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13_浮き足立つクラフトビール

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外で待ち合わせとか、デートみたいで緊張する。

いつもは白シャツにジーンズ、黒いエプロンだけど、今日はそれを脱いでおしゃれをした。髪型はポニーテールを下ろして、ゆるいお団子ヘアに整えた。耳元は揺れるピアスで着飾る。少し癖のある黒いシャツに、白のシフォンスカートで女子の感じを出してみた。いつものスニーカーは、ローヒールのパンプスに履き替えて、リュックを下ろして、カゴバッグを肩にかけて家を出た。

達也とは穂結駅前で、待ち合わせだ。
私の方が早く到着したようで、小さく息を吐いて呼吸を整えた。心臓が小刻みに動き続けている。目の端で歩いてくる達也を捉えると、体の中心がトクっと大きく脈打った。

スーツを脱いだのに、わざわざ薄手のジャケットを羽織って、お出かけ仕様の達也が近づいてくる。袖を捲ってちらりと見える腕は逞しく、ときめきが好きの上限を超えていった。いつものサラダにプロシュートを散らした途端、テーブルの周りを囲むみんなが色めき立つ、みたいな。達也がまとう淡い水色の空気が、穂結駅一帯の湿り気のある陰鬱な空気を、一瞬にして塗り替えた。

「早いな、香菜」
「遅いなぁ、達也」

軽口を叩くのが精一杯で、素直に似合ってるねと言えない自分がもどかしい。
「で、今日はどこ行くの? 誕生日なのに予約させちゃってごめんね」
「ああ、気にしなくていいから。行きたい店があったし」

達也が予約してくれたのは、ブルワリー直営のレストランだった。美味しいクラフトビールが飲めることで有名な店で、最近、地元で人気が出てきているブルワリー。店の名は、HOMUSUBI  CRAFTほむすび クラフト。私が達也の誕生日に買ったクラフトビールも、このブルワリーのものだ。

「とりあえず、オススメでいい?」
「うん。合わせる」

向かい合わせで席についた。いつもと違う場所と雰囲気に、喉が渇く。運ばれてきたのは軽めのヴァイツェン。グラスを合わせて乾杯する。

「達也、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。付き合わせて悪かったな」

私は首を振った。むしろ誕生日当日にお祝いができて嬉しい。この気持ちをそのまま伝えたいけれど、うまく言葉が出てこない。誤魔化すように笑うと、ビールを口に含んだ。この軽い苦みは、何かに似ている気がする。

「ほんと達也、ビール好きだよね」
「まあな」
「で、今日の面接、受かったんでしょ? 何の会社なの?」

達也の白い歯が見えた。嬉しそうなのが分かる。
「ビールの会社」
「マジで? ビール好きすぎでしょ」
私は思わず吹き出した。

「いやだってさ、お前のせいでもあるんだぞ」
急に話しを振られて、眉根を寄せる。

「私のせいって?」
「香菜、せっかく公務員になったのに、おばさんが亡くなった後、あっさり辞めて店継いだだろ。おばさんが亡くなったってだけでも大変なのに、毎日慣れない仕事して、自分でメニューも考えて。みずたま亭の味だって継承してさ。一人でみずたま亭を切り盛りして。俺、香菜のその姿を見て、かっこいいなぁって思ったんだよね」

まさかそんな風に思ってくれていたなんて。目頭が熱くなる。

「え、普通でしょ。別に公務員にどうしてもなりたかったわけじゃないし」
出てくる言葉が捻くれていて、自分でも嫌になる。なんでちゃんと、ありがとうって言えないんだろう。自分で自分が、もどかしい。

「普通じゃないって。できないよ、普通。俺も今の会社、やりたいことがあって入ったわけじゃないからさ。これから先どうしようかなって思って。そんな時に、営業で出入りしてたHOMUSUBI  CRAFTほむすび クラフトの社長と仲良くなったんだよね。ビール好きだし、社長とも話が合って」

「なるほど。それで今日はHOMUSUBI CRAFTのレストランなんだ。最近よくHOMUSUBI CRAFTのビール飲んでたもんね」

達也は「そうそう」と相槌を打った。
「今さ、HOMUSUBI CRAFTはちょうど事業を拡大してて。営業と企画職の両方できる人を募集してたんだよ。で、社長に俺を売り込んでみた。今日は面接という名の、条件の確認みたいな感じで」
「めちゃくちゃ積極的じゃん。でも、営業と企画の両方って大変そうだね」
私がそう言うと、達也はくしゃっといつもの笑顔を浮かべて、「だからいいんだろ」と胸を張った。

「香菜が一番、俺の気持ちをわかってくれると思ったけど」

達也の一言に、口元が緩む。バレないように、唇をキュッと結んだ。好きだって言われるより、何倍も嬉しい。もちろん、好きだって言われたいけれど。

「じゃあ、念願叶ってってことか。もう一回、乾杯しなきゃだね」
私は店員さんを呼んで、IPAを頼んだ。IPAの名前は“結“。達也との縁が、もっと強く結びますようにと、願いを込めて。

琥珀色のビールが入ったグラスを手に持って、再び乾杯をした。

「うん、うまい」
「美味しいね〜。これから達也が、このビールを色んなところに売り込むってことか」
「まあ、な」

喉を通り抜ける炭酸の刺激。動き始めた達也の、ビールの泡のような軽やかさに、私の舌は旨味より苦味を余計に感じてしまう。動き出した達也が羨ましい。けれど、達也の行動に影響を与えていたのが自分だと知れたことが、ビールで冷えた体を火照らさせた。

ふとグラスに目を落とす。少し薄暗い店内でゆらめく琥珀色のビールを見て、昼間のことを思い出した。無意識にため息が出た。

「どうした、香菜? なんかあった?」
「あ、ごめん」
私は頭を振る。

「いや、なんかあったろ絶対。お前さ、すぐに顔に出るんだから、誤魔化すの意味ないぞ」
「お見通しか」
運ばれてきたいちじくとクリームチーズのサラダをつまんだ。ほんのりとした甘さとさっぱりとしたクリームチーズのコクが、後を引く。

「今日さ──」

昼間の出来事を説明する。私の話を聞いた達也の目と口が、あんぐりと開いた。
この顔も、なんだか見慣れてきた。

「なんか大変なことが起きとるじゃないか。けどそれは、菖蒲ちゃんが言うとおり、わしも警戒した方がいい気がするぞ」
達也のジャケットのポケットから、小さいおじさんが顔を覗かせて言った。

「は? おっさん、何、ついてきてんだよ」
達也が胸元に視線を落として、小さいおじさんを睨みつけた。
「え? なんで、小さいおじさんが達也と一緒にいるの?」
予想外の出来事に、私はいちじくを皿に落とす。

「香菜ちゃん、おじさんなんて他人みたいなこと言って、寂しいじゃないの。一緒に酒を飲んだ仲じゃないか。ジョージさんって呼んで」
「じょ、ジョージさん……」

達也は、どんよりとしたため息をついた。
「火曜日、みずたまで飯食っただろ。あの後、このちっさいおっさん、勝手に俺についてきたんだよ。それからこっそり俺のポケットに入ってるわけ。本当に信じらんないから、このおっさん」

まさかそんなことになっているとは。私は、思わず吹き出した。
「笑い事じゃないって」
「でも、仕事についてきたら、他の人に見られちゃうんじゃないの?」

ジョージさんは、したり顔で笑った。
「見える人と見えない人がいるから、わしは都市伝説なのじゃ」
なるほど、と私は膝を打つ。

「でもさ、今日はついてくんなって言っただろ」
「え〜、だって、気になるじゃ〜ん。達也くん、美容院まで行って、香水までつけちゃってさ」
達也は小さく舌打ちをした。

「はあ、今日はさ」
「今日は?」

私が尋ねると、達也は慌てて顔の前で手を振った。
「いや、また今度でいいや。落ち着いた時に話す。それより、その狐と稲田って男、本当に大丈夫なのか?」
心配そうに私の顔を覗き込む達也に、不謹慎ながら胸がときめく。

「よくわかんない。山本のおばさんにお祓いはしてもらったけど」
「でも、稲田って男、また、みずたまに食べにくるんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない? 普通の時は、普通っぽいよ、稲田くん」

達也は呆れたように、口をへの字にした。
「そういうところがな、香菜は」
「何、そういうところって」

私は口を尖らせる。
「心配なんじゃよな、達也は」

いつもならここで喧嘩になるところだけど、ジョージさんがクッションになってくれて、火種はすぐに鎮火した。

「しかし、きつねうどん一杯で、狐が手を引くかのう」
確かに、と私も思う。その時、ジョージさんの一言で、私は古い記憶を思い出した。

母とバスに揺られて、出かけた場所。
あそこは、確か──。

「もしかしたら、きつねうどん一杯だけじゃないかもしれない─」



次回予告 14_急転直下のいなり寿司
母と出かけた先はまさかのアソコ!
早速行ってみることに。
しかし、達也と二人きりになれると思ったら……!

#創作大賞2025 #ファンタジー小説部門


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