嫌いな「格言」シリーズ
※スラムダンクのネタバレがありますので未読の方はご注意ください。
シリーズといっても初めてである。
人生のなかで様々な格言に出会ってきた。
その中には膝を打つものもあれば
「どういうこと?」
と頭をひねるものもある。
その中でも特に好きではない格言がある。
たぶんそこら中で言われているかと思うが発表する。
「結果が全て」
である。
これほど汎用性に欠ける言葉もない。
特異な状況なら当てはまるのかもしれないが。
格言とは端的に簡潔に教訓を述べるものなので、どうしても正確性に欠けるものもある。
この「言葉の正確性」については過去記事を読んでもらえたら嬉しい。
では「結果が全て」という格言をより正確に表現するとどうなるのか。
おそらく
「苦労とか努力とかの過程なんてどうでもいいから結果がついてこないとなんの意味も無いよねえ⁉︎」
ということになるだろうか。
かつての上司の顔が浮かんで頭痛がしてきた。
私が今まで書いてきたこと。
「二元論の危険性」
「物事はバランス」
の精神性に真っ向勝負を仕掛けられている気がする。
そもそも「結果」という表現自体が曖昧だ。
これは「目的」と捉え直してもいいだろう。
これも書いた事だが、
「大きい目的」の過程に「小さな目標」がある。
その上では
「結果が全て」
ではなく
「全てが結果」
とも言える。
会社の売り上げのための必死の営業努力は「過程」だろうか?
視点によってはそうだろう。
しかし当の営業マンからすれば、顧客獲得数の達成は「結果」である。
視点によって変わる言葉を「全て」、すなわち「そこにしか価値がない」と断定することは意味がない。
とはいえ先ほど述べた
「大きな目的」
を仮に達成出来なかったとしても、そこに至る過程に「価値」はないのだろうか?
私は全くそうは思わない。
完全に金輪際思わない。
「スランプ」についても以前書いた。
それは「捉え方」の問題だ。
停滞期は苦しいだろう。
しかしその経験は無駄だろうか?
スラムダンクにおいて、名門である山王工業高校は無名の湘北高校に敗退した。
負け知らずだった彼らに「敗北」という二文字を植え付けてしまった山王の堂本監督は言った。
「負けたことがある」というのが いつか
大きな財産になる
「勝つこと」だけが「全て」だろうか?
勝ち続けるだけの人生は豊かだろうか?
痛みを知ってこそ表現できることもある。
無駄なこと、価値のないことなどない
それは「見方」によって変わるのだ。
繰り返すが「物事はバランス」だ。
「過程」も「結果」もおろそかには出来ない。
しかしあえて二元論で、どちらを重視するかと問われれば、私は間違いなく
「過程」を重視する。
ビジネスモデルについて書いた時
「嘘をつかなければ誤解を招く表現は許されるのか?」
という疑問を呈した。
私は「言わないことで思考を誘導する」
その「過程」を容認しない。
それによってもたらされた「結果」は胸を張れるものだろうか。
特別な「数字」に例え繋がらなくても、誠実に向き合った「過程」には誰かがついてきてくれるだろう。
それがいつか「結果」になる。

