オランダ教育移住しました🇳🇱 〜移住の理由と経緯 総集編〜
最後にnoteを書いてから2年、子育てのことを書いたのはこの記事だけ、しかも産後すぐの時の話で、もう4年も前のこと!読み返してみたら、懐かしすぎて、まだそのフェーズだったか…!w あれから娘も私も随分たくましくなったものだ〜(後半はどこいったんだろう。)
時空を超えて、時は2025年。8月21日、私たち家族はオランダに移住しました。いろんな人から「どうしてオランダ?」「なぜ今?」等などご質問頂くことが多く、自分の人生の振り返りも兼ねてまとめてみることにしました。1万4,000文字超えの長文ですm(_ _)m
海外移住の理由
各項目だけで何記事も書けそうなので、頑張って端的にまとめました。(それでも長い…)
①元々海外に住み、働くことが夢だったから
教育移住といいつつも、元々海外で働き、生活することが小さい頃からの夢でした。
3歳頃に初めて行った海外旅行先の往復フライトが相当楽しかったらしく、そこから中2まで将来の夢はフライトアテンダント(当時の言葉ではスチュワーデス)でした。中2で身長が止まってしまい、色々あって「海外に住み、働く」が将来の夢になりました。社会人一年目の時に書いたキャリアプランには「30歳で起業、35歳で海外移住」って書いてました。(コロナと出産・子育てで海外移住は3年遅れたけど、許容範囲かな。)
②日本経済や親の事業の成り行きを見て、日本に留まることのリスクを感じていたから
父の会社が高度成長期と共に成長してバブル崩壊と共に倒産したこともあり、日本経済のアップダウンを実体験していたのと、グローバル企業で働く中で日本市場・企業、日本人のグローバル競争力が低いことを痛感することが多くあり、私自身も家族もなるべく早く海外に出て、真の意味でグローバルに稼ぎ、生きる力を伸ばさないといけないなと感じていました。
③女性活躍・ダイバーシティに取り組む事業を行う過程で、ちょっとそろそろ日本もういいんじゃないかなと思ってしまったから
日本に危機感があったから「変えたい」という想いで起業し、人生をかけて打ち込んできた事業でしたが、日本社会と向き合いすぎた結果、皮肉にも絶望してしまいました。何年も何年も悩んだのですが、2023年のAPT Womenでシリコンバレーに派遣していただいたことを機に、長期的に視野を広く捉えて考えれば、国内で意地はってもがき続けるよりも、海外に出れるなら海外で活躍する道を選んだ方が、自分の好き・得意を活かしながらよりインパクトの大きなことができるじゃないか、という結論に至りました。この結論を出すのはとても勇気がいることでした。
一人の母親としても、自分は自分の意思で選んで日本にいて、日本で起業していて、日本の社会問題に取り組んでいるけど、きっと大して大きな変化もない20年後の日本社会にしか娘に選択肢を与えないのは親としてどうなんだろう?与えられるならよりグローバルで真の意味で多様性のある環境で生き、学ぶ環境を提供してあげようと思いました。
④娘を育てる過程で、幼少期の人間教育には学校や家庭の中だけでなく、社会全体の在り方が重要だと思ったから
事業では20〜40代の働く女性の悩みを見聞きし、同時にプライベートでは娘を含めて日本の子どもたちが大人・社会からどのような関わられ方をしているかを、一人の母親としてニュースや身近で見聞きする中で、たまたまですが人間教育のスタート(要因)とゴール(結果)の答え合わせのようなことができてしまいました。
改めて「自己効力感」「自己肯定感」の重要性と、それが健全に育まれるためには幼少期における周囲の大人たち・社会からの関わり方がとても大切だと再確認。学校や家庭に留まらず、社会全体の雰囲気も含めて全てが広義の「教育」であり、教育システム、社会システム、その中で生きる人々のマインドセットやコミュニケーション全てが子どもに良くも悪くも影響するので、その総合点が高い環境を選びたいと考えるようになりました。
⑤海外のスクールは本当の意味で多様な文化・人に触れることができ、教育の選択肢も豊富だから
帰国子女が多い業界で働いていたこと、たまたま夫がドイツの帰国子女ということもあり、比較的多くの情報源がありました。国内のインターに通わせるという選択肢はなかったわけではありませんが、様々なロールモデルの話を聞く中で、海外で育った経験は、最終学歴やキャリアに留まらず、人生の選択肢の幅を確実に広げてあげることができると思いました。もちろん、最後に何を選ぶかは本人次第だし、選択肢が多い分悩みも増えるだろうし、大きくなってから「日本がよかった」と言われてしまうかもしれないけど、それこそ、自分の強い軸を持って選び前進する力も同時に身につけられるだろうと。本当に日本がよかったら自分で帰ればいいだけだし。実際オランダの学校に通ってみて、多様性がレベル違いだったのでそれはまた別の記事で書こうと思ってます。
⑥親としても海外で子育てする方がのびのびできそうと思ったから
3歳ぐらいからお受験や習い事の話題が多くなってきて、教育に興味があるからこそ、話したいし聞きたいのだけど、疲れてしまうこともありました。幼児教育に限らず日本における教育の定義や在り方に違和感を感じるし、教育が「手段の目的化」や「親の自己実現の手段」すり替わっている話を見聞きすることも少なくなく、とても苦痛を感じました。子育てしてると嫌でもそういう情報が入ってきてしまうけど親がストレスを感じてるのが一番良くないし、海外でのびのび子育てしたいなーと思いました。
⑦夫も海外志向 x 海外経験豊富だった
私も相方も結構よく聞かれたのが「パートナーとの合意形成どうやったの?」という質問。片方が海外志向だけど、もう片方が国内志向なので移住に至らない、という話を結構よく聞くのですが、私たちの場合は結婚前から人生ビジョンや価値観、在り方をかなり話し合い、すり合わせてから結婚したので(といってもほぼ付き合ってもいないが)だいたい「これしたい」と思うことは夫婦で食い違うことがありませんでした。
相方も海外経験があり、英語力もあり、海外志向も強かったので、特に話し合うこともなくすんなり「海外行きたいよね、うん、行こう」となりました。ビジョンは会社だけじゃなくて家庭も大事!
また、最近「親をどう説得したの?」と聞かれて面食らったのですが、双方の両親ともにやりたいことを尊重してくれるタイプだったので、むしろ大喜びで送り出してもらいました。(夫のご両親はのびのびタイプ、うちの両親は自分たちが好き勝手生きてきたので今更何も言えない立場、という理由w)
WHYオランダ?
「海外教育移住」と聞いた時にどんな国が思い浮かびますか?多くの日本人が海外と聞いて真っ先に思いつくのは米国だと思いますが、実際日本人に人気な教育移住先は、タイ、マレーシア、シンガポールなどのアジア圏、ビザ次第ですがオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアでしょうか。私はアメリカに留学していたので、若い頃は将来アメリカに住みたい!と思っていました。まさかオランダに住むことになるとは夢にも思いませんでした。
2021年頃から海外移住したいねと話し始めて、国選びの条件を相方とすり合わせました。
ヨーロッパ圏(相方の強い意向)
海があるところ(私の強い意向)
英語圏(英語で不自由なく生活できる、働ける、学べる)
インターナショナルスクール or 英語公用語の学校の選択肢が豊富
治安が良い(銃社会でない、子供が安心安全に暮らせる)
何より、ビザが取りやすい
実体経済があり、ビジネスしやすい
で、オランダ一択でした(笑)ちなみにヨーロッパの英語圏だとイギリス、スイスもありますが、イギリスはビザの難易度が高いし、愛国心の強いイギリス人がマジョリティという社会の中で、マイノリティとして生きていきたいと思えませんでした。(娘の英語力がネイティブレベルになり、私たちがこちらでのキャリアを築けた後であれば、今後選択肢に入るかもしれません。)またスイスは物価が高すぎるので最初から射程圏外でした。
ちなみに4については別記事で詳細をまとめようと思いますが、Dutch International Schoolと呼ばれるオランダ政府が運営する公立インターがあり、IB(国際バカロレア)カリキュラムで4歳〜18歳まで通えて、学費が私立インターの1/3〜1/5という点が私たちにとって大きな魅力・動機となりました。

オランダ移住を決めてから移住するまで
(2021〜2022年)海外移住の検討開始 & 1ヶ月オランダ視察旅行
きっかけはコロナ禍とマイホーム購入検討でした。その頃新婚2年目ぐらいで、娘も生まれて、地方移住や二拠点生活する人が増えていたり、年齢的にも住宅購入する友人が増えてきていたので「どうする?」と話したり、色々都内の物件を内見したり、東京以外の選択肢(鎌倉、軽井沢、京都など)もちょっと検討してみたりしました。でも相方は実家が鎌倉なので「鎌倉はもう知ってるから嫌だ」というし、東京生まれ育ちの私にとって、急に遠方の地方に住むのも現実的ではなく、都内は不動産が高騰して「こんな高額でこんな狭いの!?」となった末に「っていうか、私たち二人とも英語できるし、多少海外経験もあるし、日本じゃなくても良くない?」ということに気づいてしまいました。
じゃあどの国にする?となった時に、少し前から電子国家エストニアに法人登記しておこうよ、と話していたこともあり、ユニークな形で外国人(法人・個人)を誘致している国を調べたりしていたので、ギリシャ、ポルトガル、スペインあたりがある一定額の不動産を購入すると永住権がついてくる、ということは知っていました。ただそういう国は大体経済力が弱いし(だからそうやってお金を集めようとしているわけで)、公用語も現地語なので、住むだけならいいけど、働く・教育を受ける、という観点では選択肢がむしろ狭まってしまうのではという懸念がありました。(投資家ビザが取れるようなもう働かなくて良いFIREした方や、旅行先としては最高だと思います。私たちも12月にカナリア諸島(スペイン領)に旅行に行く予定です🇪🇸)
そのリサーチの過程でオランダが選択肢に挙がってきて、オランダについてもっと深堀りしたいな〜と思っていた矢先、ひょんなことからUltraSuperNewの代表のMarcとホームパーティーで話す機会があり(彼、オランダ人だったんだ)、オランダ興味あるなら、今度のGWに帰国するから一緒においでよ!と誘って頂き、いい機会だから海外旅行を兼ねて視察に行ってみるか!ということになりました。結局2022年7~8月に1ヶ月強のワーケーションとしてオランダに行ってみることにしました!(この旅のこともちゃんと記事にしたい、と3年間思い続けている…)


実際に来てみたらめちゃくちゃ良くて、アムステルダムに到着してすぐに私も相方も「ここだ」と確信。ベビーカーで歩いていると、電車、バス、トラム、船、ただの路上でも、みんなとても笑顔で娘に非言語・言語コミュニケーションを取ってくれる。当たり前のようにベビーカーに場所を譲ってくれるし、子供(と親)に対してものすごく温かい。Vondelparkの中のキッズパーク、併設のバーで昼からワイン飲みながら子供を見守ってる親たちを見て「絶対ここだ」と。色々回ったので写真や思い出話はたくさんあるのですが、移住先選びも結局、直感やフィーリングが大事だと思いました。


ちなみにハーグも2泊ほどしたのですが、着いて早々「ちがう」となりました。千駄ヶ谷〜神宮前に生息していた私たちにとっては、オランダのSlow lifeは憧れるものの、それなりのCity lifeもほしかったので、家賃相場は高いけど、Amsterdam Zuid周辺に住みたいねということになりました。(実際、運よくそのエリアに住めたので有言実行!)たまたまPRIDEパレードの時期だったこともあり、リベラルっぷりもぐっときました。もちろん住んでみたら良いところばかりではありませんでしたが、今のところ天秤はポジに鋭角に傾いています。











帰国後は、すぐ移住したい気持ちは山々だったのですが、親の容態だったり、会社のことだったり、公私共にポンっ!と飛べる状況でもなく、まずはコロナでできていなかった結婚式をやろう、ということになりました。ちなみに1〜2歳の子育てと仕事をしながらの結婚式の準備は死ぬほど辛かったです(特にダイエット 涙)
(2023年)結婚式 & 国内インター幼稚園進学に向けた仕込み
<子育て・学校>
娘の通っていた保育園が小規模で2歳児クラスで卒園だったので、移住までの準備期間としてインターナショナル幼稚園に入れてあげようということになり、6月ぐらいから自宅近辺のインターのリサーチや問い合わせ、見学を始め、秋頃から応募・面接を進めた気がします。
<プライベート>
3月に結婚式を挙げ、その準備で瀕死だったことしか記憶がないのですが、オランダ移住前に家族や友人に一同に集まって頂き、素晴らしい時間を共にできたことはかけがえのない思い出になりました。
結婚式を機に人生で初めて父と大喧嘩をしたのですが、そのお陰(?)で大きな気付きを得ることができ、事業も人生も転換期となりました。その話もいつか書きたい。




<仕事>
事業は大手クライアント向けの研修事業でわりと安定しつつ、フルコース研修のマネジメントであっぷあっぷしてたような気がします。オランダからの時差 x リモートワークに挑戦したのはチャレンジャーだったけど、意外とできるじゃん!という検証になりました。
(2024年)娘→国内インターで英語環境の素地づくり、私→運転免許取得、仕事のグローバル化トライアル、高齢父の会社清算
<子育て・学校>
娘は第一志望のインターに合格することができ4月から新学期がスタートしました。一番家から近くて(自転車で5分!!)、のびのびしていて明るく、そこまでお勉強重視でもなく、雰囲気も私たちの方針に合っていそうで、9時〜18時まで預かってくれて、学費が安い!先生が多国籍でニコニコ雰囲気が良い、というのも決め手でした。
親の面接の時に「枠1-2名に対して50名以上応募がある」と聞かされて落ちたわーと思ったのですが、教育の在り方や想いについて熱く語りまくったのが功を奏したのか、家がめちゃくちゃ近かったから選ばれたのか、理由は分かりません。たぶん家の近さと、親としての「楽そうさ」= クレーム言わなそうな雰囲気の親かどうか、だと思います。
インターといっても生徒はほとんど日本人でしたが、娘もあっという間に英語を習得して、学校生活に必要な日常会話は大体話せるようになりました。初日から泣きもせず「ままばいばい」とあっさり登校し、夏休み前には南アフリカ人の担任の先生をからかえる程まで英語力とマインドセット(?)が育ちました。(渋谷区・港区のインターナショナルスクール選びについても1-2記事書けそう。)




本題のオランダの学校選びはというと、日本のインター入学前後からリサーチし始めて、結局今通っているAICS(Amsterdam International Community School)には3月にバーチャルツアー(オンライン説明会)、10月からAdmission申し込み書類をシステム上にコツコツ提出し始めました。
<仕事>
1月にAPT Womenのシリコンバレー派遣に選抜して頂き、久しぶりのアメリカ本土・ベイエリアに赴き、グローバル熱が再燃!自分の本心を初めて言葉にすることができ、自分自身と事業の在り方について考え直す機会を頂きました。また産後初めて娘と離れて過ごし、1泊も外泊したこともないのに10日も家を空けました。ワンオペしてくれた夫と、動じずパパと楽しく過ごしてくれた娘に大大大感謝!








<プライベート>
移住後は車が運転できないと困るだろうと思い、意を決して、38歳にして初めて運転免許を取ることにしました。二子玉川のコヤマドライビングスクールに6月から通い始めて、咳喘息で8月〜10月までお休みを挟み、2025年1月15日に免許を取得しました。仮免も本試験も全部一発合格!ヨーロッパはマニュアル車が多いとのことだったので念の為マニュアルで取ったのですが、エンストしすぎて泣きながら通いました…


教習が始まってすぐの6月頃に、80歳を迎えた父が急に「会社を畳む」と言い出し、そこからバタバタと会社清算の準備や手続きを手伝うことに。何年も前から「どうするの?」と話し合おうとしてきたのに全然取り合ってくれず閉口していたのですが、急に言ってくるので困った。
高齢の父はただですら怒りっぽくなってるのに、自分が生まれ育った実家、祖父から継いだ事業を本当の本当に離れなければいけなる寂しさと悲しさを怒りでぶつけてくるので、それを大喧嘩しながら受け止めるのもエネルギーいるし(素直には受け止められないので喧嘩になるw)、私自身も生まれ育った場所なので、私としても悲しいわ淋しいわで感情メンタルぐじゃぐじゃな状態で、取引先にお手紙送ったり、税理士とやり取りしたり、清算登記書類整えたりとまぁバタバタしていました。



仕事も忙しくて、子育てもしてて、父の会社の面倒も見て、教習所にも通いながら、国内とオランダのインターナショナルスクールを同時並行でリサーチ・応募して、国内インターの新しい環境に親としても慣れる必要もあり、この時期は結構大変だったきがする…毎晩3時ぐらいまで何かしてた。そりゃ咳喘息で3ヶ月声出なくなるわ。やりようのない気持ちを全部キックボクシングにぶつけてました(笑)

<仕事>
この年は自信と自尊心が底辺だったのですが、ドイツのクライアントを獲得して少しユーロを稼げるようになったり、国内のクライアントの外国人メンバーとやり取りする機会も多くなり「英語で働く・稼ぐ」ことへの自信を取り戻しました。そういう意味でもAPTにはとても感謝しています。
(2025年)運転免許&現地インター合格、ビザ取得/家探し/引越し準備、同時並行で妊活
<子育て・学校>
日本のインターに推薦状などを書いてもらい、2月頭にはAICSにAdmissionに必要な全ての書類の提出を完了させ、2/28にオファーが届きました。めっちゃ嬉しかった!!他にもBSA(British School of Amsterdam) やISA(International School of Amsterdam)、Amity International Schoolなどの私立のインターも3校ほど面談したり検討したりしました。BSA、Amityは初回のオンライン面談で「空きがあるのでいつでも入れる」と速攻口頭オファーを頂きました。日本のBritsh Schoolは親がイギリス人でも1年Waitingしてる同級生がいたので、そんなあっさり!?とびっくりしましたが、校長先生いわく「15年程前は日本人駐在員が多くて2-3番目に多い国籍だったけど、最近はかなり減ってしまって1学年に数人程。多様性を高めるためにアジア人の中でも特に少ない日本人が入学してくれるのは喜ばしい」ということでした。
ISAはしっかりとしたAdmissionプロセスがあり、Admission feeも数万円払って応募しオファーも頂いたのですが、結局AICSを選びました。
正直、ISAは私たちの中でbestでした。相方が高校の頃に通っていたFrankfurt International Schoolに最も近い規模と雰囲気でもあり、もし大きくなるまでオランダにいるなら、将来的にはここに通わせてあげよう、という話にはなったのですが、オファーレターと同時に送られてきたInvoiceの金額にびっくり!まだ4歳なので大きな施設も必要ないし、AICSの評判もとても良かったので、まずはここで十分すぎるぐらいだろうということになりました。
<アムステルダムで検討した学校リスト>
AICS(Amsterdam International Community School)
ISA(International School of Amsterdam)
BSA(British School of Amsterdam)
Amity International School
<プライベート>
取り貯めてあったのでもったいないし、使ってから移住したいなと思い、新年から教習所と並走して凍結卵の移植準備を始めました。自分の年齢的にも、一人目との年の差的にも急がないといけないとも思っていました。移住 & 仕事と子育て x 2をどうやるのか?というツッコミは、本当に2人目ができるかもワカラナイし、悩むのは本当にできて安定期に入ってから考えようと思っていました。
知らなかったのですが妊娠すると教習所に通えないので、試験合格が見えてきたタイミングで妊活を始めようと計画。1月15日に運転免許の本試験で一発合格すると覚悟を決めて、1月13日から近所にあるはらメディカルクリニックに通い直し、2月に移植するもスルー。せっかくならもう1ラウンドやってから引っ越そうと思い、移住準備と並走して妊活推進。2月に採卵して5玉ほど凍結できた(1回目の採卵の時は8玉採卵→1玉胚盤胞だったのでびっくり)のですが、橋本病なのでTSHの値を整えるのに時間がかかり、移植自体は5月にずれ込むもスルー、6月21日にもう1玉戻して晴れてお迎えとなりました。7月に妊娠判定、心拍確認して卒業→8月2日に愛育で妊婦健診1回目だけ受けて、8月21日にフライト、という超ギリギリ弾丸スケジュールでした。「免許合格→妊娠→移住」という順番で計画していたものの、まさか本当にうまくいくとは。ただ、つわりと引っ越しタイミングがもろ被りしたので夫婦共に死にました。
<ビザ>
学校が決まってよーいどん!で、3月からフリーランスビザの申請準備を開始。Visa lawyerに頼んで4月初めに申請して、たった1ヶ月後の5月初めにはビザが下りてしまいました。ビザについては詳細記事を別途書きたいと思っていますが、一番気になるコストだけ先に伝えておくと、大人2名、子ども1名で合計2,000EUR程度でした。
<ビザ申請費用>
Visa lawyerへの手数料:1150EUR (→自分でやったら削減できる)
オランダ政府に払う申請費用:730EUR
戸籍謄本の翻訳:70EURぐらい
ちなみに起業家の友人から聞いた話だと、カナダのスタートアップビザが約1,000~5,000万円、アメリカに至ってはは4,000~5,000万円(2025年10月時点の為替換算)だそうです。ひょえー!
ビザの取りやすさですが、2023年頃に法改正(?)があり、アメリカ人と日本人のビザが更にゆるくなり、それ以外の国籍は厳しくなったそうです。(オランダでも移民問題はかなり深刻なようです。)実際、事業計画書はびっくりするぐらい適当なもので通りました。一度取ったら日本人であれば2年更新でほぼ延長し続けられると聞いていましたが、最近厳しくなってきているそう。とはいえ他国と比べたらかなり安定的に更新できます。
ビザの種類は夫がフリーランスビザ(個人事業主 or 法人代表になれる)で、私がパートナービザ(個人事業主、法人代表、被雇用者、なんでもなれる)。そう、パートナービザの方が強いのです。
ビザが発行されてから4〜6ヶ月以内にオランダに入国しなければいけないので、急いで移住日決めと家を探し始めました。
また、以前は家の住所(=契約)が決まってからでないとビザ申請ができませんでしたが、現在は先にビザの申請ができ、しかも全てオンラインで完結するので日本にいながらビザの申請・承認が完了するという神優遇となっています。WHY。感謝しかない。
Visa lawyerはこちらがおすすめ→Adams & Wolf Immigration Lawyer
オランダに5年在住したらEU永住権を取得することができるので、その試験合格に向けて来年から早めに試験を受けて準備を進めようと思っています。(ちなみにドイツだったらエンジニアであれば2年・試験なしで取得できるので、物価も安いし経済規模もより大きいのでベルリンとかもおすすめ。)
<移住日決め & 航空券>
移住後は日本の運転免許をオランダのものに書き換える必要があるのですが、日本での免許取得日から6ヶ月以上国内に在住していないと書き換えられないという厳密なルールがあり、つまり私は2025年1月15日に免許を取ったばかりだったので、最短で7月16日以降でないと出国できないわけです。あまり遅くてもよくないし、かといって妊活の状況も状況だったので、7月末〜8月が移住タイミングということになりました。マイルとにらめっこした結果、なぜかその日だけめちゃくちゃ破格でKLMのビジネスクラスが空いていたので、7月頃にギリギリで8月21日のフライトを予約しました。3人でビジネスクラスが30万マイルとかでした。WHY。
<家探し>
去年から相方がずーっと眺めていたfundaという不動産サイト。5月頃から本気のにらめっこが始まり、毎晩夜な夜な相方が検索結果をSlackに送ってくる、という日々が続きました。私の方は家探し周辺の情報収集。移住者の方々のブログを読み漁り、Relocifyというサービスを発掘。相方が早速有料版を契約し、担当エージェントがリモートで5~6月から色々と物件を紹介してもらうも、ピンとくるものがなく。結局今住んでいる物件は相方が7/9にfundaで見つけ、その当日にはオーナーから返事が来てやり取りが始まりました。
Relocifyを仲介しなければいけなかったのですが、とにかく私たちは外国人 x フリーランスビザ(駐在員でない)で超不利だったので、相方がオーナーのLinkedInをたどったところ、向こうからWhatsAppでDMが届き、そこからほぼ毎晩WhatsAppでリレーションづくりに勤しんでいました。その努力が功を奏し、あっという間に契約に至りました。(内見代行や契約書のレビューなどをしてもらったのでRelocifyは使ってよかった。何よりUIがきれいでスタートアップとして美しかった。)ただし、フリーランスなので信用が足りないということで3ヶ月分前払いという条件にはなりました。ひえー。
ちなみに、アムステルダムは物凄い家不足で家賃が物凄く高騰しているので、ビザ、学校、家の中で圧倒的に家が一番難易度が高いです。相場感で言うと、家族用の70-90平米(2-3LDK)だと2,200EURぐらい。(2022年時点では友人から1,400-1,800と聞いていたので高騰っぷりにびっくりしました。)
100平米超えて築浅、都心部になると3000EUR前後。3000超えてくると競合が減るので比較的契約しやすくなりますが、逆に一人暮らし用の1000EUR台で探すと本当に見つからないそうです。ハーグやロッテルダム、ユトレヒトだともう少し下がるみたいです。うちはいくらかというと?それはひみつです♡
家とビザの順序ですが、前述の通りビザの申請・承認に家の契約は必須ではなくなったため、今はビザが下りてからリモートで家探し・契約を済ませた後に家族で一気に本移住ができるようになりました。(以前は一度家探しに来て、最短2週間〜最長3ヶ月間の家探し滞在を歴てから一度帰国し、ビザが下りてから本移住する必要があったので、大体パパが一人で先にオランダ入りして家探しをして、一回日本に返ってから家族と一緒にまた来る、という大変な手間だったそうです。)
<引っ越し>
7月末には学校、ビザ、家が整い、航空券も手配済みで、後は自分たちと荷物が移動すれば良いだけ!というところまで辿り着きました。海外引越の過酷さは、それだけで1ブログがっつり書けそうなので、また後日書こうと思いますが、自宅とオフィスの2箇所同時並行で、断捨離、整理、メルカリ、粗大ごみ、パッキング、船便と航空便の振分などなどをやって、しかもつわりがピークだったのでほんとに死にそうでした。今思えば本当に馬鹿だったなと思
うのですが、
8/19:自宅退去日(8/18だったのだが、本当に間に合わなくて1日ずらしてもらった)
8/20:オフィス退去日
8/21:フライト
というアホみたいな弾丸スケジュール。いつか写真見てもらえば分かると思いますが、夫婦共にめっちゃ痩せました(笑)
2023年の子連れ結婚式準備が最悪だと思っていましたが、あれを遥かに上回る過酷さ。もう絶対やりたくない。これだけで10年は帰国したくない、10年以内に帰国したらあの過酷さのもとが取れない!

ちなみに奥のモノたちは間に合わず、翌朝に廃品回収業者にめちゃ高い手数料を払って持っていって頂いた始末。無印の収納BOXとかさ… もったいなさすぎでしょ… 売れたよね… というかオランダ持ってくればよかったじゃん…


オフィスと自宅で合計どれくらいかかったのか怖くて見れない。

8AMにギリギリに全部詰めて成田へ…妊娠初期に完徹とか orz
<フライト>
8/21のフライト当日は、もう放心状態で、寝不足で、もっと色々日本を離れる前にゆっくり考えたり、日記やnoteを書いたり、浸ったりしたかったのに、そんな余裕は1秒もありませんでした。相方の親友が前泊してレンタカーで空港まで送迎してくれて、相方のファミリー一同が成田空港まで見送りに来てくださり、感無量!私の両親には前日に挨拶に行ったのですが、疲弊しすぎてて何か思う暇もなく、ただ平和にさっとご飯して、挨拶して帰ってきた… 結構な一大イベントだったはずなのだが…
フライトは素敵なお料理もほぼ食べれず夫婦とも爆睡。初めてフライトでリカバリーした… ビジネスクラス神…直行便のビジネスじゃなかったら、本当に本当に本当に命が繋がらなかったと思う。そして妊娠さえしていなければ、あのワインもあの泡も飲めたのに…









さいごに
こうやって言語化すると、すっごい大変そうじゃん… 何やってんの私たち… って自分でも引いてしまったのですが、実は移住前なんて序の口だったわと思えるぐらい、移住後の2ヶ月半の方が大変でした(白目)
でも、こんな大変な目にあってまで移住してよかったかと聞かれたら、大声で「よかったーーーー!!」と叫びたいです!(今のところ!)移住後のことについては、また別の記事で書こうと思います。
お腹のベビーはというと、こんな雑な扱いにも関わらず、現在妊娠23週(6ヶ月)になりますが、なんの問題もなく元気に育ってくれています。すでに親孝行!こちらの助産師、ホームドクター、妊娠・出産事情などについてもコツコツまとめていこうと思っているので、お楽しみに☆
