星は風にそよぐ(第8回)
5月28日
今朝はやっぱり、風に乗せてお話しする時間が取れなかったので、昨日、スリーシスターズから学んだことを書いておきますね。
昨日は一日、ジュリアのそばで勉強させてもらいました。ジュリアのおうちがベジタブルショップを営んでいることは、お話しましたよね。ジュリアは、給食で使う野菜栽培のリーダーです。
朝獲りの野菜が一番みずみずしいので、スリーシスターズの一日は野菜の収穫から始まります。クロード先生もとても早く登校するんですけど、先生にお願いして、いつもより15分早く家を出ました。7月に入ってもっと暑くなってきたら、3人は起きてすぐ収穫をすませ、一度家に帰ってまた学校に来るのだそうです。
今日の献立は、ホワイトアスパラのチーズ焼きとポトフだったので、私たちはかぶ、にんじん、キャベツ、いんげん豆、アスパラを手分けして収穫しました。じゃがいも、玉ねぎは5月の中頃に収穫し、よく乾燥させて貯蔵してあります。セシルは力がなさそうだから、ということで、私はいんげん豆の収穫をさせてもらいました。150人分の食材ですから、すごい量ですよ。シャインウッドでは、2人分をちょいちょいっと収穫すればよかったので楽でしたね。
朝の畑に立ったのは、久しぶりでした。畑の朝の静けさ。木々がないから、鳥の声や木の葉のすれる音もありません。朝日がさしてくると、地面からもわもわと水蒸気が立ち昇ってきます。風はひんやりと透き通っていて、靄(もや)を通した朝の光は、ピンク色でとてもきれいでした。
収穫の後、調理に取りかかる時間までは、それぞれの持ち場に入ります。ジェシーは食材の納品を確認しに、エヴァは鶏小屋の掃除をしに行きました。そして、ジュリアと私は、引き続き畑で野菜のお世話をしました。
今、畑で採れているのは主に春野菜で、トマト、キュウリ、ピーマン、ナスなどの夏野菜はまだ収穫が始まっていません。トマトやキュウリのように上にも横にもぐんぐん伸びていく野菜は、ある程度枝を整えてあげないと、ジャングルのようになってしまうので、こまめなお手入れが必要なんですって。先生は、ジャングルのようにしていましたね。
ジュリアが
「新しく種をまいたいんげん豆なんだけど、芽が出ていないのが多いのよね。セシル、出してもらえる? いつもはミリエル先生に頼んでるんだけど、せっかくだからセシルにやってもらおうと思って」
と言ってくれました。私を精霊術師として見てくれているのが、とてもうれしかったです。
「ミリエル先生がやれば、見ている間に芽が出て他のいんげん豆に追いついちゃうんでしょうけど、私の場合は、ミリエル先生の術みたいに速効性はありません。種は死んでいないみたいだから、2、3日で出てくるとは思います」
なんて言い訳しながら、自分の意識と無意識のすべてを集めて土に触れ、地と種の精霊と繋がり、祈りました。
そしていよいよ、みんなそろって調理に入りました。弟子入りしている身分でおこがましいとは思いつつ、火と水の精霊を味方につけて味わいと栄養価を高めるあの儀式を、3人にご紹介しましたよ。3人とも大喜びで、これから毎日「滋味豊かに」を唱えると言っています。「絶対、家でもやる!」ですって。
今日は煮込み料理なので、手間のかかる作業はありません。ひたすらに、食材を切っていきました。栄養士ジェシーの方針で、野菜の皮もできるだけむかずに使います。かぶやにんじんはもちろん、収穫して間もないじゃがいもも皮つきのまま。先生もそうしていましたね。調理が楽で栄養もあるんだから、そうした方がいいに決まってますよね。心の中でそう思っていたら、ジェシーが
「色の美しさや口当たりの繊細さを大事にする高級な料理では、やっぱり皮をむいた方がいい場合が多いの。一流シェフが作るそういうお料理は、命を支える日々の糧というよりはアート作品なのね。それはそれで素晴らしいものよ」
と教えてくれました。
エヴァは、一心に、鶏肉を切っていました。今日使う鶏肉の中には、この学校で育った鶏さんが入っていたんです。よく運動して育った鶏さんのお肉は少し固いですけど、とっても味が濃いんです。
3つの大鍋が火にかけられ、弱火でじっくり煮込みます。仕上げに使うのは、シンプルに塩とこしょうだけ。塩は人間にとってとても大切なものだし、塩の良し悪しは味にも深く関わるので、太陽の力でしっかり干された天日塩が使われます。
ポトフを煮込んでいる間に、ホワイトアスパラにシュレッドチーズをかけて焼くだけにしておき、食器やカトラリーの準備をしました。今日はいつものワンプレートではなく、パンとホワイトアスパラを載せる丸皿とポトフのための深いボウルを準備しました。今日は子どもたちが順番に作るポタージュもお休みです。
ちょうど焼き上がったアスパラを容器に入れ終わったとき、給食当番の子どもたちがやって来ました。子どもたちがお鍋や食器類を運んでいく姿を見届けると、私たちも調理室をざっと片付けて、窓際の小さなテーブルにつきました。
食事しながらの、にぎやかな女子トークです。3人のこと、いろいろ聞きたかったのに、私の方が質問責めにあってしまいました。先生の養生料理のことも、いろいろ訊かれましたよ。
子どもたちが「ごちそうさま~」と言って、空になったお鍋と食器類を下げてきたら、すぐ後片付けに入ります。木のうつわはデリケートなので、すべて手洗いです。よく乾かさないといけないので、洗ったあとは食器乾燥機に入れます。
定期的に木のうつわのお手入れ日が設けられていて、その日は、みんなでココナッツオイルを塗るそうです。そのときは、高学年の子どもたちが手伝ってくれるんですって。
以上は昨日のことです。今日は、授業に出ましたよ。
精霊術クラスでは、コンサートの練習を頑張っています。低学年の子たちも「安かれわが心よ」を歌えるようになってきたので、今日は新しく「彼方の光」を聴いて、詞を読み、絵を描きました。
5月29日
霧雨の降る朝でした。窓辺に座りながら、雨の日は収穫がたいへんだな、と考えていました。でも、野菜たちにとっては恵みの雨でした。晴れ続きで少しカサカサしていた庭の緑が、しっとりと潤い、つややかに輝いていました。
クロード先生の車で学校へ向かう途中、雨は本降りになってきてしまいました。私は空気中にいる水の精霊たちに祈りました。どうかスリーシスターズが収穫を終えるまで、雨よ、止んでいてください、と。すぐに願いは聞き届けられました。
3時間目が始まるころには、またザーザー降りの雨でした。3時間目はクロード先生の理科。雨の降る仕組みについて勉強しました。
「今日はみんな、それぞれ水の粒になって、冒険の旅に出かけましょう」
クロード先生がそう言ったので、「冒険」と聞いた子どもたちは(私も)、わーいと言って喜びました。
「あなたたちは、今、海や湖、川、地面の中にいます。どこでもいいですよ。どこにいるか想像して。さあ、お日さまが照ってきて、あなたたちの体は軽い空気のようになって、他の仲間たちと一緒に上へ上へと昇っていきます。下を見てごらんなさい。もうこんなに高く昇ってきた。上へ昇るにつれて、だんだん寒くなってきます。体が冷えると、あなたたちはまた小さな水の粒になります。そしてね、寒いから仲間と集まって、それが雲になるんですよ。雲は風に流されながら、また上へ上へと向かいます。下の景色は流れていきます。上へ向かうと、まただんだん寒く寒くなってきました。寒いから仲間とくっつきます。そうして粒はだんだん大きくなります。もっと寒くなってきて、あなたたちは氷の粒になります。粒は集まって大きくなり、重くなってきました。ああ、もう上へと向かう風は、あなたたちを支えることができません。さあ、今度は落下しますよ。目を回さないでね。今度は下へ下へ。ぐんぐん下へ。下へ行くにつれて、暖かくなってきて、氷だったあなたたちは解けて、仲間と離れてまたちいさな水の粒になります。そう。今のあなたたちが、雨よ」
こんな感じでした。落下するとき、みんなで「キャー!」って叫びましたよ。楽しかったです。
そして今日、初めてミアの歌を聴きました。それで私、わかったんです。精霊術師の素質が。この前、ミリエル先生に精霊術師の素質について質問したとき、ミリエル先生は「ミアを見ていてごらんなさい」と言いました。それからずっと、私はミアやミリエル先生を見ていました。そして今日、ミアの歌を聴いてわかったんです。精霊術師の素質は、その感性とアーティスティックな才能にあるんだ、って。だって、ミアの歌を聴いたら、絶対に、あの森の精霊たち、戻ってきますもん。もともといた精霊じゃない精霊も、集まってきちゃうかもしれませんよ。先生もよく言っていましたね。「精霊を喜ばせることが大切」って。
クレアのフルートも本当に美しかったです。その技術の高さに、私はとても驚きました。小学6年生でここまでの演奏ができるんだ、と唸らされました。
ミアもクレアもアーティストです。でもどこかが違う。その違いは、言葉で説明するのは難しいけど、巫女の舞いとダンサーの踊りが違うのと一緒かな。ミリエル先生の踊りなんか、天女ですもの。魂で魅せるか、技術の高さで魅せるか。そしてときどき、その両方を備えたアーティストが現れて、レジェンドになるんですね。
5月30日
今日は、また2年生のポタージュの日でした。濃いオレンジ色に元気が湧いてくる、にんじんのポタージュを作りましたよ。この前のポタージュのときに私が教えた「滋味豊かに」を、みんな忘れずに唱えてくれました。
ポタージュは材料もシンプルだし、柔らかく煮たらミキサーにかけて牛乳を加えるだけでできてしまうので、子どもたちが調理するのにとても向いているなあ、と思います。ミキサーは4台あるんですけど、ミキサーにかけるとき「ふたが外れたら大変」と言って、それぞれのミキサーに4人がかりでふたを押さえている姿が、毎回かわいくて仕方ありません。
今日の精霊術クラスでは、みんながコーラスパートを練習している間に、少しミアとお話しました。
「昨日、初めてミアの歌を聴いて、私、すごく感動しちゃった。ミアの歌声、天上からの声かと思うくらい澄んでいて。それによく響いて」
と私が言うと、ミアは恥ずかしそうに、でもうれしそうに肩をすくめました。
「ミアは歌を歌っているときが一番好きなの?」
と私が訊くと、恥ずかしがりやで口数の少ないミアが、一生懸命話してくれました。
「うん。歌うと精霊たちが近くに来てくれるから。それでね、聴いてる精霊や人のエネルギーがね、歌に合わせてやさしくゆれるの。それからね、歌うと気持ちいいでしょ。だから好きなの」
こんなあどけない感じのミアですが、歌い始めると本当に神々しいんですよ。ああ、先生もコンサートに来られたらいいのになあ。
6月1日
昨晩はまた、ビストロミュジークへ行って、コンサートの話し合いをしたり、アンリとロラン兄弟の演奏を聴いたりしてきたので、日記をお休みしました。
それにしても先生、驚きましたよ。今日はモニカの休日出勤日だったので、図書館に行ってきたんです。初めてバスに乗って行ってきました。図書館は、日曜日にマルシェが開かれる広場を挟んで市庁舎の向かい側にあります。どっしりした石造りの歴史ある建物です。
大きなエントランスの正面がカウンターで、そこにモニカはいませんでした。どこもかしこもぎっしり本が詰まった本棚だらけで、私は興奮のあまり、めまいがしてきてしまいました。もちろん、仮想空間にだって図書館はあったんですよ。でも、現実世界の図書館は、本の存在感があんまり大きかった。本のエネルギーがすごくて圧倒されました。本を手に取ってみたいんだけれど、その圧に押されて、本棚へ近づけません。頭が真っ白になって、どこへ向かったらいいのかわからなくなってしまいました。
私は深呼吸して気を取り直し、自分が持っている唯一の本、先生がプレゼントしてくれた詩画集の作者、シリル・メイランドの他の作品を探してみよう、と思い立ちました。それで、案内板を見て、詩集のコーナーへ行ってみると、1冊だけあったんです、彼女の作品が。私はその本を持って、モニカがいたらいいなと思いながらカウンターへ行ったんですけど、やっぱりモニカはいませんでした。それで、若い女性の司書さんに貸し出しの手続きをしてもらっていると、返却本を積んだカートを押してモニカが事務室から出てきました。モニカは私を見つけるとパッと笑顔になって、すぐにこちらへ来てくれました。私が
「あんまり本がたくさんあるから、自分がどんな本を読みたいのかもわからなくなっちゃって」
と言うと、
「お料理の本もたくさんあるわよ」
とモニカが言いました。私が
「お料理の本はずっと使えるから、グレイヴィさんのベリーズブックショップで1冊買いたいと思っているの」
と言うと、
「それなら図書館で吟味してから、グレイヴィさんのところで買ったらいいわ。ショップに置いてなければ、取り寄せてもらえるからね。お料理の本もね、レシピが丁寧なもの、写真が美しいもの、初心者向け、上級者向け、本当にいろいろあるから、図書館でしっかり比較検討して自分に合ったものを見つけてから買えば、失敗がないわ。まあ、直感で選ぶのも楽しいんだけどね。直感で選んで、自分が求めていた本と出会えれば運命って思っちゃうけど、なんか違ったって後悔することもよくあるものね。恋と同じよ。私はね、この図書館に入れる料理本の選書に関わっているから、ここにある料理本にはとっても詳しいの。案内してあげる」
モニカはこう言って、お料理本のコーナーに私を連れて行ってくれました。そして「お料理本だけでもこれだけあるのか、これじゃ選ぶのに1日かかりそう」と立ち尽くしている私に、
「私のおすすめはこれとこれよ」
と言って、迷うことなく2冊を手渡してくれました。
それから2時間余り、私は時間をかけて料理本を見ていきました。そして、改めて実感しました、この国のお料理の美しさを。特にお菓子は芸術的ですね。イシアスの伝統のお菓子も、とても美しいものでしたけど。
私が見た本はどれも良い本で、選ぶのが難しかったので、結局、モニカがおすすめしてくれたロータシアの家庭料理の本を2冊、借りました。このうちの1冊を、ベリーズブックショップで買おうと思います。
真剣に本を選んだ心地よい疲れとともにうちへ帰り着いた私は、ダイニングでコーヒーを飲みながらお仕事をしていたクロード先生に、借りてきた本を見せました。そしたら、何て言ったと思いますか。
「あ、それ、ステファニーの詩集。借りてきたの? その本なら、うちにあったのに」
ですって。
何なんですか。なんで言ってくれなかったんですか。シリル・メイランドって、先生のペンネームなんじゃないですか。先生は今頃、ほくそ笑んでいるんでしょうね。驚くのはまだ早い、とかなんとか思っているんじゃないですか。はい。もっと驚くこと、ありましたよ。
私は動揺しているところをクロード先生に見られたくなかったので、自分の部屋へ行って勉強机に座り、一旦心を落ち着けてから、借りてきた先生の詩集を開きました。そして、目次のタイトルを目で追っていると、「日々の中に」という見慣れすぎたタイトルが目に飛び込んできました。まさかあの詩じゃないよね、よくあるタイトルだし、と思いながらそのページを開いたとき、なんだかものすごい「してやられた感」がありましたね。
だからなんですか、先生が私を受け入れてくれたのは。私がロータシアの大使館に送り続けたメッセージの中に、この詩が書いてあったから。
先生は、ああいう詩を書くんですね。先生が書くなら予言詩みたいなイメージでしたけど。
今日はなんだか心の動揺が激しすぎて、夕食があまり喉を通らず、みんなに心配されてしまいました。
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