The Lost Universe 古代の巨大カイギュウ③巨大ドゥシシレン
太平洋に進出し、沿岸海域を移動しながら、分布を拡大する古代のジュゴン類。そんなとき、地球環境に世界的な激変が起こります。冷え込む地球の中で、彼らが選択した道は、さらなる進化を呼び起こします。
ジュゴン類の進化を解き明かす鍵は、我が国・日本にあります。国内の古代カイギュウたちと出会いながら、その謎を追ってみましょう。
ドゥシシレンとは何者か?
ジュゴン類の進化は次なるステージへ!
時代が新生代中新世(約2300万~約500万年前)に移り、ジュゴン科の仲間たちはパナマ海峡を通って大西洋から太平洋へ繰り出しました。そして、約2000万年前(中新世前期)にジュゴン科の中からドゥシシレン属(Dusisiren)が派生したと考えられています。彼らはアリューシャン陸橋に沿って分布を広げていき、中新世の中頃には日本にも到達しました。

ジュゴン科の初期種は現生種と同様に海草(アマモなどの水棲種子植物)を主食にしていたと思われますが、ドゥシシレンは主に海藻(コンブやワカメなど。分類学的には植物ではありません)を食べていたようです。中新世になると地球は寒冷化し始め、水底では海草より海藻が優勢となりました。その結果、環境変化に伴って、カイギュウ類は豊富に繁茂する海藻へ食性をシフトさせていったと考えられます。
ドゥシシレンは歯を備えていましたが、主食を海藻に変えたことによって、彼らの歯は祖先種よりも縮小傾向にありました。現生のジュゴンのように海草を食べる場合は歯で磨り潰した方が理にかなっていますが、海藻を大量に食べる種類は「咀嚼板」という器官を発達させました。ドゥシシレンよりも後期のカイギュウ類では、顕著な咀嚼板を備えています。

海藻が主食であるという点以外では、ドゥシシレン属の生態には現生ジュゴンに近く、沿岸域の海で穏やかに暮らしていたと考えられます。ただ、当時の海には恐ろしい大型のサメが生息していましたので、捕食される個体の割合は現代のカイギュウ類よりも高かったかもしれません。

ドゥシシレン属の新種は日本でも発見されており、その一角が福島県産のアイヅタカサトカイギュウ(Dusisiren takasatensis)です。約1000万年前(中新世後期)に生きていた全長およそ4 mのドゥシシレン属であり、喜多方市にて化石が産出しました。
本種の特徴や生息時代の環境については、発見地である「喜多方市カイギュウランドたかさと」にて学べます。なお、筆者は博物館の紹介記事を書いておりますが、カイギュウランドたかさとは展示室が撮影禁止ですので筆者は写真記事で本施設を紹介できません。アイヅタカサトカイギュウを秘密を知りたい方は、ぜひ喜多方市に足を運んでカイギュウランドに来館してください!

「潜る」ことに適したカイギュウ類の身体構造
進化を重ね、広範囲の沿岸海域に分布を広げる古代カイギュウ類。彼らが水棲哺乳類として大きく成功したことは、まぎれもない事実です。しかし、見たところ、カイギュウ類はクジラのような高速遊泳ができそうにありませんし、それほど柔軟にも見えません。
水中での複雑な動きが不得意そうな彼らが、なぜここまで永く生き残れたのでしょうか。実は、カイギュウ類の体はクジラ類とは別の意味で水棲生活に適しています。カイギュウ類の食糧は海草か海藻(肉食性のミオシレンは貝類など)ですので、摂食活動に高度な遊泳能力を必要としません。むしろ必要なのは、「潜水して長く水底に留まっていられる能力」なのです。

カイギュウ類の骨は、内部の密度が非常に高くて重々しくなっています。骨を浮力調整の「重り」とすることにより、カイギュウ類はスムーズな潜水行動が可能となりました。これによって、彼らは無駄なエネルギーを消費せずに、水底の海草や海藻を摂食できるのです。
一方、泳いで獲物を捕獲する海洋脊椎動物(クジラ類など)は、高速遊泳のために骨を軽量化させています。カイギュウ類の骨と比べると、クジラ類の骨はスカスカな構造となっており海綿質が発達しています。

少ないエネルギーコストで、多くの食糧を摂取するというカイギュウ類の素晴らしいライフスタイル。肉食性の海洋哺乳類が多い中で、独自の食性と身体構造を発達させたカイギュウ類には、生存競争におけるライバルが少なかったのかもしれません。「のんびり生きる」という生存戦略は功を奏し、古代カイギュウは生態系の中に確固たる地位を築きました。
生息域を拡大しながら、彼らはどのように栄えていったのでしょうか。中新世のドゥシシレン属に焦点を当て、古代カイギュウ類のさらなる栄華を見ていきたいと思います。
巨大ドゥシシレン
ヤマガタダイカイギュウ ~山形県から新種発見! 進化をつなぐ奇跡のミッシングリンク~
日本は古代カイギュウ化石の一大産地。1978年、山形県にて歴史的な大発見が成し遂げられました! 最上川で楽しく遊んでいた小学生2名が、河床にて約1000万年前(中新世中期)の古代カイギュウの化石を発見したのです。
山形県立博物館によって発掘が行われ、全身の大部分の骨が採集されました。研究の結果、本個体はドゥシシレン属の新種であると判明し、ヤマガタダイカイギュウ(Dusisiren dewana)と命名されました。推定全長は約3.8 mにも及び、マナティーの大型個体にも引けをとらない大きさだったと考えられています。

実は、ヤマガタダイカイギュウの発見以前は、ドゥシシレン属と後期の種類(ヒドロダマリス属)のつなぐ中間種はほとんど見つかっておらず、カイギュウ類の進化は謎に包まれたままでした。ですが、ヤマガタダイカイギュウは両属の中間的な特徴を備えており、研究者が探し求めていた「ミッシングリンク」だったのです。本種の指の骨と歯には縮小傾向が見られ、ヤマガタダイカイギュウはドゥシシレン属からヒドロダマリス属へ進化していく移行的な種類だったと考えられます。


ヤマガタダイカイギュウは沿岸海域に生息し、エネルギーを節約しながらゆったりと暮らしていたことでしょう。天敵は大型のサメ類だったと考えられ、捕食されるリスクと隣り合わせの生活を送っていました。カイギュウ類は基本的に「戦う」能力を持っていないため、天敵に遭遇すれば「逃げる」という選択肢しかありません。のんびりしているように見えて、ヤマガタダイカイギュウも過酷な生存競争にさらされていたのです。

進化の謎の一端を解き明かしたヤマガタダイカイギュウ。山形県から発見された化石が、古生物額の唯一無二の宝となったのです。当該標本の業績を見れば、カイギュウ類の進化解明の鍵は日本にあるのだと改めて感じられます。
ヌマタカイギュウ ~化石王国に現れた謎のドゥシシレン~
海洋哺乳類の化石の一大産地として知られる北海道の沼田町。この町を流れる幌新太刀別川にて、1978年にドゥシシレン属の化石が出土しました。当該個体はヌマタカイギュウ(Dusisiren sp.)と呼ばれており、中新世後期(約860万年前?)の北海道の浅海に生息していました。
なお、学名のDusisiren sp.についてですが、このsp.というのはspeciesの略です。属名はわかっているものの、種名までは特定できない場合に、属名の後にsp.の表記がつきます。ヌマタカイギュウの場合は、「ドゥシシレン属の一種ということは判明しているが、種レベルでは特定されていない」状態なのです。

ヌマタカイギュウの全長は約4 mと推定されており、これはマナティーの最大個体を上回る数値です。生態的には他のドゥシシレンと差異はほとんどなく、大型のサメやハクジラ類に警戒しながら、肉厚の海藻を食べて暮らしていたと思われます。
同じ地層で産出した珪藻化石の研究により、ヌマタカイギュウの生息年代は約860万~約760万年前だったと推定されました。ですが、子孫系統であるサッポロダイカイギュウが約820万年前の地層から発見されているので、ヌマタカイギュウは820万年前よりも前の時代に生きていたと思われます。


ヌマタカイギュウの生息年代はヤマガタダイカイギュウやアイヅタカサトカイギュウよりも新しく、中新世の中頃から後半にかけてドゥシシレン属が日本で繁栄していたとわかります。先述の通り、本属は子孫となるヒドロダマリス属(サッポロダイカイギュウやタキカワカイギュウなど)を生み出し、確かに後代に血筋をつなぎました。ジュゴン類は沿岸海域の水棲哺乳類として、唯一無二の地位を築き上げたのです。
カイギュウ類の進化をここまで見てきて、「古代カイギュウは4 mくらいで、ジュゴンやマナティーよりちょっと大きいくらいじゃん。あんまり巨大に見えないなぁ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ドゥシシレンの後代の属になると、カイギュウ類は一気に巨大化します。
変化する地球環境の中で、さらに進化を重ねるジュゴン類。その果てに、現生種の2倍ほどもある真の超巨大カイギュウが出現します!

【前回の記事】
【参考文献】
S. Takahashi, et al.(1986)Dusisiren dewana, n. sp. (Mammalia: Sirenia), a new ancestor of Stellers sea cow from the upper Miocene of Yamagata prefecture, northeastern Japan. Transactions and Proceedings of the Palaeontological Society of Japan N. S. 141: 296-321.
古沢仁(2013)「海牛の大型化に関する考察」『化石研究会会誌』第45巻第2号
北海道絶滅動物館編集委員会(2024)『北海道絶滅動物館』北海道新聞社
沼田町化石体験館の解説キャプション
札幌市博物館活動センター「古沢博士に聞いてみよう!その1 ~カイギュウってなーに?~」https://www.city.sapporo.jp/museum/ouchimuseum/20220722.html
札幌市博物館活動センター「古沢博士に聞いてみよう!その2 ~カイギュウの進化~」https://www.city.sapporo.jp/museum/ouchimuseum/20220921.html
