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【南インド旅行記⑥】 アルナーチャラにて――ヴァータとサットヴァの交差

アルナーチャラの標高は約814メートル。その中腹、およそ450〜500メートル付近にスカンダ・アーシュラムがある。太陽に灼かれた岩場を、縫うように裸足で登った。途中、せり出した大岩の上に立つと、山麓に広がるアルナーチャレーシュヴァラ寺院――通称ビッグ・テンプル――の巨大な塔門が一望できる。

1896年、十六歳で「肉体の死」を体験したラマナ・マハルシは、覚醒の確信とともにアルナーチャラを目指し、この地にやって来た。彼は寺院の千柱回廊や地下リンガムの祠などで沈黙のうちに没入し、その後、山中の洞窟へと移る。長く住したのはヴィルーパークシャ洞窟で、その歳月はおよそ十七年に及んだ。

1916年、弟子たちがさらに上方に小さな住居を建てた。それがスカンダ・アーシュラムである。ラマナはここに約六年間住み、母アラガンマルもこの地で最期を迎えた。
まだ「人々の導師」として広く知られる以前、山の聖者として静かに生きていた時代。その時代の空気が、いまもスカンダ・アーシュラムには残っている。

このスカンダでは、しばし坐して静まるのが参拝者の習わしである。岩山の斜面に沿って築かれた簡素な石造りの建物は、奥に石室のような小部屋、手前に三畳ほどの居住空間がある。小さな入口、低い天井、石の床。光と静けさが凝縮した空間である。

私たちも、居合わせたインド人や欧米人とともに坐った。目を閉じて間もなく、不思議な光景が浮かび上がる。しばらく見つめ、目を開けて前を確かめる。そこには、一緒に登ってきた旅仲間の背中がある。小首をかしげ、再び目を閉じた。するとまた、白黒写真のような映像が浮かぶ。ラマナとおぼしき姿と彼を囲む人々。続いて、19世紀の欧米人らしき人物の姿が数名、現れては消える。

私はいったい何を見ているのだろう。想念か、どこかで目にした記憶の断片か。それとも、この場に沈殿した時間の層なのか。いまもなお、その意味を定めることができずにいる。


話が少し脇に逸れるが、この日、アルナーチャラを裸足で登った私は、すでにヴァータの均衡を崩し始めていた。火曜の夜に飛行機に乗り、水曜の夜ようやく横になったものの、翌朝は暗いうちに目が覚めてしまった。南インドの菜食中心の食事は油分が少なく、主食は水分の少ないインディカ米。加えて、飲む水の量も減っていた。移動、寝不足、軽い食事、水分不足、そして非日常。ヴァータを高める条件が、これ以上ないほど重なっていた。
だがここで関わってくるのは、心の性質や意識の在り方を読み解くグナ理論である。簡潔にいえば、ドーシャは「体質」を示し、グナは「心と意識の状態」を示す。ドーシャはヴァータ・ピッタ・カファという三つのはたらきのバランスによって、体質や体調、行動の傾向を説明する枠組みだ。
一方グナは、サットヴァ・ラジャス・タマスという三つの根本的性質によって、世界の現象と心の状態をとらえる理論である。
同じ人でも、体質の傾向と、そのときどきの心の状態が一致するとは限らない。ドーシャとグナは、一人の人間を異なる層から照らし出す、二つの視座となる。


スカンダ洞窟でのあの不思議な体験は、ヴァータに傾いた身体が神経系を過敏にし、その結果、ラジャス的な精神活動が活性化したために生じたものかもしれない。さらに、私という存在や石室の物質性、そこに積み重なった時間の層がタマスとして基盤となり、その上で三つのグナが特異なバランスのもとに作用した。――そう考えるのが、理論上はもっとも整合的である。
一方で、アルナーチャラの聖性は、グナでいえばサットヴァと表現できるだろう。澄明で、静かで、意識を上方へと引き上げる性質。聖山そのものが、心を透明にする力を帯びている。

ヴァータは過剰になれば動揺を生むが、同時に軽さと繊細さを備えている。その軽やかさが場のサットヴァと響き合ったとき、心の透明さが一瞬押し広げられる。感受性が鋭くなり、心の奥に触れた何かが像を結んだのかもしれない。

ドーシャという身体の生理機能と、グナという意識の構造。二つの異なる層が連動した一点に、あの体験は生じた――そうとらえるなら、神秘は神秘のままに、しかし理の上でも静かに整う。

あのとき、アルナーチャラで、ヴァータとサットヴァが交差したのかもしれない。


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