義理の母すらネタにする|辛い出来事の昇華
まずタイトルについて断っておくと、僕は独身なので義理の母などいない。これから紹介する音楽に関するものなので、ひとまず棚に上げておいていただきたい。
僕は小さな会社に勤めているが、ここ数年で成長期を迎えることができて、変化が激しい環境にある。突発的な対応もあれば長時間労働も発生し、退職代行による若者の退職ラッシュなどもある。
だからどんどんと社員が辞めていってしまい、気づいたら僕が最年長になってしまった。多くの同僚や後輩たちに「よくそんなにもちますね」と言われる。トラブルや退職が多いと仕事はしんどい、そんななかよく続けられるなということだろう。
これについて、僕ももちろん辛いとは思っていたが、人が辞めていったりトラブルが起こったりしている状況を心のどこかで冷めた目で見つめつつ、頭のなかで笑いに変えているケースが多い。
退職を希望した若手女性社員の相談の時も、彼女は週が明けるごとに言う事が変わっていた。きっとパートナーや家庭と仕事について話したことで、その影響が出ているんだろうということがわかる。
退職代行サービス「モームリ」から電話が来た時も、「モームリ」の人たちは自分が会社を辞める時はどうするんだろうか、とか、この人たちの会社の飲み会はどういう飲み会なんだろうか、とか、いらぬ妄想をしながら過ごしていた。
要は深刻な問題も脳内でどーでもいいことに変換して、メンタル的なガス抜きをしているのである。そして大変なことにこそ、シュールな笑いに変えられる要素が多い気がする。
R&BシンガーであるErnie K Doeが1961年にリリースした『Mother in low』という曲がある。lowは法律を指す、つまり『Mother in low』は『義理の母』という意味の曲だ。
歌い出しの歌詞が「The worst person I know(私が知り得る最悪の人物)」である。これは凄いインパクトの曲だ。
聖書文化圏ではタブーな比喩も出てくるし、結局のところ「放っておいてくれたら…」といった本音のメッセージで終わる。当時のアメリカだったら確実に物議を醸す歌詞だったが、曲調がノリノリであるがゆえに笑って許されてしまう側面を持ち合わせている。
「家庭内抑圧」という普遍的なテーマを笑いの盾に隠してぶつけた抗議の歌と捉えることもできる。
当時の黒人達は信じられないくらい辛い境遇にいたから、苦しみを芸に変える術を全員が持ち合わせていた。だから彼らは逞しいのである。
今の日本も解決できない課題がたくさんあるし、辛いこともたくさん起こっている。解決しようと努力することも良いが、まずは笑いに変えてじっと耐え忍ぶことも大切だと思う。
仕事でも家庭でも、辛いことが起こった人にはぜひ一度聞いてみてもらいたい。軽妙なリズムが気を楽にさせてくれる、そして、そうしているうちに課題は時間が解決してくれることが多い。
