ありがとうの花が咲くよ。
社長就任式での挨拶。
「ありがとうと思ったことがほとんど無い」
新年度に移り、希望と新しい変化に向けて心が浮き立つ時期です。
そんな中、知人からある衝撃の話を聞きました。
うちの新社長は、就任挨拶のときに「これまでにありがとうと思ったことがほとんど無い」と言っていました。
具体的にはこんな感じです▼
皆さんは、よく「ありがとう」と言いますが、私はこれまでにありがとうと思ったことがほとんどありません。
就任挨拶でどんな意図があって発言したかは判断しかねますが…
なかなか、パンチのある挨拶ですよね。
一応、家族経営の会社を世襲した社長ということだけ付け加えさせていただきます。
思いもよらない考えだったので、逆に興味深く感じてしまいました。
ご存じの方もいるかとは思いますが、 語源は仏教用語からきています。
「有ることが難しい(有難し)」です。
確かに、 言葉の意味だけを考えると「ほとんどない」という表現は、新任社長さんの使い方が正しいと思います。
皆さんは、いかがでしょうか。
一緒に考えてみませんか?
はじめましての方、ひで汰と申します。

物書きとして開業し4年目。
kindle4冠、6,000冊、延べ47万ページ読まれた思考系作家です。
INFJ×HSPすぎて会社に人生を預けられずに作家の夢を叶えました。迷いながら「納得の人生」を選んできた過程を発信しています。
その他にもリハ職をしながらカウンセラー・コーチングをしています。
一緒に仕事をしていて、絶対にお礼を言わない人がいます。
恩を作りたくないだけかもしれませんし、新社長のように有難いと思わないだけかもしれません。
もしかすると、読者の中にもありがとうを滅多に言わない人もいるかもしれません。
もしくは「あの人ってお礼を言わないよね」と思い浮かぶ顔があるかもしれません。
この記事は、そんな人を責める内容ではありません。
ご安心くださいませ。
私は、誰に対してもお礼を言います。
義務的・事務的ではなく、損得勘定でもありません。
難しく考えずに言っている感じです。
私の対極にいる「有難いと思わない価値観」を通して、ありがとうを言う理由や役割を考えてみました。
新しい試みです。
ポイントはこの2つです。
ありがとうと、ごめんなさいはセット
ありがとうは良いフィードバックになる
フィードバックとは:成果や行動に対して思ったことを伝えることです。
軌道を修正したり成長を促すコミュニケーションです。
AIで壁打ちしたときに、AIから返ってくるのがフィードバックです。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
「好き」を言わないからドラマが生まれる
僕は、好きとか愛情表現をあまりしない。
という人がいました。
理由を尋ねると以下の理由が返ってきました。
言葉の価値が落ちるから、滅多なことでは言わない。
夏目漱石は、洋書を翻訳した際に「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳しました。
日本の奥ゆかしさや、わびさびを表現しました。
二人だけの間と、阿吽の呼吸があるからこそ成立します。
露骨すぎる「好き」を控えて、
あなたといると何気なくそこにある、いつもの月が綺麗に見えることを表現しています。
ただし、表面的な「言葉面」だけでは、駆け引きばかりの関係になり心の平穏は訪れません。
ありがとうも、ごめんなさいも言うことができない旦那。
私の印象では、明治、大正、昭和のように
絵に描いたような亭主関白がそのようなイメージです。
心の平穏があるからこそ、
「日常の何気ない出来事」が美しく見えるのではないかと感じています。
仏教用語ではなく「THANK YOU」の意
私がありがとうという瞬間は、
仏教用語の有難しというニュアンスではなく、単純に感謝の気持ちを伝えています。
つまり、英訳でいうと「Thank you」です。
お礼の意味でありがとうを言う人は多いはずです。
有難し(有難いことがおこった)=ありがとう
thank you(感謝の気持ち)=ありがとう
新社長さんの就任あいさつは、意味がバッティングしているということがわかります。
もしくは、本当に感謝の気持ちを感じていない可能性もあります。
そこはもう個人の自由なので、
その点は、私がとやかく言う必要はありません。
せっかくなので、「ありがとう」を言うとどのようなことが起きるのか?を心の観点から考察してみました。
ありがとうを言ったことで生じる人間関係のひずみを紹介します。
人間関係はフィードバックで調整される
これは私も経験があるのですが、スピリチュアルを好きになった頃によくある話です。
ポジティブな言葉ばかりを意識しすぎて「ありがとう、幸せ、愛しています、感謝します」のみを積極的に使う人を見かけます。
間違ったことをしてしまった。
→注意された
ありがとうございましたと返事をする。
迷惑をかけてしまった。
→怒られた
愛していますし、私は愛されていますと思う、態度に出す。
私も言ったことがありますし、言っている人を見かけたこともあります。
けど、注意した人も怒った人も「お礼や愛の言葉」を言われたいわけではありません。
次は気をつけてくださいね、ということです。
求めているのは「改善と修正」です。
結果的に、会話のズレが起きてしまいます。
会話のズレは違和感となり、人間関係のひずみになってしまいます。
このズレを起こす違和感は、求めているものと返答に対する違いです。
野球の試合で、
キャッチャーが「変化球」を要求しているのに、
ピッチャーは一番自信のあるストレートの球ばかりを投げている感じです。
キャッチャーからすると「このピッチャー、めんどくさ」となるわけです。
だったら一人で野球をやっとけってなるわけです。
何でもかんでもポジティブな言葉で返すということは、自分中心のコミュニケーションです。
もう一度、言います。
私もやっていた時期がありました(笑)
ごめんなさいで絆が深まる

人の行動には、正のフィードバックと負のフィードバックというものがあります。
簡単にいうと…
正のフィードバック:その行動いいね!!
負のフィードバック:間違っていたからもうしないよ!!
お互いに確認し合いながら、関係性が最適化されていきます。
この人に、この事を言うとマズい。もしくは話が盛り上がる。
この人だったら、大丈夫。冗談として笑ってくれる。
言葉だけではなく、
「嫌だ!!」と態度で示したりすることもありますよね。
「ありがとう」はプラスの調整
良い方向に伸ばす言葉。
相手の行動を肯定し認める。

「ごめんなさい」はマイナスの修復
ズレを戻す言葉。
人間関係を修復する。

「ごめんなさい」と言う必要があるところで「ありがとう」と言ってしまうと会話のズレが起きてしまいます。
相手は、注意しているのに「その行動いいね!!」とお礼を言われている感じがします。
手当たり次第に「ありがとう」やポジティブな言葉を使えばいいという訳ではないことがわかります。
関係の溝が深まって、マイナスの修復が必要なときは「ごめんなさい」を言う基本的なこと。
ありがとうでは溝は小さくはなりません。
逆にいうと、
人間関係がスムーズな人ってだいたいこんな感じです。
ありがとうをよく言う人
ごめんなさいを言える人
「ありがとう」ということで、良い行動だったとお互いに認識することができます。
人間関係をプラスの方向へ促進することができます。
間違ったときは「ごめんなさい」によって離れた心のマイナス面を修復することができます。
つまり、促進と修復によって、人間関係は調整されズレが起きにくくなります。
その他にも、「ありがとうとごめんなさい」は相手の存在を認める役割にもなります。
お礼を言われたいんじゃない!!!
ありがとうと言われることで「あなたは、これで喜んでくれる!!幸せになってくれる」ということがわかるんだよぉ~。あなたとの距離が近づくんだ~!!
ありがとうって、感謝の意だけじゃなくて価値観の共有なんじゃないかと思うんです。
言動は人生を映す鏡
『ありがとうの裏側にはきっと損得勘定があるはずだ』と思っていると
滅多なことじゃないとありがとうが言えなくなります。
有難しが起きたから、ありがとうです。
しかし、難しいことさえも無い日常は無難な人生です。
ありがとうと思えない人生は、当たり前の出来事しか置きていないという逆説的な人生です。
有難しに、自らが気づいていないことを証明していることになります。
もしかすると、視野の狭さや感性と感度の低さ、心が動かないことが原因かもしれません。
きっと、そのような状態に至ったのにも理由があったと思います。
世界に絶望した経験や、想像を絶するような体験。
もしくは、自由がなかった人生、安泰のレールを歩みながら不自由な経験だったかもしれません。
私たちには、相手の心の中にズカズカと土足で立ち入る権利はありません。
だからこそ、あなたも私もムリにありがとうと言う必要はないと思っています。言わせる必要もないと思っています。
夏目漱石が好きと直訳できなかったように「ありがとう」と表現しなくてもいい。
あなたが傍にいるだけで心の平穏が訪れていることを、違った言葉で態度で示すことができれば良いのではないでしょうか。
きっと、ありがとうにとって代わるあなただけの言葉があるはずです。
続編▼
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