The Lost Universe 古代の巨大海洋節足動物④巨大ウミサソリ
アノマロカリスの仲間も三葉虫も、大型動物を襲うことはほとんどなかったと考えられます。しかし、今回紹介するウミサソリ類の大型種は、現代に生きていたら小柄な人間を捕食できたかもしれません。
古生代の水域生態系に確かな覇を成し遂げたウミサソリ類は、まさに海の中のプレデターです。恐ろしくて美しい彼らの謎を紐解いていきましょう。
ウミサソリとは何者か?
浅水域において無敵を誇った肉食性節足動物
古生代の強力な捕食者ウミサソリ。彼らは鋏角類という節足動物の一群であり、現生のサソリとは類縁関係があるものの、サソリとは別の種類の生き物です。古生代オルドビス紀中期~ペルム紀後期(約4億6730万~約2億5200万年前)に栄えた種族であり、特にシルル紀においては水域生態系の最上位クラスに君臨していたと思われます。

ウミサソリ類はキチン質の外骨格を備えており、その形態はバリエーションに富んでいました。長大なハサミを有する種類、大きな遊泳脚やヒレ状の尾を備えるスイマータイプの種類、タカアシガニのように長い脚で水底を歩く種類など、ユニークな姿の種類が数多く知られています。種類の多様性は、その分類群が優位に繁栄している証です。水中の高次捕食者として、ウミサソリ類は生態系に確固たる地位を築いていたのです。

鋏角類には、概して2つの繁殖タイプがあります。1つはカブトガニ類のように卵と精子を放出して体外受精する様式、もう1つは大半のサソリやクモのようにオスが精莢(精子の入った袋)をメスに渡して体内受精する様式です。ウミサソリは複雑な生殖器を有しており、繁殖の際には交接してオスがメスに精莢を託していたと考えられます。なお、一部の鋏角類には、真の「交尾」を行う種類がいます。
ちなみに「ウミサソリ」と呼ばれているものの、決して全ての種類が海棲だったわけはなく、汽水性や淡水性のウミサソリが数多く確認されています。また、地上で活動した生痕化石も発見されており、陸地でも活動していた可能性が示唆されています。ウミサソリはかなり広範囲の環境に適応し、多様性を増していったことが伺えますね。

前述の通り、ウミサソリはサソリではありません(むしろクモの方がサソリと近縁です)。鋏角類には、サソリやウミサソリの他に、クモ・ダニ・カブトガニなどが含まれます。多くの鋏角類は古生代から系統を続かせていますが、生命の進化史のさなかで滅んだ種族が存在しており、ウミサソリもその一群です。


サソリやクモと血を分かちながら、現代にはいない生き物という事実に、ウミサソリへの強い神秘性を感じます。彼らはどのように暮らし、水域生態系を支配していたのか、とても気になります。
最恐のハンター! ダイオウウミサソリ類の出現
ウミサソリ類の中で最も大きく、高い遊泳力を有するハンターがダイオウウミサソリ類です。本種族の共通形質として、ハサミ型の第1付属肢、遊泳用のパドル型の第5付属脚、オール型の尾部があげられます。概して大型種が多く、抜群の機動力と捕食能力を活かして、当時の魚や無脊椎動物に襲いかかっていました。


ダイオウウミサソリ類の能力は、捕食者として極めて洗練されていました。恐ろしいのが、必殺武器であるハサミです。彼らの第1脚の関節は高度に発達し、複雑な動きが可能となっています。遊泳時は体にくっつけて折り畳み、獲物や敵と格闘する際には素早くハサミを展開させて攻撃に移行します。
ハサミの攻撃力はかなりのものであり、幅広い範囲にスイングできるうえに、ねじるような回転運動も可能でした。つまり、ダイオウウミサソリ類のハサミに捕まったら、獲物はズタズタに切り裂かれてしまうのです。

さらに、ダイオウウミサソリ類は遊泳能力がとても高かったと考えられています。彼らの尾部の先端はオール状になっており、遊泳時の舵として機能していました。この尾部はステアリング性が高く、ダイオウウミサソリ類は機敏な泳ぎや急な方向転換を難なくこなせたと思われます。

捕食動物として、極めて高いスペックを有していたダイオウウミサソリ類。しかし、これほどまでに強力な彼らとて、生存競争の波に抗うことはできませんでした。デボン紀以降になると、魚たちが急速な進化を遂げ、ダンクルオステウスやサメ類などの恐ろしい肉食魚類が次々と現れます。
シルル紀において栄華を極めたウミサソリ類も、魚たちの怒涛の発展に押されていき、徐々に勢力が衰えていきました。そして、ペルム紀末期に起こった地球規模の環境激変が決定打となり、ウミサソリ類の血脈は絶えてしまったのです。

とはいえ、時代が変わっても、ウミサソリ類を超える大型水棲節足動物は現れていません。最強の節足動物と謳われる彼らの中には、どのような猛者が存在していたのでしょうか。
巨大ウミサソリ
ジェケロプテルス ~デボン紀に猛威を振るった最大級のダイオウウミサソリ~
現時点、最大最強のウミサソリと名高い種類は、ダイオウウミサソリ類に属するジェケロプテルス・レナニアエ(Jaekelopterus rhenaniae)です。
本種の化石はドイツ西部にある約4億900万〜約3億9200万年前(デボン紀前期)の地層から出土しており、長さ約40 cmにも及ぶ鋏角が発見されました。既知のダイオウウミサソリ類のハサミと胴体の比率を参照にしたところ、ジェケロプテルスの全長は約2.6 mと推定されました。この数値はウミサソリ類の中ではもちろん、全ての節足動物の中でも最大クラスの大きさとなります。

ジェケロプテルスたちダイオウウミサソリ類が優れたハンターである特徴として、卓越した視力があげられます。彼らの眼は1対の個眼(1つのレンズで構成された眼)と複眼(多くの個眼の集合体。広い視野で周囲の物を把握できる)を備えており、優秀な視力で広範囲を見通せたと思われます。視野が広いことは生存において有利であり、獲物や天敵の発見に大きく役立ったと考えられます。
ジェケロプテルスが発見された地層は汽水域の堆積層であり、彼らは海洋性の大型魚類との競合を避けていたのかもしれません。彼らは陽の差し込むラグーンの中で悠々と泳ぎながら、その鋭い眼で獲物を探していたことでしょう。間違いなく、デボン紀の汽水域において、ジェケロプテルスは生態系の上位捕食者でした。

もし、ジェケロプテルスが現代に生きていたらどうでしょうか。まず、小さな児童やイヌはサイズ的に捕食対象と見なされる可能性が高く、ジェケロプテルスの棲むラグーンや河口では、子供やペットを単独で泳がせるのは危険です。それどころか、成人男性ですらジェケロプテルスのハサミで攻撃されれば確実に大ケガを負ってしまうでしょう。
恐るべきウミサソリの最大王者。ですが、怖いのは決してジェケロプテルスだけではありません。なんと、武装の数ではダイオウウミサソリ類を凌ぐ最恐ハンターがシルル紀の海に生きていたのです。
メガログラプトゥス ~全身凶器!? 水底に潜む重武装ウミサソリ~
ウミサソリは生息環境や捕食スタイルに応じて形態を変化させており、ダイオウウミサソリ類にも劣らない武装を有する種類を生み出していました。その一種が、約4億5300万~約4億4520万年前(オルドビス紀中期)に生きていたメガログラプトゥス属(Megalograptus)です。本属の化石は、アメリカのオハイオ州とバージニア州から発見されています。
筆者が最も好きなウミサソリ類であるメガログラプトゥス。魅力的で超かっこいい彼らは、どんな生態と能力を秘めているのでしょうか。
それでは、ここからはメガログラプトゥスのぬいぐるみを使って解説していきたいと思います。うちのぬいぐるみの自慢も兼ねて、詳しく話させていただきます(笑)。

まずは、彼らの大きさについてです。種類によって算出サイズにかなりの幅があり、メガログラプトゥス・シデレリ(Megalograptus shideleri)は全長2 m、メガログラプトゥス・ウェルチ(Megalograptus welchi)は全長1.5 mと推定されたこともあります。ただし、これらの数値は断片化石からの推計であり、実際の大きさとはかけ離れている可能性もあります。
化石の保存状態の良いメガログラプトゥス・オヒオエンシス(Megalograptus ohioensis)の推定サイズは信憑性が高く、全長78 cmに達したと考えられています。仮に本種がメガログラプトゥス属の最大種であるのならば、ウミサソリ類では「中の上」の大きさとなります。

トゲ状突起をあしらった第2脚からわかるように、メガログラプトゥスは攻撃力の高いハンターでした。さすがに強固な大型三葉虫の殻を打破するのは難しいかもしれませんが、多くの無脊椎動物や初期の魚たちは、メガログラプトゥスの格好の獲物となったはずです。
なお、メガログラプトゥスの糞と思われる化石が発見されており、その中には三葉虫の体や同族のウミサソリの体も入っていました。つまり、メガログラプトゥスは共食いをしていたのです。自然界では共食いは決して珍しい行動ではなく、無脊椎動物・脊椎動物問わず多くの生き物で確認されています。

メガログラプトゥスのもう1つの大きな特徴は、トライデント型の尾剣です。ハサミムシの尾部突起のごとく可動し、物を挟めることができたと考えられます。この機能は敵との闘争だけでなく、繁殖行動の際に相手の体を掴むために使われたのかもしれません。メガログラプトゥスの尾に毒の管はないものの、尾剣で突き刺し、切りつける攻撃は相当な威力を発揮したと思われます。

それでは、もし最大推定値(全長2 m)のメガログラプトゥスが現代に生存していたらどうでしょうか。
さすがに人間の大人を積極的に捕食したりしないとは思いますが、下手に刺激すれば、肢や尾の凶器を振るって攻撃してくるでしょう。その場合、当たりどころによってはケガでは済まない重傷を負わされる危険性があります。現生のロブスターも自慢のハサミで人間に大ケガを負わすことがありますので、大型節足動物を決して甘く見てはいけないのです。
それでは、そのロブスターを含む甲殻類たちは、古代においてどのように繁栄していたのでしょうか。エビやカニの中には、超大型種は存在していたのでしょうか。次回の記事にて、太古の甲殻類たちの進化史を追っていきたいと思います。

【前回の記事】
【参考文献】
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