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なぜ働きすぎたり、手を抜いたりするのか|ハッスルカルチャーと静かな退職のループ

中間管理職になってから若い人たちの仕事への価値観に触れる様になり、いろいろと調べていたら「静かな退職」や「ハッスルカルチャー」といった言葉がたくさん出てきたので、簡単に調べながら色々と考えていた。

「静かな退職」とはアメリカで話題になった働き方で、必要最低限な仕事だけをこなしながら熱量を持たずに働くことを意味する。出世も望まず、会議でも発言はせず、残業もしなければ飲み会にも参加しない。2024年にマイナビが行った調査では44.5%が「静かな退職」を実践しているらしい。

その対極にあるのが「ハッスルカルチャー」という考え方で、仕事に対して常に全力で取り組み、それを人生の最優先事項と考える文化を指す。ハードワークを美徳と捉え、仕事の成果や達成感によって高揚感や幸福感を感じる。ワークライフバランスは欠如しており、要するに「仕事人間」だ。

ハッスルカルチャーの代表格となるのは、わかりやすい例はイーロン・マスクだと思う。彼はトラブルが発生したらそれを解決したい衝動に駆られ、リスキーな環境でハードワークを実践することでアドレナリンが分泌するタイプの人間だ。

伝記では、仕事を休み休暇に出かけた話があるが、休暇先でマラリアに罹ってしまった経験から「休んだら死ぬ」と気づいたエピソードが書かれていた。こういう人もいることは知っておいた方がいい。

また、宗教観も大きく影響しているはずで、キリスト教のプロテスタントの中には仕事と倹約こそが神への奉仕だといった宗教観を持っている人もいる。源流は宗派でいうカルヴァン派で彼らがピューリタンとしてアメリカ大陸へ向かった。その辺りの歴史と社会分析は、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が有名である。

一方で世の中の進歩に反対する人も多い。僕は積読状態でまだ読んでいないがラファルグの『怠ける権利』なんて本もある。あのバードランドラッセルも『怠惰への賛歌』という本を出している。

自分の仕事歴とこれら社会の背景を時系列で整理して考えてみたら、こういった価値観は時代に応じて現れたり立ち消えたりしていることに気づいた。

おそらく「静かな退職」の背景には「ハッスルカルチャー」があり、「静かな退職」のようなワークライフバランス文化が台頭すると、再びハッスルカルチャーが巻き起こるような時代が繰り返されている感じがする。

僕が20代でまだまだ仕事のことなどわからなかった2010年代前半から後半は、ワークライフバランスはあまり重視されておらず「ブラック企業」という言葉が流行していたくらいだった。

しかし、過労死や自殺が報道されるようになり、安倍政権による働き方改革が実践され、ワークライフバランスが重視され、残業もあまりされないようになった。

そして近年はそんなワークライフバランス重視の働き方が「静かな退職」と少し揶揄される様に叫ばれるようになり、ハッスルカルチャーが台頭してきている感もある。属する会社によると思うが、僕の周りは仕事を優先している人が多く、一方でネット上やSNSではFIRE(経済的自立による早期リタイア)やセミリタイヤをして仕事をしない生き方への渇望が見られる。結局のところ、みんなどうしたいんだろうか…?

カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』でこんなことを書いている。

歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。

日本も近いうちに、経済がうまく行かないまま成長を強い続ける風潮が高まっていく可能性は高い。そのうちまたブラック企業や過労死が話題になるだろう。

一生懸命働くことも、ワークライフバランスを重視する生き方も、どちらも大切な考え方だと思うが、結局のところ悲劇と喜劇を繰り返し続けるだけなのかもしれない。

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