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世界は「例え」という魔法でできている

先日、とある本を読んだ。感想があふれて書ききれなかったので、続編のような形で第二弾を書いてみることにした。

『さみしい夜にはペンを持て』古賀史健

大変感銘を受けたので、読んでいる途中で夫にも勧めたら夫も止まらなくなって、奪い合いながら読んだくらいだ。

夕食を終え、洗い物をしながら感想を言い合っていたところ、この本でも書かれていた「例えること」の効果の話になった。

文章でも会話でも、例えが上手いと面白い。例えって難しいけど、練習すれば上手くなりそうだよね。そんな話だった。

私「じゃあさ、普段から不意打ちで例える訓練してみようよ。」
夫「いいね!脳トレにもなる」
私「じゃあ『例えること』ってどれくらい難しい?例えてみよう」
早速練習する私達。

10秒ほどの無言。

私「…スリーポイントシュートくらい難しい。
良い例えが言えた時は、ボールがスポッと入った時みたいに気持ちいいんだろうけど、簡単ではない」

夫「なるほどー!うまいなあ。俺は、全然違う方向で考えてたわ。『10キロ先の目的地まで歩いていくくらい難しい』って思った。必ず着きはするんだけど、意外と遠い、みたいな」

私「いや、そのニュアンスも分かるよ!例えって個性出るね。ただ単に『難しい』で片付けるよりイメージしやすくなる」


例えるって楽しいじゃないか。
そんな会話をしていたら、世の中で多くの人の支持を得ているものって、全部「例え上手」なことに気が付いた。

例えば人気YouTuber。中田敦彦もマコなり社長も、例えが豊富で上手だから説明がスッと入る。塾の先生のように分かりやすい。


私が心惹かれる歌や、ヒット曲の歌詞も、例えが多いことに気づく。

麦わらの帽子の君が
揺れたマリーゴールドに似てる

『マリーゴールド』あいみょん


忘れられないの
春風で揺れる花 手を振る君に見えた

『忘れられないの』サカナクション


あいみょんもサカナクションも、人を花にたとえている。「届かない想い」や「時の流れ」といった、形のない感情が、目に見える風景のように浮かび上がってくる。
あいみょんもサカナクションも、その繊細さがたまらない。

ああ 川の流れのように ゆるやかに
いくつも時代は過ぎて

『川の流れのように』美空ひばり


秋元康は、止まることなく進んでしまう人生を川の流れに例えていた。うまい。

骨まで溶けるような
テキーラみたいなキスをして

『真夏の夜の夢』松任谷由実

ユーミンは情熱的なキスを、「骨まで溶けるような」と表現し、かつ、強くて酔いが回るお酒であるテキーラにも例えている。歌い出しがこれで、イントロの妖艶な雰囲気も相まって強烈な印象を残している。天才。


私が面白いと思うお笑い芸人も、「例え」が上手だから面白いのだ。
例えツッコミというジャンルもある。
麒麟川島のタグ大喜利も、人や出来事を「誰もが共感できる面白い何か」に例えることで笑いをとっている。


小説なんて、言うまでもなく例え上手な人の文章は光る。

村上春樹の例えはお洒落すぎる。

街路灯は同じ間隔をたもちながら、世界につけられた目盛りのようにどこまでもつづいている。

『海辺のカフカ』村上春樹

夜中の高速の街灯を、「世界につけられた目盛り」って。私には絶対できない例えだと思った。センスの塊。惚れちゃう。

娘の音読を聞いていて、「スイミー」もとても素敵な例えがいっぱいで、色とりどりの海中の情景が心に浮かんだ。

おもしろいものを見るたびに、スイミーは、だんだん元気をとりもどした。
 にじいろのゼリーのようなくらげ。
 水中ブルドーザーみたいないせえび。
 見たこともない魚たち。見えない糸でひっぱられている。
 ドロップみたいな岩から生えている、こんぶやわかめの林。
 うなぎ。かおを見るころにはしっぽを忘れているほど長い。
 そして、風にゆれるももいろのやしの木みたいないそぎんちゃく。

『スイミー』レオ・レオニ


例えのパワーってすごい。
知っている人には当たり前だと思うけれど、私は34年間知らなかった。

世界は「例え」でできている。

この本を読んでから、「例え上手」な言い回しにすごく敏感になり、音楽もお笑いも読書も、もっと楽しくなった。

それから、「すごい」「やばい」と言ったり思ってしまった時は、もっと分かりやすく表現できるピッタリな例えを見つけるために、普段からメモを取るようになった。


これやっといてくれたんだ。すごくありがたいな
→旅館で食事の後部屋に戻った時、お布団が敷いてあるくらいありがたい

息子の叫び声すごいな…。
→ホラー映画の子役にスカウトされそうな叫び声だな

「すごい」「やばい」より、温度感も雰囲気もイメージしやすくなる。
どこで使うのか、そもそも使うかどうかも分からないけれど、いつかnoteで書くかもしれないし…と書き残している。

なんだか、楽しい。
まだまだ自分の表現力は伸び代があるような気がして、わくわくする。

早速、この本に倣ってこの気持ちを例えるなら、「好きな人ができた自分に気が付いた時のように、友達に言いたいけど言いたくない、でもやっぱり聞いてほしいような、そんな気持ち」だ。

noteを書く人なら分かってくれるかなと思って書いてみた。

書くことが、またひとつ好きになった。そんなふうに自分の変化を感じられる出会いだった。

スリーポイントが決まるくらい気持ちいい例えを探して、アンテナを高くして生活しようと思う。

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