見出し画像

自らつくった市場で、なぜ王者は敗れたのか ― 新型エルグランドに見る「総取り」の罠

2026年7月16日、日産が新型エルグランドを発売しました。実に16年ぶりのフルモデルチェンジです。

クルマ好きとしては、素直に面白い一台が出てきたと思います。ただ、経営の視点で眺めると、この一台には「市場をつくった企業が、なぜその市場を失うのか」という、あらゆる業界に共通する教訓が詰まっていました。

今回は、高級ミニバンという市場の30年史を追いながら、そこから読み取れる経営の論点を整理してみます。

1. 1997年、日産は「存在しなかった市場」を自分でつくった

初代エルグランド(E50型)の登場は1997年5月。

当時、日産が掲げた販売目標は月5,000台でした。ところが実績は月15,000台超。目標の3倍です。FRレイアウトの堂々としたボディに押しの強いフロントマスクをまとった「ハイウェイスター」が人気を博し、それまで存在しなかった「高級ミニバン」というジャンルそのものを、エルグランドが自らの手で創り出しました。(出典:ベストカー)

ここは強調しておきたいところです。今アルファードが支配しているこの市場は、もともと日産が発明した市場なのです。

トヨタがアルファードを投入したのは2002年。つまり日産は5年間、完全な独占状態にありました。

2. 何が起きたのか ― 3代目での方向転換

流れが変わったのは、3代目E52型(2010年)です。

このモデルでFRからFF(前輪駆動)へ転換しました。低重心化と走行安定性は向上しましたが、全高が抑えられ、室内の広さを重視するユーザーがライバル車へ流れていきました。「圧倒的な威圧感と広さ」から「洗練された走りと高級感」へ舵を切ったことが、販売台数の減少という結果に表れています。(出典:CARS blog)

そして、ここからが問題です。

日産はこのE52型を、2026年まで16年間放置しました。

一方、その16年間で市場は完全に別物になります。アルファードの2025年国内販売台数は86,959台。月平均7,000台超で、2026年に入っても1〜6月平均は約7,300台とむしろ増加しています(出典:日本自動車販売協会連合会)。ヴェルファイアも月販平均約2,800台で、合わせれば月約1万台規模です(出典:ベストカー)。

ホンダも脱落しました。オデッセイは年間販売台数が1万台を切り、国内販売終了、2027年2月をめどに生産終了となります。(出典:日刊自動車新聞)

3. なぜ、この市場がこれほど巨大になったのか

ここが経営者として最も興味深い部分です。年間1万台超、平均単価700万円前後。国内だけで数千億円規模の市場が、なぜミニバンという「実用車」のカテゴリーに生まれたのか。

理由は4つあると考えています。

【理由1】高級セダンの合理性が崩れた

メルセデスSクラスやBMW7シリーズからの乗り換えが、この市場を押し上げてきました。後席の広さ、乗降のしやすさ、接遇のしやすさで比べると、1,500万円のセダンより700万円のミニバンのほうが上回ってしまう。合理性がステータスを侵食した構図です。圧倒的にゆったり座れる。乗降もしやすい。ほとんどフルフラットに近い。これでは、Sクラスも7シリーズも対抗できないですね。。。

【理由2】法人需要という太い柱

役員車、ハイヤー、インバウンド送迎。「移動する社長室」としての実需があります。中国のZEEKR 009が日本参入にあたって一般消費者ではなく企業の社長車や富裕層インバウンド送迎というB2B市場を主戦場に据えたのも、この需要の太さを見てのことです。(出典:36Kr Japan)

【理由3】リセールバリューが「実質価格」を下げている

これが最大の要因かもしれません。中古車販売店によれば、アルファードやヴェルファイアは3年後の初回車検直前なら新車価格の70%以上で買い取れる場合もあり、短期間で乗り替える人も多いといいます。(出典:MOTA)

つまり700万円という価格は、額面ではなく「3年後にいくらで戻るか」で判断されている。これは高額商品を扱うすべてのビジネスに共通する視点です。ただ、最近では、少しずつリセールバリューが下がってきているようです💦

【理由4】プレイヤーが多くても、パイが大きい

輸入勢も参入していますが、価格帯は完全に分かれています。

・トヨタ アルファード:約560万円〜1,065万円
・トヨタ ヴェルファイア:約675万〜1,090万円
・日産 エルグランド(新型):689.7万円/757.9万円
・レクサス LM:1,520万〜2,030万円
・メルセデス Vクラス:961万〜1,408万円
・メルセデス VLE:本国で約1,540万円(日本導入は未発表)
・ZEEKR 009:約1,300万円

見ての通り、輸入勢は全員1,000万円超に張り付いています。500〜800万円というボリュームゾーンは、実質的にトヨタの独占です。

「プレイヤーが多い=レッドオーシャン」という直感は、市場規模が巨大なときには成り立ちません。10%取れば十分に事業として成立するからです。

4. 新型エルグランドの実力 ― 技術は本物か?

では、16年ぶりの新型はどうか。

走りに関する技術は、率直に高い評価をしてよいと思います。

【前後モーターとブレーキの統合制御】

新型は「e-4ORCE」により、前後のモータートルクを瞬時かつ高精度に制御し、前後モーターとブレーキを統合制御することでピッチングを抑制、同乗者が揺れを感じにくいフラットな乗り心地を実現しています。「プロのドライバーのように、キュッと綺麗に止まる」という感覚の正体はここにあります。油圧ブレーキ単体では作れない微細な減速制御が可能になり、ノーズダイブが出にくい。後席の頭の揺れが減るわけです。

【パワートレインの刷新】

第3世代e-POWER、e-4ORCE、インテリジェント・ダイナミックサスペンションの三位一体構成。発電専用の1.5L直3ターボ「ZR15DDTe」(140ps/225Nm)と、モーター・発電機・インバーター・減速機・増速機を一体化した「5-in-1」電動ユニットにより、WLTCモード燃費16.8km/Lを実現しています。後輪モーターを高出力化し、リヤの駆動力を増やすことでフロントタイヤの駆動負担を軽減、その分を「曲がること」に使わせる設計です。試乗評価でも、全幅1,895mmと大柄ながら重さも大きさも意識させず、重量級のLクラスミニバンとは思えないハンドリングと評されています。
技術は、これまでにないものを備えていると言えるかもしれません。

5. それでも「中途半端」に見える理由。それはなぜか?

ところが、商品全体として見ると、印象が定まりません。

理由は明快で、【すべてを総取りしようとした】からです。

具体的に3つの矛盾があります。

【矛盾1】走りを主軸に据えながら、ショーファーも名乗っている

日産は開発にあたり「運転の楽しさ」を競合との差別化ポイントに据えたと明言しています。その一方で、最上級には「ショーファーカーとしてのニーズに応える」VIPグレードを用意しています。しかし、この市場で購買を決めているのは「運転する人」とは限りません。後席に乗る人か、後席に乗せる相手(法人・家族)であることが多い。ショーファー用途に近づくほど、運転の愉しさは【優先順位が下がる】価値になります。ここで注意したいのは、「価値がない」のではないという点です。問題は別のところにあります。

「運転の楽しさ」は、単一の価値ではなく複数の要素の束です。快活な加速を思い浮かべる人もいれば、コーナリングの正確さ、サスペンションの当たりの良さ、ワインディングや高速巡航での静粛性を思い浮かべる人もいる。聞き手によって中身が入れ替わってしまう言葉です。

訴求軸が差別化として機能する条件は、受け手全員が同じ意味で受け取ることです。定義が分散する言葉は、比較の物差しになりません。だから購買の判断において、順位が後ろへ下がっていく。

一方で、日産が実際に作った技術の価値は、そうではありません。「後席の揺れが少ない」は、誰が聞いても同じ意味で、しかも試乗すれば5分で検証できます。同じ技術から生まれた価値なのに、片方は伝わらず、片方は伝わる。

技術の問題ではなく、翻訳の問題です。

【矛盾2】ショーファーを名乗りながら、ショーファー構成がない

新型のVIPは3列シート仕様で、2列4人乗り仕様は現時点で用意されていません。これは驚くべきことです。先代E52型のVIPには2列4人乗り仕様が存在していました。日産は自社が持っていた本物のショーファー構成を、フルモデルチェンジのタイミングで一度手放したことになります。しかも価格は、VIPが869万8800円。アルファードのハイブリッド エグゼクティブラウンジ(2026年6月改良後)が864万9300円〜886万9300円ですから、まさにその真ん中に飛び込む設定です。後席専用設計を持たないまま、後席専用車と同じ土俵に価格だけ乗せた形になっています。

【矛盾3】入り口の価格競争力も放棄している

エントリーは689万7000円。アルファードはエントリー価格が100万円以上安い水準です。加えてパワートレインはe-POWER×e-4ORCEのみ、グレードも2つに絞り込まれています。全車4WDのため、2WDで十分なユーザーにも重量とコストが乗ります。「自分で運転する家族向けの車」と位置づけるには、価格が高すぎる。「後席のための車」と位置づけるには、後席の作り込みが足りない。どちらの顧客に対しても、決め手を欠いています。

6. ここから読み取れる、3つの経営の論点

さて、ここからが本題です。この一件は、業種を問わず示唆に富んでいます。

【論点1】市場を創った企業が、市場を守れるとは限らない

日産は1997年に高級ミニバンという市場を発明し、5年間独占し、そして29年後に挑戦者の側に回りました。決定打になったのは技術力ではなく、3代目でのコンセプト変更と、その後16年間の不在です。市場は、放置すれば必ず誰かに埋められます。先行者利益は、更新し続けなければ資産ではなく負債になる。自社の主力商品が何年更新されていないか、一度棚卸しする価値はあります。

【論点2】「全部入り」は差別化ではなく、無差別化である

走りも快適性も、自家用も法人需要も、家族もVIPも。すべてを取りに行った結果、どの顧客にとっても「一番」になれていない。限られた経営資源で戦う挑戦者が最もやってはいけないのが、この総取りです。王者と同じ土俵で同じ品揃えをすれば、体力差がそのまま結果になります。挑戦者の戦い方は、市場を狭く切り、その中で圧倒的一位を取ること以外にありません。具体的には、上に振り切って2列4人乗りVIPを900万円台で用意し「レクサスLMの半額でショーファー体験」と打ち出すか、下に振り切って2WD仕様を600万円未満で用意してアルファードの入り口を叩くか。どちらかだったはずです。

【論点3】価格は「自社の原価」ではなく「顧客の判断軸」で決まる

この市場の顧客は、車両価格ではなく実質負担(車両価格 − 3年後の残価)で判断しています。額面で100万円の差は、リセール差を加味すればさらに開きます。自社の商品が、顧客の頭の中でどんな計算式にかけられているか。そこを把握せずに値付けをすると、原価を積み上げた「正しい価格」が、市場では「説明のつかない価格」になります。

おわりに

先行受注は6,000台を超え、その9割が高級グレードでした。滑り出しは順調かもしれません。ただ、この数字が示しているのは、市場が求めているのは「後席」だということです。日産にとっては、発売直後にして最も価値のあるフィードバックでしょう。2列4人乗り仕様の追加を望む声はすでに出ています。ここに素早く応えられるかどうかが、この商品の、そして日産の再建の試金石になると見ています。

さあ、これからがマーケットの本当の答えが出るタイミングです。

クルマのファンとしては、この市場に新しいプレイヤーが本気で入ってきたことを、単純に歓迎したいとおもいつつ、ただ経営を見る立場としては、「総取りを狙った瞬間に、勝ち筋は消える」という原則を、あらためて突きつけられた一台でもありました。

自社の商品は、誰の「一番」になっているでしょうか。

そしてもう一つ。この「自らつくった市場を、自ら失う」という現象には、さらに有名な事例があります。自社が発明した技術によって、自社が消滅した会社。アメリカのイーストマン・コダックです。次回は、その話を書きます。同じ危機に直面しながら生き残った日本企業、富士フイルムと比べながらご紹介したいと思います。

梅木智史(うめきさとし)

1978年、大分県大分市生まれ。20歳の頃より「まず修行、そして経営者へ」という明確なビジョンを胸に、キャリアをスタートさせる。本間ゴルフの経営企画室を皮切りに、光通信の社長室・人事本部へ。約7年半にわたり経営の最前線で研鑽を積み、複数社の監査役も歴任。その後、長谷川ホールディングスにて取締役管理本部長に就任し、銀行融資・第三者割当増資を合わせた約90億円の資金調達を牽引するなど、財務戦略の実務家として従事。続いてリグア(現・東証グロース上場)にて営業本部長・マーケティング部長を歴任し、上場達成に貢献。10社のターンアラウンドも手がけた。
2022年6月、AXIAを設立し、独立。現在は財務戦略・資金調達、売上向上体制の構築、組織開発・階層別研修、マーケティング、ビジネスモデル設計など多岐にわたるコンサルティングを展開。防衛省、医療系、店舗系、IT系をはじめとした幅広いクライアントを支援している。年間8,000〜10,000名へのセミナー登壇を重ね、累計受講者数は約50,000名に上る。
「何をするかではなく、誰とするか」「365日24時間営業」を信条に、企業の成長と社会課題の解決を両立させるべく、今日も全力で走り続けている。
https://axia-consulting.jp/

#日産 #エルグランド #アルファード #クルマ #新型車 #経営戦略 #マーケティング #差別化戦略 #ビジネス #経営者

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー