一代一聲音

日本娃娃:カントポップとニッポン 【香港カントポップ概論:1980年代③】

【一代一聲音〜時代の声、時代の詞〜:香港カントポップ概論】

1980年代編:”今夜星光燦爛" スターたちの時代 ③

前項で、レスリー・チャン、アラン・タムらのブレイクのきっかけが日本のポップスのカバーだったことを書いた。80年代中盤から90年代中盤までのカントポップ業界では日本でのヒット曲がほぼリアルタイムに広東語でカバーされて香港でもヒットするという状況が続いていて、この時期の日本のヒット曲で広東語カバーがないものはほとんどないんじゃないかと思うくらいだ。

80年代カントポップへの日本の影響というのはそれだけに非常に大きく、香港ではそれをテーマに博士論文を書いてしまった人もいるらしい。日本の楽曲を元にするカントポップ曲を並べた膨大なリストもついていて圧巻である。

そんな風に日本のヒットソングがたくさんカバーされた理由は、すでに一度どこかで受けたメロディを借りて歌詞をつけるだけでヒット曲を量産できる、という商業的な打算がまず背景にあったようだ。既に売れた曲なわけだからコケるリスクも少なく、作詞と作曲に必要な時間のギャップも短縮できる。特に優秀な作詞家がゴロゴロいた香港の業界には、この方式はとても合っていたのだろう。

そして日本側の事情としても同じ時期は名曲が次々と生み出されたポップスの全盛期で、要するに売れ筋のメロディーがたくさん作られていたから、「輸出」には持ってこいだった。香港で『Monica』がヒットした1984年は、スージー鈴木さんの本でもとりあげられているように、それまでのニューミュージック系と歌謡曲系の対立構造が瓦解して両者の人材が合流を果たした象徴的な年だった。つまりは尖ったロックやフォークが大衆音楽に組み込まれて高度に「産業化」しはじめた時代だったわけで、産業化された業界同士国を越えた連携も容易だったのだと思う。

だから確かにこの時代は日本のカバーが多かったけど、同時にいわゆる「洋楽」のカバーも多くされているし、台湾ポップス界が外に開かれてくる1990年代以降は台湾の曲のカバーも増えてくる。

(荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)』のカバーであるこの曲のように、日本でカバーされた洋楽が再カバーされる場合もあって、この場合は日本の曲のカバーなのか洋楽のカバーなのか……)

というわけで、生産の側からすれば利用可能な名曲が量産されていれば日本でなくてもよかったわけだけれども、この時代香港で特に日本的なものが好まれて消費された、という側面もあると思う。1984年は『Monica』の年であるだけでなく日本のスーパーマーケットチェーンヤオハンが香港進出を果たした年でもある。香港におけるヤオハンの影響力については、ディープな人類学的研究がなされているのだけど、それまで日系デパートなどで高級な店舗でしか触れられなかった日本文化が中流層に身近なものになる大きなきっかけとなったらしい。終戦から30年ほどがたち、日本にあまり悪印象を持たない若者たちの間で日本風の商品を消費する生活スタイルが広まっていった。

「多くの香港市民にとって、[ヤオハン]は単に小売業者であるだけでなく、また、人々の感情が染み付いたショッピング空間であった。現在30代の人々にとって、[ヤオハン]は初めて寿司をつまんだ場所であり、20代の人々にとっては、ハローキティグッズを買いに行った場所である。」(王向華『友情と私利:香港一日系スーパーの人類学的研究』、風響者、2004年、158)

エンタメ界では、西城秀樹が香港で流行ったはじめての日本人アイドルだったと言う。2018年5月に彼が亡くなった時、私は香港にいたのだけど、地元紙の蘋果日報が一面に大きな写真を載せて報道していたのに驚いた。それもただの一面報道ではなく、若い頃のカラー写真を豊富に掲載して、「記念ポスター付き」とまで銘打って。日本の新聞社でも、ここまでしたところはあっただろうか。

画像1

画像2

(当時実際に購入した新聞の紙面)

紙面には「香港人の第一代の日本アイドル」との見出しがつけられていて、記事の中では、彼は日本による「二度目の香港侵略」の文化面での先鋒であり、彼がきっかけで日本の音楽や文化に興味を持つ人が多くいたとことや、あのアニタ・ムイも彼の大ファンで、本人を前にしてすっかり歌姫から一人の少女に戻ってしまっていたことなどが触れられている。

この日、新聞を買ったあと旺角の雑居ビルにカントポップのCDを探しにいったら、立ち寄ったレコード店でも彼の『抱きしめてジルバ』が流れた。

西城秀樹が初めて香港でコンサートを開いたのは1981年のことだった。それ以降、五輪真弓(1982、1983)、沢田研二(1982)、近藤真彦(1985)、安全地帯/玉置浩二(1985、1986、1987)など、1980年代の香港では毎年のように日本人アーティストがコンサートを開いている(『レスリー・チャンの香港』、96頁)。

つまりそれだけ日本の曲が聞かれていたわけだから、カバー版を受け入れる素地もあっただろうと思う。

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そんな時代の「日本ブーム」を受けて、サム・ホイも1985年に『日本娃娃』(日本人形、または日本ベイビー)という曲をリリースしている。

噖晚响東急碰正個日本娃娃
(昨晩 東急で偶然日本のベイビーと出会った)
對眼特別大 重有尖尖嘅下巴
(とびきり大きな目 それに尖ったあご)
有啲似中森明菜 唔係講假
(ちょっと中森明菜に似ててさ ほんとだよ)
趣怪又特別 直頭日本化
(斬新で特別 まさに日本的)

歌詞の内容は、主人公が東急百貨店(82年から99年まで香港に出店していた)で中森明菜似の日本人の女の子に出会って、「私は香港のマッチです」と日本語で話しかけてナンパするというもので、「御三家」という日本語がそのまま歌詞に使われていたり、前年のヒットである『モニカ』や、日本でも西城秀樹、郷ひろみが相次いでカバーしたジョージ・マイケルの『Careless Whisper』など当時のヒット曲が引用されたりしていて、時代の雰囲気を存分に感じるパロディソングになっている。

中森明菜は、当時の日本での扱いはどうかわかんないんだけど、どうもこの時代の香港で「ザ・日本の美少女」的な地位にあったらしく(ちなみに今その地位にあるのは「結衣BB」ことガッキーだと思う)、1987年の映画『神奇兩女俠』にも「ちょっと中森明菜みたいでしょ」と主人公が自分の容姿を中森明菜に例えるシーンがある(1988年の達明一派の曲『神奇女俠』にもなぜかこのセリフが引用されている)。


一方で「マッチ」こと近藤真彦は、中森明菜とのスキャンダルに加え、アニタ・ムイとも男女の仲にあったとされていて、つまりは80年代の香港と日本を代表する(と香港では考えられている気がする)歌姫両方と浮名を流してしまった本当に『ケジメなさい』な男として記憶される一方で、彼の『夕焼けの歌』をプリシラ・チャン(陳慧嫻)がカバーした『千千闋歌』はカントポップ史上に残る名バラードとして親しまれるなど、日本で以上に毀誉褒貶の激しい人物になっている。

來日縱使千千闋歌
(たとえいつか 風が幾千もの歌を)
飄於遠方我路上
(私の道にもたらす日が来ようとも)
來日縱使千千晚星
(たとえいつか 幾千もの星たちが)
亮過今晚月亮
(今夜の月より輝く日が来ようとも)
都比不起這宵美麗
(決して今宵の美しさほどには)
亦絕不可使我更欣賞
(私の心を動かしはしないはず)
因你今晚共我唱
(だって今夜はあなたと歌えるのだから)

この美しい詞を書いたのは林振強(リチャード・ラム)。80年代のヒットソングの作詞を多く手がけ、黃霑(ジェームズ・ウォン)、林敏驄(アンドリュー・ラム)と共に80年代カントポップを支えた「二林一黃」と称された人物である。彼は他にもレスリー・チャンが歌った吉川晃司『LA VIE EN ROSE』のカバー『不羈的風』や、サザンの『真夏の果実』をカバーした張學友の『每天愛你多一些』などの日本曲に広東語詞をつけてヒットさせている。

日本では話題になることも少ない曲だと思うけど、馬飼野康二が手がけたこの『夕焼けの歌』のメロディはとりわけ香港の人々の好みらしく、この『千千闋歌』の他にも、アニタ・ムイが歌ってヒットした『夕陽之歌』や、ロックバンドBlue Jeansが歌った『無聊時候』、男女デュエットとしてアレンジされた『夢斷』など、少なくとも4つの異なる歌詞をつけたバージョンがリリースされている。

西城秀樹、近藤真彦、中森明菜らと並んでこの時期の香港の人々に特別親しまれた日本のアーティストが安全地帯だと思う。広東語カバーも大変多くされていて、安全地帯・玉置浩二のカバー曲だけでアルバムが作られてしまうほど。

以前、香港のCDショップを巡って安全地帯のカバー曲が収録されたアルバムをせっせとあつめたことがあるので、安全地帯広東語カバー曲についてはいつか別の機会にまとめたいと思う。

でも一曲、一番お気に入りのものだけでもここで。ロックシンガー夏韶聲(ダニー・サマー)による『あなたに』のカバー『路中情』。

元曲を歌うのが日本最高のヴォーカリスト玉置浩二なわけで、男性シンガーによるカバーは流石に物足りない感じのものが多いのだけど、「香港ロックの父」とも呼ばれるダニー・サマーは、繊細なバラードという印象だったこの曲を(アレンジもほとんど同じなのに)全く印象の違うパワーバラードとして歌い上げていて圧巻である。

こんな風によく知った曲の全く違う魅力に出会えるから、日本の歌の広東語カバー探しはやめられない。

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→(4)潮流興夾Band:第二次バンドブーム



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