胸を張って前を向く力を、心の内側に秘めたい
ごきげんよう、皆様お元気でしょうか。
少し前に書いた割烹着の話を書いているときに、学生時代の挨拶が「ごきげんよう」だったことを思い出しました。
そして自分自身が、この「ごきげんよう」という挨拶をとても気に入っていたことも。
こちらの記事です。
こんにちはとも違う、さようならとも違う。
でもどちらの意味としても使える。
お元気でしたか。それではお元気で。
そんな穏やかな言葉のやり取りが、わたしは好きです。
好きだったことを、いつの間にか手放していた
いつからか、ごきげんようの挨拶を使わなくなっていた。
周りに誰も使う人がいない環境になったら、途端に恥ずかしくなってしまったのです。
あんなに好きだった言葉なのに。
何も恥じる必要はなかったのだけれど、あの時は「周りに馴染まなければ」と必死だったのかもしれません。
そうやって諦めたり、やめてしまったことがたくさんあります。
自分の気持ちを偽り、押し殺し、本心ではない言動をとったこともある。
そしていつの間にか「本当はこうしたくなかった自分」に、自分の「好き」とか「楽しい」という感覚を、奪われてしまっていた。
自分で自分の自由を、奪っていたのです。
自分の「好き」を、守り育みたい
揺るぎない人になりたい、という目標を立てて生活しています。
朗らかに、穏やかに、自分の「好き」という感性と付き合いながら、素直に生きたい。
お先真っ暗ならぬ、お先真っ昼間!に生きていきたい。
自信満々である必要はないけれど、胸を張って前を向く力を、心の内側に秘めたい。
わたしは完璧な人間ではありません。
たくさん間違うし、爆笑されるほど盛り付けが下手だし、気を使いすぎて疲れる自分をいつまでも変えられない。
こういう自分をやめたい、と思っても、すぐには変えることができない。
前進できたかと思ったら過去の思い出に引きずられて、元に戻ってしまうこともある。
そんな自分をどうにかできないか。
自分が見ている世界を、自分の力で変えることができないか。
「揺るぎない人になりたい」と名付けたメンバーシップ内で、そんな試行錯誤の経過を書き綴っています。
読書や映画による追体験で、過去の出来事や心のわだかまりが解けていくような感覚を味わったことはありませんか。
もしかしたらわたしの経験や思考の断片がそんな風に、誰かの心のモヤモヤを晴らしたり、考え方を変えるきっかけになるかもしれない。
そんな気持ちで、思考ノートを公開しています。
毎月8本以上の限定記事に加え、掲示板にてショートエッセイを更新中。
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それでは、ごきげんよう🦌
小鹿聡子
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