(#56)大学4年生になり進路の言い訳を考えていた話
――親や周りの大人に説明するために
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【前回のおさらい】
フィリピン滞在を経て、「フリーランスで生きていく」という方向性を見つけた私。けれど帰国後は、日本社会の枠組みに向き合わざるを得ない時間がやってきました。
春、帰省とともに訪れた「説明責任」
フィリピンのあとも、韓国や東北、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の舞台である愛媛と旅を続け、春休みが終わった頃。
大学4年生として一度帰省することになり、親や親戚、そして母校訪問時に先生方へ「これからどうするのか」を説明する必要を感じていました。
当時のメモ帳には、大人へ自分の進路をどう言語化するか、何ページにもわたるメモが残っています。
メモに書き残していた言葉たち
言葉を抜粋すると、こんなことを書いていました。
海外を転々としながら考える中で、このまま就職するのはなんだかもったいない気がして、自分の幸せは「時間・人間関係・場所」の自由があることだと思ったので、組織に所属するメリットをあまり感じられない。
何も所属を持たない、ギャップイヤーというのを経験してみたい。
この2年間ギャップイヤー期間中に、どんな場所でもお金を生み出す力をつけたい。
私は新しい景色や世界を見ることが一番ワクワクする。
だから、若いうちにいろんな場所に行ってみたい。
「エンジニアとして独立します」と言い切るしかなかった
親にはすでに内定辞退を伝えていました。
けれど母校の先生や、過去にお世話になった大人、親戚に「卒業後はどうするの?」と聞かれるたび、未経験で道筋もわかっていないにもかかわらず「エンジニアとして独立します」と答えるしかありませんでした。
「ギャップイヤーを取ります」と言っても伝わらない。
地方では「新卒=就職」しかないという前提が根強く、
「それ大丈夫なの?」
「フリーターと何が違うの?」
と投げかけられることも少なくありませんでした。
春に繰り返していたこと
だからこそ、自分の中で「人にどう説明するか」「どうすれば納得してもらえるか」という言い訳に近い言葉を何度も考えていたのが、大学4年生の春でした。
今振り返ると、そのメモには不安と葛藤と、同時に“自分の選んだ道をどうしても正解にしたい”という強い意志が混ざり合っていたように思います。
次回予告
新緑の季節。進路について「考えなきゃ」と思いながらも、また旅へ出てしまう私の姿を綴ります。
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進路を説明するのに悩んだ経験
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(続く)
