DIE WITH ZEROと質素倹約な長期投資|金を貯めたその先が虚無
今はもう会社を辞めてしまった後輩と食事に行く機会があり、名古屋の居酒屋で味噌カツやどて煮、味噌おでんを食べて味噌まみれになりながら、仕事や生活について語りあっていた。
彼は30歳になったばかりで現在は独立して働いている。収入はいくらか上がったらしく、会社員としての安定はないながらも自立した生活様式に充実している様子だった。
話題は仕事や収入、恋愛や結婚に及んだが、そのなかで避けて通れない貯金の話となっていく。
彼は20代の頃、稼いだ金は趣味に使ってしまうタイプだったらしく、会社員を辞めるあたりからようやく貯金を始めたらしい。特に使うあてがあるわけでもなく、とにかく100万円貯めてみることで自分がその金を何に使いたいかが見えてくるかもしれない、と思っていたそうだ。
そして一定期間に渡って倹約生活を続けたところ、実際に100万近く貯めることができたという。立派なものだと思う。
しかし彼は実際に目標金額まで金を貯めてみたにも関わらず、その先に感じたものが「虚無感」だったという。何に使いたいわけでもなく、ただただ100万という数字が積み重なっただけな感覚を覚えたらしい。
そこから金の使い道を聞かれたりもしたが、僕も倹約と蓄財が好きなので本と交通費と飲食にしか金は使わず残りは全て貯めていると答えたところ「虚無にならないっすか?」と問われた。
そう言えば最近『DIE WITH ZERO』という本が売れていたことを思い出した。金は有意義なものに使ってこそ価値があるという考え方は多くの人が共感できるんだろう。
僕はこの本を読んでいないが(読むことで影響され浪費してしまうのが嫌だからだ)、色々な書評を読む限りは概ね納得できる。著者が提唱する「ゼロで死ぬ」という考え方は「一度しかない人生をムダにせず充実させたい」という思いから生まれたもので、若い頃に上司から「若さを犠牲にして金をためる必要はない」と諭されたことがきっかけになったらしい。
死ぬ時に資産だけが残り、思い出が陳腐なものばかりだったとしたら、さぞかし空しい人生の末路だろう。だからお金は貯めるよりも価値ある思い出を残すべく、使ったほうがいいのかもしれない。
本書はnoteをはじめとしたネット上の様々な媒体で目にする。書店にも平積みで置かれており、売れ行きもいいのではないか。そうなると、言葉がひとり歩きして「浪費の礼賛」のように捉えている人も出てくる可能性があるため、その点は気を付けた方がいい。
一方で、金を貯めることで人生を最大限に充実させている人も存在する。ここでは、投資の神様であるウォーレン・バフェットを例に出してみよう。
2017年に『Becoming, Warren Buffett』というドキュメンタリー映画が制作された。本人や身近な人物もインタビューに答えている貴重な映像ばかりで、彼らの豊かな価値観に触れることができる面白い作品だ。
ウォーレン・バフェットは投資の神様と呼ばれる伝説の投資家であり、超富裕層でありながらも質素倹約な暮らしを続けることで知られる。バフェットの資産額は、Bloombergによると、2025年5月現在で1670億ドル(約24兆3500億円)もある。
この映画のなかで、複利の力を最大限活用した投資によって、資産を莫大なものとしたバフェットが、その財産の大半を慈善事業に寄付をするシーンがある。バフェットは稼いだ金のほとんどは世の中のために使い、自分で使うのは1%未満だと語っていた。
寄付をする決断をしたバフェットの表情は幸せそうに見えた。こういった賢者の有意義な金の使い方を見ると、金を貯めたその先が「虚無」だなんてことは決してないんだと再認識することができる。
将来への不安だけを原動力にして銀行口座に現金を放置し、若さを犠牲にした生き方は確かに愚かなものだと思う。しかし、時間の力を最大限に活用した運用を、質素倹約な暮らしとともに実践し、いつか豊かさを手にすることができたとしたら、虚無感ではなく充実感を感じることができるんじゃないか。
