見出し画像

The Lost Universe 古代の巨大カイギュウ⑤悲劇の巨大カイギュウ

前回の記事では全長7~8 mクラスのヒドロダマリス属を紹介し、太古にとてつもない大型カイギュウがいたことをお伝えしました。しかし実は、最も大きなカイギュウ類は、なんと近代まで生きていたのです。私たち人類が過ちをおかさなければ、彼らは現代でも北の海で平和に暮らしていたかもしれません。
古代種さえも凌ぐ巨大カイギュウ。彼らの物語を追いながら、カイギュウ類と人の関係について考えてみたいと思います。


ステラーカイギュウの物語

全長10 mの超大型種が18世紀まで生きていた?

タキカワカイギュウよりもサッポロカイギュウよりも大きな、超弩級の巨大カイギュウ。当該種は北方海域に分布していたステラーカイギュウ(Hydrodamalis gigas)であり、ヒドロダマリス属の中でも最も新しい種類です。全長は7~10 m、大きな個体では体重10 tに達したと考えられており、あらゆる時代を通じてカイギュウ類の中では最大を誇ります。

2分の1サイズのステラーカイギュウ復元模型(喜多方市カイギュウランドたかさとにて撮影)。本物のステラーカイギュウの大きさは、この模型の2倍ありました

ステラーカイギュウは、北方海域に分布していた最後のヒドロダマリス属です。野生個体の発見時はベーリング海の限られた水域にしか生息していませんでしたが、新生代更新世にはかなりの広範囲に生きていたことが判明しており、北アメリカ・ロシア・日本から化石が発見されています。世界的な気候変動に合わせて、寒冷期には南下、温暖期には北上した動きが化石研究からわかっています。

北海道産ステラーカイギュウの下顎骨化石のレプリカ(札幌市博物館情報センターにて撮影)。約100万年前、我が国の海にもステラーカイギュウが泳いでいたのです。

ジュゴンやマナティーとは異なり、ヒドロダマリス属の一種であるステラーカイギュウには歯がなく、コンブなどの柔らかい海藻類を食べていました。食糧を噛んで磨り潰すことはあまりせずに、長い腸でゆっくりと海藻を消化していたようです。ヒレ状の前足は意外にも器用であり、岩場から海藻をもぎ取っていたという記録もあるほどです。
彼らの活動域は浅海であり、背中を海面上に出してのんびりと泳いでいました。その体は非常に分厚い脂肪層に覆われており、北太平洋の寒冷気候に見事に適応していました。

ステラーカイギュウの骨格(滝川市美術自然史館にて撮影)。とても大きなカイギュウですので、彼らを捕食できる肉食動物はそれほど多くなかったと思われます。

ヒドロダマリス最後の種族にして、最大のカイギュウ類であるステラーカイギュウ。現代には存在していない彼らですが、実は絶滅年代は決して古くなく、この巨大カイギュウは18世紀まで地球上で確かに生きていたのです。
いったい、何が彼らを滅びの道へと追い込んだのでしょうか。その悲劇の理由を事実に即して紐解いていきたいと思います。ステラーカイギュウ絶滅の真実は、人類が心に刻みつけなければなりません。

発見後わずか27年で絶滅した悲劇の海獣

時は遡り、1741年ーー。
ドイツの探検船・聖ピョートル号は、アリューシャン列島で嵐にあって遭難。荒れ狂う海に翻弄され、船はカムチャツカ半島の東の沖に位置する無人島に座礁しました。そこで自然の猛威と壊血病が乗組員を襲い、生存者は島を脱出する計画を立てていました。

そんな厳しい状況の中、ドイツ人医師ゲオルク・ヴィルヘルム・ステラーは、乗組員の健康を管理しながら、島の野生動物を観察記録していました。そして、ステラーは島の浅海にて、中型のクジラほどもある巨大なカイギュウを発見しました。そう、当該種は歴史上最大のカイギュウ類であり、発見者ステラーにちなんで「ステラーカイギュウ」と名づけられました。
前述の通り、本種は更新世には北方の広範囲に分布していました。しかし、18世紀には大幅に生息域が減少しており、北太平洋の限られた地域(主にベーリング海)に少数のみが生きていたと考えられています。

ステラーカイギュウの模型(滝川市美術自然史館にて撮影)。ドイツ人医師ステラーは、ベーリング海にて本種と運命の出会いを果たしたのです。

当時、生存者は深刻な食糧危機に見舞われていました。ドイツへ生きて還るために、彼らはステラーカイギュウを狩ろうと決断します。
ハンターたちはボートで海へ繰り出し、ステラーカイギュウに銛を打ち込みました。平和的に生きるステラーカイギュウは「戦う」という選択肢を備えておらず、頑丈な体を活かして「耐える」ことしかできませんでした。ですので、ハンターにとっては狙いやすい格好の的だったのです。

医師ステラーの記録によると、ステラーカイギュウには「傷ついた仲間を助けようとする習性」があったようです。負傷個体のもとに大勢のステラーカイギュウが集まって、仲間の体から銛を外そうとする姿が目撃されました。ですが、その習性を逆手にとられ、仲間を助けようとして集まったステラーカイギュウたちは、ハンターたちに一網打尽にされてしまったのです
巨大なステラーカイギュウの膨大な肉は、美味で栄養満点。そして、脂肪から取れた油は暖房用の灯火に利用され、生存者に光と暖かさを与えました。カイギュウの命によってステラーたちは生き延び、無事に島を脱出することに成功します。

しかしながら、事態はハッピーエンドで終わりませんでした。

ステラーカイギュウたちの悲劇は、ここから始まったのです。「北方の海域に、おいしくて狩りやすい巨大な海洋哺乳類がいる」という噂は猟師の間にたちまち広まりました。1頭のステラーカイギュウを傷つければ、仲間を助けるために他の個体が集まってくるーーこの「優しさ」をハンターに利用され、ステラーカイギュウは瞬く間に大量捕殺されていきました。

ステラーカイギュウの全身骨格(国立科学博物館にて撮影)。傷ついた個体を助けようとして集まってくる彼らの「優しさ」は、ハンターの大量狩猟に利用されました。

当時はラッコの毛皮の需要が高まっていたことも、ステラーカイギュウの個体数減少に拍車をかけました。ラッコの大量捕獲によって、彼らの捕食対象であるウニが増加。ウニたちは多量の海藻を食べていき、ステラーカイギュウの食糧資源を奪っていったと考えられています。ラッコに限らず、上位捕食者の個体数が減れば、生態系にダイレクトに強い影響が及ぶのです

無脊椎動物を好物とするラッコ(鳥羽水族館にて撮影)。18世紀のラッコ狩りは、ウニの増殖と海藻の減少を促し、ステラーカイギュウ絶滅の間接的要因になったとの説があります。

もともと個体数が少なかったうえに、出産数の少ないステラーカイギュウは、大量狩猟の淘汰圧に耐えられませんでした。度を越した乱獲は止まらず、ステラーカイギュウは1768年に地球上から姿を消しました。言葉にならないほど痛ましいことに、発見後わずか27年で彼らは絶滅してしまったのです

なお、医師ステラーは1746年に熱病によって37歳で他界しています。重要な野生動物の生態記録を残した彼は、ステラーカイギュウが絶滅する前にこの世を去ったのです
当時は種の保全や環境保護意識が未成熟な時代であり、ハンターだけではなく、人類全体の大罪であると言えます。我々にできることは、同じく個体数減少の危機に見舞われている現代のカイギュウ類ーージュゴンやマナティーを保全し守ることです。ステラーカイギュウの悲劇を繰り返してはならないと、全人類が歴史から学ばなくてはなりません。

穏やかで美しいアフリカマナティー(鳥羽水族館にて撮影)。ステラーカイギュウの悲劇を繰り返さないため、現代のカイギュウ類の保全に多くの人々が尽力しています。

ただ、不思議なことに、現代においても巨大カイギュウの目撃例が報告されています。それは本当に、絶滅種の生き残りなのでしょうか。幻のカイギュウ類たちの神秘にスポットを当て、存在の真偽を確かめていきたいと思います。

巨大カイギュウの生き残り? 謎の大型水棲UMA

スクリムスル ~アイスランドに現れた未知の水棲生物~

剣と騎士が支配する中世の時代ーー1345年のアイスランド・ラーガルフリョゥト水域において、謎の水棲生物が目撃されました。その生き物は時代が変わっても現れ続け、いつの間にか伝説の生物として語り継がれることになりました。やがて、科学の発展につれて「ラーガルフリョゥトの怪物」の存在は理知的に否定されるようになります。
しかしながら、19世紀になって、伝説を受け継ぐ謎の水棲生物が、同じアイスランドのスコルラダルスヴァトン湖に出現しました。湖の近くに住む農夫が「アザラシのような頭をした怪物」を目撃しており、この未確認生物はスクリムスル(古ノルド語で怪物という意味)と呼ばれました。ラーガルフリョゥトの怪物と同一視されることもあり、スクリムスルはまさしく「伝説の継承者」なのです。

ゼニガタアザラシ(新屋島水族館にて撮影)。彼らはアイスランドにも生息していますが、スクリムスルの正体なのかは不明です。

複数の目撃例を総括すると、スクリムスルは「水棲哺乳類型UMA」にカテゴライズされます。頭の形態がアザラシに似ているなら正体はアザラシだーーと結論しがちですが、目撃証言によるとスクリムスルの全長は約14 mもあり、アイスランドに棲むゼニガタアザラシやハイイロアザラシの6~7倍もの大きさです。そんな巨大なアザラシが存在しているとは到底考えられません。
それでは、「スクリムスルは太古の巨大カイギュウの生き残りなのでは?」というロマンに満ちた意見が浮かんでくるかもしれません。ただし、その説は考えようによってはアザラシ以上に無理があります。

胴体の太いアマゾンマナティー(熱川バナナワニ園にて撮影)。体型的に考えると、スクリムスルはカイギュウ類とはやや異なっていると思われます。

率直に言って、スクリムスルは絶対にカイギュウ類ではないと思います。体型が異なっているうえに、スクリムスルのサイズはクジラ並みであり、(たとえヒドロダマリス属であったとしても)カイギュウ類にしては大きすぎます。そもそもスコルラダルスヴァトン湖は貯水用の人工湖で、古代の大型海洋哺乳類がわざわざ川を遡ってやってきたという説は信憑性に欠けます。
正体としては、湖底から湧くガスが水面に上がってきた際に見せる特殊な波の誤認、漂流物が寄せ集まって大型生物のように見えたーーと言った説があります。もちろん人工水域にも未知の生物が棲んでいる可能性はゼロではないと思われますが、その正体を大型水棲哺乳類であると言うにはあまりにも無理があります。スクリムスルは、伝説の中だけの存在なのかもしれません。

カムチャッカの巨大海獣 ~ステラーカイギュウは今も生きている?~

人類の過ちによって滅ぼされたステラーカイギュウ。彼らに限らず、「絶滅動物に会いたい。生き残っていてほしい!」と考えるのは生き物好きとしてごく自然な道理です。実は、ステラーカイギュウの生存情報が北の海より発信されています。
目撃例は1ヶ所に留まらず、千鳥列島やロシアのチュチク半島の付近で「ステラーカイギュウらしき巨大な海洋哺乳類を見た」との報告があります。中でも、最も有名な事例が1963年での遭遇記録です。

時は20世紀。ステラーカイギュウの絶滅報告から約200年もの月日が流れた1962年。
ロシア(当時の国名はソビエト連邦)の捕鯨船がカムチャツカ半島のアナドゥリ湾を航行していた際、カイギュウに似た海洋哺乳類を目撃しています。そのカイギュウたちはとても大きく、全長6~8 mもありました。また、海藻類を食べていたとの目撃報告からも、ステラーカイギュウと一致する特徴がいくつか認められます。
そして1977年には、カムチャッカの漁師が未知の巨大カイギュウの背中に触ったと報告しています。ステラーカイギュウらしき海洋哺乳類の目撃記録が複数あることから、「カムチャツカ半島の近海でステラーカイギュウが生存している」と信じている人もいます。

ステラーカイギュウと同じヒドロダマリス属の復元図(足寄動物化石博物館にて撮影)。北方の海には、今も人知れず大型カイギュウが生き残っているのでしょうか。

ただ、彼らの遭遇した巨大生物が本当にステラーカイギュウなのかは疑わしいところです。個々の目撃談には物的証拠が乏しく、目撃者の証言くらいしか検討材料がありません。加えて、北太平洋は海洋哺乳類が数多く往来しており、クジラ類や大型の鰭脚類を誤認した可能性があります。

探索技術の発展した現代においていまだ再発見されていないとなると、残念ながらステラーカイギュウの生存の可能性は極めて低いと言わざるをえません。一度滅んだ種族は、どうやっても二度と還ってきません。現代とは時代背景の異なる18世紀の人々を強く非難することはできませんが、ステラーカイギュウ絶滅は我々人類全体の大きな過ちなのです。
はるか太古に海へと還り、戦うことを捨てて、穏やかに生きてきた心優しきカイギュウたち。悲しいことに、ジュゴンやマナティーの個体数減少は人類の活動が原因であり、カイギュウ類の保全は各地の急務となっています。ステラーカイギュウの悲劇を繰り返さないためにも、我々人類は過去の歴史から学び、世界中で協同してカイギュウたちを救わなければならないのです。

鳥羽水族館で愛されているジュゴン。生息地のみならず、水族館でもカイギュウ類の保全活動が実施されているのです。

【前回の記事】

【参考文献】
Silverberg, R.(1973)The Dodo, the Auk and the Oryx. London, United Kingdom: Puffin Books. 
編:ヨウーン・アウトナソン, 訳:菅原邦城(1979)『世界民間文芸叢書 ; 第9巻 アイスランドの昔話』 三弥井書店
Berzin, A. A., et al.(2007)Ischezla li Stellerova korova? [Was Steller's sea cow exterminated?]. Priroda 52 (8): 73–75.
Sveinn, B. B.(2008)“Chasing Monsters in East-Iceland”. The Reykjavík Grapevine.
Estes, J, A., et al.(2016)Sea otters, kelp forests, and the extinction of Steller's sea cow. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 113 (4): 880–885.
著:うすくらふみ, 監修:今泉忠明『 絶滅動物物語 -地上より永久に消え去った者へのレクイエム-』小学館
北海道絶滅動物館編集委員会(2024)『北海道絶滅動物館』北海道新聞社
ステラーカイギュウ Steller's Sea Cow https://animals.main.jp/extinction/stellersseacow.html

いいなと思ったら応援しよう!