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(#55)フィリピン旅の最後にトラブルにあった日

――自分の人生を変えてくれた旅の思い出

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【前回のおさらい】
セブで思いがけない優しさに触れ、「探究型パーソナリティ」としての自分を少し肯定できた旅の日。フリーランスという働き方への自信も芽生え始めていました。

深夜2時、門の前で立ち尽くす

 旅も28日目。帰国の飛行機が迫り、セブからマニラへ戻ることになりました。
 空港でチョーキングを食べながら待っていると、まさかの2時間遅延
 結局マニラに着いたのは夜中の1時半。Grabでホテルへ向かいました。

 地図通りに進んでいるのに、道はどんどん細く暗くなり、不安が募ります。ホテルに着くと門は閉ざされており、インターホンを押すも反応なし。
 インターホンは、電源すら入っていない様子でした。
 仕方なく門を叩いたところ、まさかの反応はなく、周囲のアパートから人影が出たり、車を降りた若い筋肉質の男性たちが家に入っていく姿にますます焦りが募ります。
 時計はすでに2時半。「このまま泊まれないかもしれない、でも、こんな時間から泊まるところなんて探せない」という恐怖が押し寄せました。

 20分以上経った頃、奇跡的にオーナーが別のようで門の外に出てきて、ようやく中に入ることができました。
 安堵と疲労で笑顔すらうまく作れず、「日本人に会いたかった」と声をかけられたのに、うまく返せなかった自分がいました。

心残りはなくても、現実は見えた

 翌日はレイトチェックアウトにして午後1時までぐっすり睡眠。
 その後空港へ向かい、最後に食べたイナサルを「これで本当に終わりだ」と噛みしめました。マックよりもジョリビーが好きになっていました。

 実は次の月に韓国に行こうと思いつき、飛行機を取っていたので、空港では、韓国語の勉強とプログラミングの勉強を始めていました。

 1か月の滞在で、心残りは正直ありませんでした
 ご飯も好きだし、精神的にはとても安定して過ごせました。
 でも街の匂いや、ご飯のレパートリーを考えると「ここに住むのは難しい」という感覚もはっきり残りました。セブやマニラには、まだまだ知らない一面があるはずなので、「こんないいところもあるよ」という情報があればぜひ教えてほしいです。

日本語に引き戻された瞬間

 搭乗ゲートで日本人を見かけた瞬間、空気が一変しました。
 それまで周囲の会話は言語的に理解できないものばかりだったのに、急に聞こえてくる日本語の会話に一気に帰国モード。
 懐かしいはずなのに、なぜか気持ちは「ズーン」と重くなりました。

人生を変えた1か月

 この旅を通して、自分は組織にしか向かないと思っていたけれど、フリーランスも悪くないと考えられるようになりました。
 フリーランスエンジニアとしてやっていこう、と腹を括れたのも大きな収穫です。

 さらに、日本人の勤勉さを改めて知りつつ、「もっと肩の力を抜いて、適当に生きてももいい」と気づいたこと。これらすべてが私にとって人生の軸を揺さぶる1か月でした。

 飛行機の中でそんな振り返りをしていたら、あっという間に日本へ到着。

 なんだかんだ言いましたが、久しぶりの日本で過ごしていると、やっぱり「日本最高!」という思いも強くなりました。

次回予告

 フィリピンで「フリーランスエンジニアで2年間やってみる」と決めた私。けれど、帰国後は勉強以外に何をしていいか分からず、2か月間の迷走期が待っていました。


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旅で出会ったまさかのハプニング
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(続く)


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