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The Lost Universe 古代の巨大カイギュウ④巨大ヒドロダマリス

大平洋に進出したジュゴン類は、地球環境の変化に合わせて独特な進化を遂げていきます。生息地を広げ、食性を変えていった彼らは、カイギュウ類の進化史上で屈指の巨大化を果たしました。
というわけで、今回登場する巨大カイギュウはジュゴンやマナティーとは比較にならないほど大きく、シャチ以上の巨体を誇ります。想像を絶する大型海獣たちは、どのような暮らしをしていたのでしょうか。


ヒドロダマリスとは何者か?

寒冷域に適応した超巨大カイギュウ

前回の記事でご紹介したドゥシシレン属は、約2000万年前に大西洋に進出し、そこから北方海域に分布を広げていきました。気候変動による海水面の低下が起こったことで、長大な浅瀬や陸橋が出現し、浅海性のカイギュウ類にとって移動しやすい環境が整っていたのです。そして、アリュリーシャン陸橋に沿って進んできたドゥシシレン属は、約1000万年前に太古の日本に到達しました。
中新世中期の日本にて、ドゥシシレン属の一派は口の構造の変化とボディの大型化を果たし、ヒドロダマリス属(Hydrodamalis)が生まれたと考えられています。最古のヒドロダマリス属の化石は、北海道の約820万年前の地層から発見されています。ドゥシシレンとヒドロダマリスの進化史を解き明かすには、日本産の古代カイギュウの調査が必要不可欠なのです。

ヒドロダマリス属の復元骨格(戸隠地質化石博物館にて撮影)。ご覧の通り、ジュゴンやマナティーをはるかに上回る巨体です。
ヒドロダマリス属の復元映像(札幌市博物館活動センターにて撮影)。全長7 m以上の大型カイギュウが泳ぐ様は、きっと壮観だったに違いありません。

ヒドロダマリス属の特徴の1つとして、他のカイギュウ類をはるかに凌ぐ巨体であることがあげられます。本属は巨大な種類が多く、全長7 mクラス(現生マナティーの約2倍の大きさ)の個体も多数発見されています。
さらに、ヒドロダマリス属の骨格はドゥシシレンよりも相対的に太くどっしりとしています。特に肋骨は極太のバナナ状となっており、極めて骨密度が高かったと思われます。この太くて重い骨を利用して、ヒドロダマリスは水中でスムーズに潜水行動ができたことでしょう。

北海道で発見されたヒドロダマリス属の化石(足寄動物化石博物館にて撮影)。バナナ状の太い肋骨が、本属の解剖学的特徴の1つです。

そして、ヒドロダマリス属が他のカイギュウ類と決定的に異なっている点は、「歯を備えていない」ということです。彼らの主食は硬い海草(水棲の種子植物)から柔らかい海藻へと完全移行しており、食性の変化に伴って歯が退化消失したと考えられます。その代わり、ヒドロダマリス属は「咀嚼板」というザラザラした部位を上顎と下顎に発達させており、この咀嚼板で海藻類を磨り潰して食べていました。
ちなみに、現在のジュゴンやマナティーは歯と咀嚼板の両方を備えています

マナティー類の頭骨(足寄動物化石博物館にて撮影)。現生のカイギュウ類は歯を備えており、硬い海草を食べることが可能です。
ヒドロダマリス属の頭部(AOAO SAPPOROにて撮影)。ご覧の通り、歯を備えておらず、海藻類を食べるために「咀嚼板」という部位を発達させています。

では、なぜヒドロダマリス属はここまで大型化したのでしょうか。それは、寒冷地の動物ほど大きくなりやすいという「ベルクマンの法則」によるものと思われます。体が大きくなれば、熱を生み出す筋肉の量が増えると共に、体に熱がこもりやすくなって活動能力を維持できます。わかりやすく言えば、小さなコップのお湯がすぐに冷めるのに対し、お風呂のお湯が1時間後も温かいのと同じ原理です
寒冷地域の水域に棲むヒドロダマリスにとって、大型化は体温保持のために有効な適応だったと思われます。厳しい寒さをもろともせず、彼らは中新世以降も繁栄を続けていったのです。

温暖な水域を好むジュゴン(鳥羽水族館にて撮影)。寒冷地域に棲むヒドロダマリス属は、ジュゴンよりもはるかに巨大でした。

大型カイギュウの繁栄と衰退

とてつもなく大きなヒドロダマリス属も、生態行動的には他のカイギュウ類と遜色ありませんでした。岸辺近くの海域をまったりと泳ぎながら、柔らかい海藻類を食べて穏やかに暮らしていたことでしょう。また、これほどの大きさですので、成体になれば積極的に攻撃してくる捕食者は少なかったと考えられます。
強いて言うならば、巨大ザメのメガロドンが天敵となり得ると思われます。メガロドンの噛む力は極めて強く、カイギュウ類のみならずクジラ類までも襲っていたと考えられています。

エネルギーを節約してまったり泳ぐアメリカマナティー(新屋島水族館にて撮影)。太古のヒドロダマリス属は、現代のカイギュウ類と生態が似通っていたと思われます。
クジラを食べていた古代ザメのメガロドン(埼玉県立自然の博物館にて撮影)。現代のサメもカイギュウ類を襲うことがあるので、巨大なメガロドンはヒドロダマリスを捕食できたと思われます。

ヒドロダマリス属は中新世に生まれ、永く繁栄していましたが、約50万年前(更新世後期)から徐々に数を減らしていきます。当時の地球は極寒の「氷期」と温暖な「間氷期」を繰り返しており、ヒドロダマリス属の生命活動や食糧となる海藻類に影響を及ぼしたのかもしれません。過酷な自然界の激変を乗り越え、現代まで生き抜いたカイギュウ類は、ジュゴンやマナティーなど限られた系統だけです(なお、ヒドロダマリス属も1種類だけ更新世を生き抜いています)。

まったりするアフリカマナティー(鳥羽水族館にて撮影)。なんと、マナティーの仲間は3種類も現代まで系統を存続させています

とてもつもない巨体とインパクトを誇るヒドロダマリス属。日本の中新世以降の地層においても化石が出土しており、特に北海道で特大種が見つかる傾向にあります。次項では、北海道の地域の名を冠するヒドロダマリスたちと会っていきたいと思います。
我が国で栄えた巨大カイギュウは、いったいどのような姿と生態をしていたのでしょうか。

巨大ヒドロダマリス

タキカワカイギュウ ~ゾウ並みの大きさ? メガトン級のヒドロダマリス~

我が国のヒドロダマリス属を語るならば、北海道で発見されたタキカワカイギュウ(Hydrodamalis spissa)は絶対に外せません。本種の最初の化石は1980年に滝川市の空知川の河床にて出土し、1988年に新種として記載されました。また、海洋哺乳類化石で有名な沼田町においても、タキカワカイギュウの部分的な骨格が採集されています。
本種は約500万(鮮新世前期)に生きていた巨大カイギュウであり、その全長は8 mに達したと推定されています。あまりに巨大な海洋哺乳類の化石であることから、発見当初はクジラの骨だと思われていました。

タキカワカイギュウの復元骨格(滝川市美術自然史館にて撮影)。全長は約8 mにも及び、小型のクジラ並みの迫力があります。
タキカワカイギュウの復元模型(沼田町化石体験館にて撮影)。体重は約4 tと推定されており、サイやカバを凌ぐ重さです。
沼田町にて発見されたタキカワカイギュウの肋骨化石(沼田町化石体験館にて撮影)。太いバナナ型の肋骨は、ヒドロダマリス属の特徴の1つです。

前述の通り、タキカワカイギュウは海藻を主食としていました。本種の顎の力は他のヒドロダマリス属よりも強く、海藻を吻部で挟み込んで摂食していたと思われます。これといった武器を備えていないので、ジュゴンやマナティーと同様に、天敵に襲われれば基本的に「逃げる」のみだったと考えられます。

とっても大きなタキカワカイギュウの実物大復元模型(滝川市美術自然史館にて撮影)。これほど巨大なカイギュウが、太古の北海道の海を泳いでいたのです。
タキカワカイギュウと海藻の模型(滝川市美術自然史館にて撮影)。本種の食性を視覚的に理解できる展示ですね。

タキカワカイギュウは、産出地である滝川市の大きな誇りとなっています。市民の方々の協力を得て掘り出された骨格は、化石としては初めて北海道の天然記念物に指定されました。当地の美術自然史館においてタキカワカイギュウは自然部門のメイン展示となっていますので、カイギュウ類の進化を深く学ぶのであれば、ぜひ滝川市へ行ってみましょう。

タキカワカイギュウの化石の発掘風景(滝川市美術自然史館にて撮影)。多くの滝川市民の方々の手によって、太古のカイギュウが目覚めたのです。
タキカワカイギュウが主役の展示施設・滝川市美術自然史館。カイギュウ類の進化を学ぶなら、ぜひとも訪れておきたい博物館です。

サッポロカイギュウ ~カイギュウ進化史の謎に迫る奇跡の大発見!~

タキカワカイギュウと並ぶ世界的な大発見は、北海道の札幌市にて成し遂げられました。なんと、市内を流れる豊平川にて、最も古いヒドロダマリス属の化石が発見されたのです。本個体こそ、市の名を冠するサッポロカイギュウ(Hydrodamalis sp.)です。
なお、種名のsp.というのは決して札幌という意味ではなく、speciesの略です。属はわかっているものの、種までは特定できない場合に、属名の後にsp.の表記がつきます

サッポロカイギュウの複製骨格(AOAO SAPPOROにて撮影)。全長は約7 mに達すると考えられ、胴体のボリュームはサイやカバを上回ります。

サッポロカイギュウの生息年代はタキカワカイギュウよりもさらに古く、約820万年前(中新世後期)に遡ると推定されています。これはヒドロダマリス属としては最も古い記録であり、カイギュウ類の進化を考察するうえでサッポロカイギュウは極めて重要な存在と言えます。
ちなみに、サッポロカイギュウの第一発見者は小学生の女の子です。若く鋭い観察眼によって、世界的に貴重な化石の大発見が成し遂げられたのです。

サッポロカイギュウの小型模型(札幌市博物館)。赤い部分が、化石が見つかっている部位となります。
サッポロカイギュウの胸骨の化石(札幌市博物館活動センターにて撮影)。豊平川からは、肋骨や椎骨の化石も発見されています。

サッポロカイギュウの全長は約7 m。タキカワカイギュウと同様に、巨大な樽のようなボディを有しています。生態的行動も他のヒドロダマリス属と共通していて、太陽の届く浅海にて、のんびりと海藻を食べながら暮らしていたと思われます。これほどの巨体と頑丈な体躯を備えているので、サッポロカイギュウを捕食できる肉食動物は相当大きなハクジラ類かサメ(メガロドン)だったと考えられます。

サッポロカイギュウの復元骨格(札幌市博物館活動センターにて撮影)。この博物館では、7mの巨体を間近で拝むことができます。
海藻を模した布をくわえたサッポロカイギュウ(札幌市博物館活動センターにて撮影)。古生物の食性を視覚的に伝える工夫ですね。

サッポロカイギュウや他の海洋生物化石の発見によって、太古の札幌が海だったと事実が判明。ヒドロダマリス属の進化史・札幌の古環境の解明へつながったサッポロカイギュウの大発見は、本当に奇跡のようなできごとです。今後も、我が国のカイギュウ化石研究は世界の古生物学に影響を与えていくことでしょう。

特大のカイギュウ類・ヒドロダマリス。世界的な気候変動より、本属は種数を減らしていったと思われます。ですが、決して全ての巨大カイギュウが姿を消したわけではありません。
なんと、タキカワカイギュウやサッポロカイギュウよりも大きなヒドロダマリス属が18世紀まで生き残っていたのです。最後は、人間に翻弄された史上最大のカイギュウについて考察していきたいと思います。

18世紀まで生き残っていたヒドロダマリス属。次回は、「最後の巨大カイギュウ」の謎に迫っていきたいと思います。

【前回の記事】

【参考文献】
Domning, D, P.(1978)An Ecological Model for Late Tertiary Sirenian Evolution in the North Pacific Ocean. Systematic Zoology. 25 (4): 352–362.
小林昭二, 田崎和江(2006)『地球科学』第60巻第1号「ヒドロダマリス亜科Hydrodamalinae(海牛目:ジュゴン科)における下顎と脊柱の運動機能に関する進化的変化」
北海道絶滅動物館編集委員会(2024)『北海道絶滅動物館』北海道新聞社
滝川市美術自然史館の解説キャプション
札幌市博物館活動センターの解説キャプション
札幌市博物館活動センター「古沢博士に聞いてみよう!その1 ~カイギュウってなーに?~」https://www.city.sapporo.jp/museum/ouchimuseum/20220722.html
札幌市博物館活動センター「古沢博士に聞いてみよう!その2 ~カイギュウの進化~」https://www.city.sapporo.jp/museum/ouchimuseum/20220921.html

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