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自分はだらしない前提に立つとうまくいく

とある事情があり、スマホ依存になっている高校生の相談に乗ることになった。その高校生は来年の受験を控える2年生だが、勉強をしようと思ってもスマホを見てしまい気づけば時間が過ぎてしまうのだという。

大人でもスマホ依存に陥っているくらいだから、高校生にとってはとてつもない依存先になってしまうことが簡単に想像できた。

相談に乗った時にスマホの使用時間の記録を2週間分教えてもらったところ、平均して1日に6~7時間利用していたようで、内訳で最も使用時間が長かったのはYoutubeだった。6~7時間はさすがに重症だと思ったが、現代の社会課題と言ってもいいくらいの問題なので、その子を責めることなどできない。テック企業の戦略が凄すぎるだけだ。

そもそも勉強をする時にスマホの電源を切ってしまったり、制限するための禁欲ボックスを買ってみたり、一般的なアドバイスをしつつ一緒に対策を考えてみたが、妙案は思いつかず、ひとまず1カ月後にもう一度利用時間を報告してもらうことを宿題とし、一種の緊張感が制限への役に立てばくらいに思いその日の話は終えることとした。

そして1カ月後、1か月間の記録を見せてもらうことにしたが、改善の余地はなかった。初めの1~2週間は利用時間が5時間前後にまで減少していたが、その後はまた7時間前後にまで元に戻ってしまっていた。

若者の1か月間の意志の力はテック企業が提供するデバイスとコンテンツに対して完全敗北を遂げることとなったのである。僕としても残念な気持ちになったが、しょうがないことだと思う。

この事実から学ぶべきことは、「頑張っても無理」なことがあるということだと思う。だったら、他の方針で考えていくしかない。

僕はいつも「自分はだらしない人間である」という前提に立って物事を考えるようにしている。それを若者に対していきなり助言するようなことはしなかったけれど、1カ月間がんばってスマホを我慢した結果、成果がなかった事実を前にして、ようやくその助言をしてみることにした。

「自分はだらしない人間である」という前提に立つことができれば、無理な努力を続けてしまうのではなく、だらしない自分がどうすればスマホを辞めることができるか、という視点に立つことができる。これでようやくスタート地点に立てるようなものだと思ってもいい。

僕がよく実践するのが、何かを辞めるときは他の何かにハマるというものだ。

酒を辞めようとする時、意志の力で辞めることは難しいのでジョギングに出かけ、戻ってきたら筋トレもしてプロテインを飲む。そうすると身体が鍛えられた実感と自己肯定感が高まり、翌日に酒を飲みたくなったとしても昨日努力して鍛えた体が元に戻ってしまう喪失感に見舞われるようになる。

すると今度はジョギングと筋トレをしてプロテインを飲まない生活をせずにはいられなくなる。アルコールに依存していた身体が、今度は運動や健康に依存しはじめるのだ。つまり依存先を変えているだけなのである。

この理論に基づけば、依存先をスマホではなく書籍にすることもできるし、漫画にすることもできる。それが勉強になれば高校生にとっては最も良いだろう。

もちろん、依存先を変更する初めの一歩を踏み出す意志の力は必要になるし、元に戻ってしまう可能性もあるけれど、意志の力だけで自分の行動を変えようと思うよりはずっと進歩があるはずだ。

世の中に出回っている情報は、強い意志を持って何かを成し遂げた人の成功体験で溢れている。でも、大抵の人間はそんな意志を持ち合わせていない。

だったら「自分はだらしない人間である」という前提に立って、そんな自分を変えていける工夫を探す方が賢明だと思う。心のどこかで「自分はだらしない」と思っている人がいたら、参考にしてみてほしい。

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