで誰もが賑わっていた。「行きたい」という人もいれば「怖い」という人もおり、「興味がない」という人も多かったように記憶している。

僕は宇宙旅行に対して「宇宙には行きたいけれど地球にも行きたいところが多いのでまずは地球」といった考え方を持っていた。実はまだ沖縄にすら行ったことがない。沖縄をすっ飛ばして宇宙に行くのは、何か順序を間違えている気がしていたのだ。

また、当時よく観ていた「ブラタモリ」の影響も大きい。タモリさんの様な博学でユーモアを持ち合わせた人の旅は発見の連続で飽きることがない。

無知の状態で月に旅行に行くよりも、ブラタモリを観て学んだうえで箱根に旅行に行った方が楽しいのではないか、そんなことを考えていたのである。

ただ、最近はもし宇宙旅行をする機会があったら、できる限り行ってみたいと思うように気持ちが変わってきた。もちろん、国内国外問わず地球上の旅行への欲が消えたわけではないが、死ぬまでに宇宙に行ってみたいと思ってきている。

それは何故かと言うと、世界史の本を読んで歴史に思いを馳せていた時、ひとつ気づいたことがある。それがきっかけで宇宙に行くことに興味が出てきた。

1492年、コロンブスが新大陸を発見したことで、旧大陸ヨーロッパの人々にとって新しい広大な世界が拓かれた。新大陸には先住民が住んでおり、旧大陸にはなかった食料も数多く発見される。

そして多くのヨーロッパ人が新大陸に入植し、アメリカという国が建国されてヨーロッパとは異なる世界が築き上げられていった。この新大陸発見によって、ヨーロッパ人の価値観が決定的に変化したのは想像に難くない。

今までヨーロッパでは当たり前だったことも、新大陸という比較対象が急に現れたことで自分たちの価値観が絶対的に正しいと言えなくなったのである。新大陸発見の最大の価値はここにあるかもしれないと思ったのだ。

そう考えると、宇宙に行くことによって、地球人として持っている価値観が覆される可能性は高いと思う。現に多くのSF小説ではその様なファーストコンタクトものが描かれているのだし、現実もきっとそうなるだろう。

人生において価値観を変容させることは大切なことだと思う。旧態依然の考え方のまま窮屈に人生を終えるのは誰だって嫌だろう。

だから、死ぬまでに一度くらいは宇宙に行っておきたい。そんなことをようやく思えるようになった。

それまでにしておくべきことは、たくさんSFを読んでおくことなのか、金を貯めておくことなのか、いずれにしてもどちらも準備しておこうと思う。

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