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The Lost Universe 古代の巨大カイギュウ②中新世・鮮新世の巨大カイギュウ

日本各地で次々と発見される古代のカイギュウ類。彼らの進化を解き明かすには、我が国の化石研究は必要不可欠なのです。
母なるテティス海が消えた後、カイギュウ類はどのように栄え、どのような状況でジュゴンやマナティーを生み出したのかーー日本を含めて世界中の古生物学者が、謎の解明のために調査研究を進めています。


テティス消滅後の古代カイギュウたち

カイギュウ類の進化解明の鍵は、日本にある!

北海道から九州に至るまで、日本各地でカイギュウの発見が現在進行形で続いています。そう、我が国はカイギュウ化石の一大産地なのです! その発見事例の中には、世界的に類を見ない超貴重な化石もあります。
日本で最初に古代カイギュウが発見された場所は長野県の戸隠であり、1965年に約300万年前の大型種の肋骨が出土しました。それ以来、様々な地域でカイギュウ化石の産出ラッシュが巻き起こり、なんと新種までも発見されています。今や、世界中の古代哺乳類の研究者が日本のカイギュウ化石に注目しています!

1965年、長野県の戸隠にて見つかったカイギュウ類の骨(戸隠地質化石博物館にて撮影)。日本初のカイギュウ化石の発見例であり、バナナ型の肋骨が同定の決め手となりました。
日本で発見されたカイギュウ化石の産出図(足寄動物化石博物館にて撮影)。現在では、長崎県からもカイギュウ化石の出土が報告されています

日本の古代カイギュウの化石は、本グループの進化を解き明かすうえで、極めて重要な標本がたくさんあります。例えば、ジュゴン類の2つの種族の進化をつなぐ中間種と考えられるヤマガタダイカイギュウ、寒冷地の大型カイギュウとしては世界最古の種類であるサッポロカイギュウなど、古代カイギュウの栄枯盛衰を考察するうえで必要不可欠な化石がとても多いのです。日本のカイギュウ化石を研究すれば、古代カイギュウがどのようなルートで分布を広めたのか、どのような形態変化を経て進化していったのかーーそれらの謎について大きなヒントを得られます。

タキカワカイギュウの骨格(滝川市美術自然史館にて撮影)。発見当時、我が国ではかつてないサイズの巨大カイギュウと謳われ、大センセーションを巻き起こしました。
札幌の豊平川から産出したサッポロカイギュウの実物化石(札幌市博物館活動センターにて撮影)。寒冷地の大型カイギュウとしては世界最古レベルの標本です

学術的に超貴重で極めて興味深い古代のカイギュウたち。彼らの化石は古生物標本として重要なうえに、地域観光においても大活躍しています!

カイギュウ化石の発見はメディアでも大きく取り上げられ、ときには古代カイギュウが発見地の地域おこしの強力な立役者となります。というのも、水族館のジュゴンやマナティーが非常に人気の高い水棲哺乳類であり、なおかつ大昔の大型海洋生物ですので、ある意味、古代カイギュウは恐竜の化石に準ずるほどのインパクトを有しています
特に北海道はカイギュウ化石の産出数が多く、発見地の自治体には博物館が立ったり、公民館施設に古代カイギュウの骨格が展示されることもあります。「北海道の古代カイギュウと出会う旅」に出れば、道北・道央・道東・道南の広範囲を巡れます

福島県の古生物スポット「喜多方市カイギュウランドたかさと」。カイギュウ化石発見というインパクトは大きく、地域おこしの重要な力になり得ます。
山形県立博物館に設置されたヤマガタダイカイギュウのモニュメント。地元の高校生の方々による力作アートであり、当地の人々の古代カイギュウへの愛が伝わってきます。

古代カイギュウを含めた水棲哺乳類の研究において、日本には重要な調査発掘フィールドが数多くありますし、名だたる世界的な古生物学者が大勢いらっしゃいます。古代の水棲哺乳類の進化を解き明かしたいと思っておられる学生さんは、(海外に羽ばたいて研究したいと考えておられる方も多いと思いますが)ぜひ日本で古生物学者になって、我が国から世界の古代カイギュウ研究をリードしてください。

ジュゴンとマナティーの運命が分かれた時

前回の記事で述べましたように、カイギュウ類を育んだテティス海は、地殻変動によって約4000万年前(始新世後期)に消滅しました。カイギュウ類は新たな環境に適応して進化を遂げ、分布を拡大していきました。現生カイギュウ類は種数は少ないですが、古代のカイギュウたちは多様化を成し遂げており、南極大陸を除く世界のあらゆる大陸からカイギュウの化石が発見されています
約3000万年前(漸新世前期)になる頃には、カイギュウ類のいくつかの原始的なグループは絶滅したと考えられています。その一方で、我々のよく知るジュゴンとマナティーの系統が生まれ、浅海性の哺乳類としてカイギュウ類は栄えていきます。ファミリー(科)の単位で現在まで生き残っている種族は、ジュゴン科とマナティー科のみとなります。

カイギュウ類の系統図(足寄動物化石博物館にて撮影)。ジュゴン類とマナティー類は、早い段階で分岐したと考えられています。

マナティーの祖先は南アメリカ大陸で進化し、比較的最近になって、現生種の生息地である北アメリカやアフリカへ広がっていったと考えられています。ジュゴン類は多様化を果たし、グループ内で複数の系統を生み出しました。古代のジュゴン類の生息域はかなり広範囲に及んでいたようで、日本で発見される古代カイギュウの化石は、ジュゴン科の種類がとても多いです。

北海道で発見された古代カイギュウの肋骨化石(足寄動物化石博物館にて撮影)。本個体はジュゴン類ですが、現生ジュゴンの直系祖先ではありません。

日本各地で出土する多くの古代ジュゴン類は、現生のジュゴンの直系祖先ではないと考えられています。古代の大型ジュゴン類(ドゥシシレン属やヒドロダマリス属)は、漸新世に栄えたハリテリウム(Halitherium)の仲間から進化し、様々な種類に分化していったと思われます。なお、ハリテリウム類の化石は日本の中新世後期(約1100万年前)の地層から発見されており、当時のカイギュウ類の分布状況について大いなるヒントをもらたれしてくれています。

ハリテリウムの模型(滝川市美術自然史館にて撮影)。本種のグループから、多くのジュゴン類が進化していったと考えられています。

それぞれの道を進む古代のジュゴン類とマナティー類。時代は中新世へと移り、複雑化する地球環境のもとで、彼らはしたたかに生き続けました。未知なる太古のカイギュウ類、彼らの中にはどのような種類が存在していたのでしょうか。

優しそうなアメリカマナティー(新屋島水族館にて撮影)。彼らはベジタリアンでおとなしいですが、太古のマナティー類には他の生き物を食べる捕食者がいました

中新世・鮮新世の巨大カイギュウ

ミオシレン ~肉食のカイギュウ? 力強い顎を備える古代マナティー!~

「マナティーは可愛い。草や海藻しか食べないし、優しくておとなしいだもん」と思う方もいらっしゃると思います。ですが、驚くべきことに、古代のマナティー類には貝やカニをバリバリと食べる肉食動物が存在していたと考えられています
その特異なカイギュウの名前は、ミオシレン・コッキ(Miosiren kocki)。約2000万年前(中新世前期)の浅い海に生息していたマナティー科の一種で、化石はベルギーから発見されています。全長4 mと推定されており、現生マナティーの特大個体よりも大きかったと考えられています。

ミオシレンの骨格(群馬県立自然史博物館にて撮影)。貝や甲殻類を食べる肉食性のカイギュウ類だったと考えられています

ミオシレンを肉食だと判定した決め手は、やはり口の構造です。ベジタリアンの動物の臼歯はエナメル質・象牙質・セメント質が入り混じっているのに対し、ミオシレンの臼歯はエナメル質で覆われていました。歯の噛み合わせ面の特徴からも、彼らは貝類などの水棲無脊椎動物を食べていた可能性が高いです。ミオシレンの口蓋周辺の骨はとても厚く、強い咬合力で貝の殻や甲殻類の体を噛み砕けたと思われます。
また、現生のマナティーと比較して、ミオシレンは海棲の傾向が強かったと考えられます。彼らは温暖な浅海をゆったりと泳ぎ回り、動きの遅い貝類などを食べていたことでしょう。

南アメリカの淡水で暮らすアマゾンマナティー(熱川バナナワニ園にて撮影)。現生のマナティーは総じて淡水性の傾向が強いですが、古代のミオシレンは海棲のマナティー類だったと考えられます。

肉食性マナティー類を見ればわかるように、進化の過程の中でカイギュウ類の生態は多様化しました。食性の変化には、環境激変や他の生き物との競合など複雑な要因が関わっています。古生物の特性を解明することは、当時の自然環境の全体像を知るための重要な切り口なのです。
肉食性のミオシレンが、どのような種類の貝類を食べ、どのような種類の生き物と水辺で共存していたのかーー考えれば考えるほど、探究心が強く沸き立ちますね!

メタクシテリウム ~永く系統をつなぎ続けた気高き古代カイギュウ~

それでは、ジュゴンの仲間にはどのような古代カイギュウが生まれていたのでしょうか。
先述の通り、ジュゴン科の種類は多様に分岐しており、その中には現在には存在しない系統が数多くあります。ただ、極めて永く繁栄した種族も知られており、ハリテリウム類の子孫であるメタクシテリウム属(Metaxytherium)があげられます。属としてのメタクシテリウムの繁栄期間は非常に永く、約2570万~約300万年前(漸新世後期~鮮新世後期)に及びます。現時点では8種が知られており、ヨーロッパ・アフリカ・北アメリカ・南アメリカから化石が発見されています。

メタクシテリウムの全身骨格(足寄動物化石博物館にて撮影)。中新世に出現した本属は非常に永く系統を存続させており、最も新しい種類は約300万年前まで生き残りました。

本属において最大の種類は、イタリアとスペインの鮮新世の地層から産出したメタクシテリウム・スバペンニウム(Metaxytherium subapenninum)であり、全長は4~5 mと推定されています。全長3 mの現生ジュゴンと比較するとはるかに巨大であり、メタクシテリウム属の中で最も大きな牙(上顎の門歯が変化したもの)を有していました。現代のジュゴンと同じく、浅海域で海草を食べていたと考えられます。

メタクシテリウムの頭部(足寄動物化石博物館にて撮影)。先端部には牙(上顎の門歯が変化したもの)があり、これは現代のジュゴンにも見られる特徴です。

天敵は大型のサメであったと考えられており、カグラザメ類に噛みつかれた痕跡(歯型)のあるメタクシテリウムの化石が発見されています。カグラザメ類は深海域と浅海域を往来するサメであり、夜間になると狩りのために浅瀬に現れます。現生のカグラザメは海洋哺乳類を捕食することもあるので、古代のカグラザメ類もカイギュウ類を襲っていたと思われます。

ゆったりと泳ぐジュゴン(鳥羽水族館にて撮影)。カイギュウ類は機敏な動きを苦手としており、自然界では大型のサメやハクジラに捕食されることがあります。

度重なる環境激変や大型サメ類の脅威にさらされながらも、永く種族を存続させてきたメタクシテリウム。それほどまでにタフな彼らも、地球規模の寒冷化には完全適応できず、鮮新世に絶滅してしまったと考えられます。

しかしながら、メタクシテリウム属の中新世の種族は、次世代に子孫を残しました。彼らはパナマの海を通り、雄大なる大平洋へと進出します。いよいよ、進化型のカイギュウたちが日本にやって来るのです!

メタクシテリウム類の子孫たちは、大平洋の沿岸で広く栄えていきます。ここからは、日本の古代カイギュウたちの出番です!

【前回の記事】

【参考文献】
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北海道絶滅動物館編集委員会(2024)『北海道絶滅動物館』北海道新聞社

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