#24 育児・共働き・介護――限界の中で見えた現実
離乳食が始まり、成長曲線の下ギリギリではあるものの、ようやく息子の体調も落ち着いてきた。お世話にも少しずつ慣れ始め、ようやく私もほっと一息つけるようになったのを覚えている。
育休から1年が経ち、いよいよ職場復帰が待っていた。予防接種に健診、保育園の申し込み…目まぐるしい日々。復帰前から慣らし保育を始めていて、いずれは7時から18時半までになるため、最初から長時間の保育に預けていた。
そんなある日、保育園に通い始めて3日目で高熱の呼び出し。帰宅して、ぐったりした息子を抱いた瞬間、涙がこぼれた。うっすらと目を開けてはまた眠る、熱は下がらず、息子は起きない。怖くなった。丸一日しっかり眠ったあとにようやく回復したけれど、心が折れそうだった。こんなに小さな体に無理をさせてしまっているのでは…そう思うと、胸が締めつけられた。
私はフルタイムでの復帰を選んでいた。立場や収入を考えると、短時間勤務には踏み切れなかった。だけど、いざ復帰してみると、保育園からの呼び出しが続き、仕事の調整、夫との調整に追われる日々。子どもが感染すれば、次は私、そして夫へとうつる。その繰り返し。心も体力も、少しずつ、確実にすり減っていった。
息子が2歳を迎える頃には、自分が朝から晩まで保育園にいることを自覚するようになった。そして、夜泣きが戻ってきた。声も大きくなり、寝不足のまま出勤し、気力を振り絞って仕事をこなす毎日。
ちょうどその頃、職場でも大きな変化が起きた。待遇が変わり、女性総合職にも日曜当番が導入された。問答無用の制度変更。法律で認められている時間外労働の免除すら言い出しにくい空気。子育てと両立できる環境とは、もう言えなくなっていた。立場による無言のプレッシャー――「自分の子どもを犠牲にしてでも会社に尽くすのか?」そんな葛藤に、心が押しつぶされそうだった。
そして追い打ちをかけるように、夫の異動が決まった。その瞬間、私は崖から突き落とされたような気持ちになった。幸いにも職場が「少し休んでみては」と言ってくれて、私は休職することになった。けれど、それは一時的なものにすぎない。休んでいる間に、自分自身の気持ちに、働き方に、答えを出さなければならなかった。
人事や採用に関わる人たちに伝えたい。
育児と共働きは、親の支えがなければ、本当に過酷を極める。毎日が綱渡りのような生活だった。
これはまた別の記事で触れる予定だが、私の家には80歳を超える義母がいる。つまり、我が家は「育児」「共働き」に加えて「介護」も抱えている。
人事業務に携わる人には、ぜひもっと現実を知ってほしい。
「みんな大変だから仕方ない」という言葉は、誰の救いにもならない。社員の中には、想像もつかないような状況で頑張っている人がいる。年齢は関係ない。
「ヤングケアラー」という言葉があるように、「若いから大した経験はしていない」という偏見は捨ててほしい。
「親がサポートしてくれるのが当たり前」という思い込みも、もうやめてほしい。
そして――共働きは、片方の働き方が変われば、もう片方に多大な影響が及ぶということを、どうか忘れないでほしい。
